ジン19
二階にある診療所だが、一度一階に下りてから別階段で上がらないとたどり着けない。
二階は行き来できない別々の仕様だから。
一階のマジックアイテム専門店横の階段を上がる。
手前から軽症者の大部屋、パーティーごとの中部屋、一番奥が重症者の個室となっている。
このギルド診療所は、依頼で負った怪我の治療は無償だ。
なのに、中部屋でランジのパーティーが小銭を出して何やら話し込んでいた。
ジンは廊下からそれを聞く。
「この手持ちじゃあ、希少薬は手に入れられないな」と弓士。
「希少薬も、実力者にしか使われないだろうよ」と槍士。
「クソッ、俺らをかばったせいで、ランジが重症なんて」と剣士。
「俺らの実力じゃあ、捨て石程度しか役に立たないってわかってはいるけどよお」ともう一人の剣士。
当人らもわかっているのだ。
歯痒いことだろう。
「……ランジさ、パーティー解消しようって言ってたな」
「ああ、回復に時間がかかるから、俺らのことを思ってだろ?」
とそこで、ジンは中部屋に入る。
「ああ、ここだったか」
ジンは明るく振る舞う。
ランジのパーティーがバッとジンに向いた。
「あ……どうも」
弓士が会釈した。
「ランジは奥か?」
「ええ」
ランジのパーティーの口は重い。
というか、全員一見でわかるほどそれなりの怪我である。ランジを心配するより、自分の心配をしろよ、って思うほど。
ジンは腰鞄から朝露の小瓶を一本取り出す。
「見舞い品」
ジンはニッと笑った。
困惑するランジのパーティーにお構いなしで、ジンは弓士の大怪我箇所の包帯をずらし、朝露を数滴垂らす。
「ちょ、痛っ、えっと待って、……えっええぇっ!?」
傷が塞がり、皮膚が再生する。
朝露ーー『純聖水』は万能薬だ。死者の蘇り以外には。
「おお、流石『純聖水』」
「は!?」
「じゃあ、次」
ジンは槍士の包帯をずらす。
「待ってくれ! それが『純聖水』なら、ランジに! それをランジに使ってくれよ!」
「わかってるって。これは余分な『純聖水』だし」
「は? 余分って……そんなことあんのかよ」
ジンは槍士、剣士らの大怪我にも『純聖水』を数滴垂らした。
「嘘だろ……」
「嘘みてえだ……」
皆、純聖水の効果に呆気にとられている。
「ランジんとこ行ってくる。じゃあ」
「待ってくれ、ジン! いや、ジンさん」
軽妙に去ろうとするジンを、弓士が止める。
ジンは振り返り、首を横に振る。
「ここで、待ってればいいから」
ジンはランジの部屋へと向かった。
「ひっでえぇな」
ジンはベッドに横たわるランジに笑いながら言った。
満身創痍をまさに体現した状態。
……再起不能ではない、が。
それが、勇者としてどうなのか? と問われれば、再起不能と診断する者もいるかもしれない。
生きていけるという意味の……再起不能ではない、だったわけ。
ランジが片目だけで、ジンを見ている。
「世話が焼けるぜ、同期」
「ぅ、っせ」
ランジらしい返しに、ジンは安心した。
「見舞い品だ」
ジンは『純聖水』を惜しみなく使う。
さっきの残りを使い切り、二本め、三本めと。
徐々に復活する身体の蘇生を、ランジも実感していることだろう。
「ジィ、……ン」
「もうちょっと待てって。あと少しだから」
外傷全部に『純聖水』を垂らしてから、最後に口へ注ぐ。
「はああぁぁ……ふぉ……」
ランジから大きな息が漏れる。
おもむろにランジが体を起こした。
「ジン、どういうこったよ?」
ランジが体の細部を動かし、瞳を潤ませながら訊いた。
「たまたま、鎮守の大木の朝露を手に入れられて、使ってみようかなって思って」
ジンは、まだ残っている小瓶を揺らす。
「頼む! あいつらに!」
「流石、パーティー。同じことを口走るんだな」
「え?」
「もう、弓士槍士剣士らにも使用済み。ランジに使う前の実験台にした」
「……ジン、この恩をどうやって返せば」
「必要ないって言っても気にするか」
ジンはランジに拳を向ける。
ランジが拳を突き合わせて応えた。
「崑具を見かけたら教えてくれ」
「崑具?」
ジンは崑具を装填したこん棒をランジに見せた。
「おっ、ちょっと洒落た感じにバージョンアップしてる。今までは裸ん坊だったもんな」
こん棒じじいと同じようなことを言うランジに、ジンは笑う。
「返す恩は崑具情報ってことで、よろしく」
「情報だけじゃ割に合わないだろ。ちゃんと手に入れてやるさ」
「じゃあ、期待しないで待っとく」
ジンは少し残った朝露の小瓶を腰鞄にしまい、立ち上がる。
「待ってるみたいだから、顔を見せに行くぞ」
ジンが手を出す。
ランジがその手を取って立ち上がった。
「どうだ、いけるか?」
ランジは屈伸して下半身も動かし確認した。
「大丈夫だ。『純聖水』ってすげえな」
ジンとランジは笑いながら廊下に出る。
中部屋に行くまでもなく、ランジのパーティーが待っていたのだった。