ジン20
奇跡の回復が診療所で知れ渡る。
となれば、ジンは大目玉を食らうわけ。二階診療所責任者から。さらには、ザナギにまで報告されたのか、腕組みで立っている。
「んっもおっ! ジンさんったら、勝手なことしてえっ」
指を差されて怒られる。
が、迫力はない。というか、可愛い。
診療所は聖女の見習いで治療が行われる。冒険者を引退した聖女に指示されながら。
もちろん、薬師となった聖女も常駐しているし、現場参加しない聖女も働いている。
「すみません、勝手なことをして」
「見たかった見たかった見たかったのにぃっ!」
「はい?」
「純聖水の効き目を直で見られる機会だったのにぃぃぃぃ」
地団駄を踏む診療所所長は、やっぱり可愛い部類に入る。
身長は十六歳のジンより低い。
緑色の髪をツインテールにして括っている。前髪がパッツンと短いし。だが、ジンより十ほど年が上。
額に聖女の証である『三つ葉紋』。
三つの葉紋は、色で能力の違いを表す。
緑紋は治癒。
青紋は回復。
黄金紋は浄化。
一色紋の者が多いが、緑青青のようの二色紋の者もいる。三色紋は全能力者である。
パーティーには三色紋の聖女が多い。しかし、三色紋の全能力者は個々の力が一色紋より劣る。
目前の責任者は緑の三つ葉紋。
だが、緑に青の縁取りされた珍しい紋の持ち主。治癒力が強く、同時に回復も行える力がある。同時に力を発揮できるのが、縁取り紋の特徴だ。
治癒と回復となれば、診療所きっての実力者。
「所長、すまないな。ジン! ちょっと来い」
ザナギが診療所所長にひと言謝り、ジンを手招きする。
ジンは仕方なくまたもサブマス部屋行きとなった。
早く帰ってベッドに横になりたい。そう思いながら、階段を下りてまた階段を上る。
サブマス受付の二階に上がると、コンシェルジュらが戻っていた。
依頼に行った帰りだからだろう、服装がいつもの制服ではない。
「ジン様、今晩は」
その挨拶に徒労感が増す。
おかしい……午後一でギルドに連行されて、もう夜分じゃないか、と。
力なくペコッと頭を下げて、ザナギのあとに続いた。
「で?」
部屋に入って早々に最も短い問いをされた。
ジンは、ソファに腰かけながら〚セブン〛での会話をそのまんま伝えた。一度口にしたことだから、簡潔に言えたわけ。
「ジン、そういうことは報告しろよ」
「……報告義務ってありましたっけ?」
各自が手に入れたマジックアイテムをギルドに報告する義務はない。個々のパーティーで秘密の採取場はあるものだ。
「それに見舞い品ですから、見舞われる当人に使っても問題ないはず。大怪我が治ってなんで大目玉を食らわなきゃいけないんです?」
ジンは眠すぎてちょい不機嫌なのだ。
いつも、ザナギには丁寧なのだが、反抗的に返してしまっていた。
「疲れた」と呟く。
で、閃く。
「飲めばいいんだ」と。
ジンはおもむろに腰鞄から朝露の小瓶を取り出して、躊躇なくひと雫いただく。
舌が湿った瞬間、身体中に清らかな力が行き渡る。ザナギに爽快な笑みを返した。
「疲れが一瞬で取れた」
「ジン、お前なあ……その辺で売ってる飲み物みたいに、軽々しく『純聖水』を使うなよ」
「あ、そっか。回復ドリンク屋に行っとけば良かったんだ」
回復ドリンク屋こそ、聖女がやっている店である。ジンがよく朝ごはん代わりに目覚めのドリンクを買う店。その辺で売っている飲み物だ。
「ルララルーから帰宅早々にバレンスの相手して、便利屋後に、ギルド二階行き、謀られ映像見せられて、診療所見舞い、また二階だったので、心身限界でした」
「あ、ああ……そりゃあ、すまなかったな」
ザナギが珍しくジンに押され気味である。
「帰っていいですか?」
「ああ、いいよ。……ジン、ありがとな」
ランジらのことだ。
ジンは首を横に振る。
建前ってなもんで叱られただけだとわかってはいるから。
「では、失礼します」
帰宅したジンはベッドに倒れ込み、存分に眠りについた。
ドンドンドン
ドンドンドン
「ジーーン!」
嘘だろ、この展開。
ジンはベッドに潜ったままだ。
「ジーーン! 起きてくれ!」
言わずもがな、バレンスだ。
また昨夜飲んで真っ裸なのかよ……と、呆れ気味なジンである。相手にしてられない。無視を決め込んだ。
「ジーーン、早く起きろって! 吊り橋の渓谷にダンジョンが着地したらしい!」
バサッと毛布をはねのけ起き上がる。
勢いそのままで扉を開けた。
「どういうこった!?」
「言った通り。吊り橋のあの渓谷にダンジョンが着地、一見地続きになったみたいだって。ザナギさんがジンを呼んでこいってさ」
つまり、映像があるのだろう。
「わかった。すぐ行く!」
ジンは言うや否やサッと着替え、こん棒と腰鞄を所持して駆け出した。