ジン15
「浮遊、ダンジョン?」
「ああ、そうだ。それも、今までとは様相が違う」
辺境伯が間を置く。
「移動しているのだと」
「は?」
「周囲の魔物を吸い上げて、巨大化しながらな」
「……」
ジンは絶句した。
通常は、既存の廃墟や洞窟、地下道などを魔物がねぐらに集結し、ダンジョン化していく。力の強い魔物が主として君臨する階層統治になるわけ。
例えが妥当とは言わないが、まさに王を頂とする王城のように。
だが、今回のダンジョンは通常とは違うようだ。
王城が緊急召集する理由がわかった。
発生不明、正体不明、浮遊や移動に魔物を吸い上げての巨大化、前代未聞の事態ということだ。
周辺国にも情報提供を呼びかけているらしい。
「……にしても、私はルララルー吊り橋の張り替え依頼を優先します。そのダンジョンについては、すでに勇者パーティーが対応に向かっているかと」
「そうなのか。……まあ、とりあえず板をすぐに用意しよう」
魔物の森を目前にするネバランだから、すぐに手に入れられるのだ。
「お願いします。それで」
ジンはゲオルグらを指差す。こいつらをどうするのか、と。
「申し訳ないが、王都まで運んでくれぬか? 私個人の依頼だ」
辺境伯が懐から小金貨一枚を取り出した。
個人依頼を受けることは、ルール違反ではない。
ジンは迷うことなく了承した。破格の報酬金であるから。
「王都から戻ってくるまでには、板を用意しておこう。吊り橋の張り替えに必要な物はこちらで準備する」
「はい。では、また」
ジンはルララルー経由でその旨を伝えて、いったん王都へと戻った。
ずーっと、ゲオルグらをそのままに。
王都、東関門に到着したときには、戦意喪失でガクブル膝のゲオルグらであった。喚き散らす余力は残っていない。
ジンは、門兵に研修命令が出ている者らだと伝えて引き渡す。
フラフラと覚束ない足取りで関門を潜ったゲオルグらを確認し、辺境伯依頼は終わる。
「よっ、ジン。……聞いたか?」
門兵のバレンスが近づいてきて、ジンの耳元で訊いた。
ジンはコクンと頷く。
「新しいダンジョン出現だろ?」とジン。
「ああ、何か……ヤバいダンジョンらしいぞ」とバレンス。
「みたいだな」
「ジンは行かねえの?」
「依頼中なんだ」
「そっか。でも、気をつけろよ」
ジンは軽く手を上げて応え、休むことなくネバランへと引き返した。
ネバランで板を調達したジンは、やっと依頼元の地に戻ってきた。
もう、日が暮れている。
両村長に状況を説明し、一日を終える。
説明は毎回二度。あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、ジンは忙しい日だった。
作業は明日からだが、これまでの張り替え手順ではいかないようだ。
吊り橋が完全に崩壊したから、両村で顔を合わせての打ち合わせができない。
いつもの張り替えでは、中洲地のララ村で打ち合わせをし、既存の縄や橋を土台としながら作業する。新しい物を張り、古い物を解除する安全な手順だ。
だが、今回は主塔はあるものの、新たな吊り橋を張る作業になる。
「だけじゃないんだよなあ」
準備してあった縄に、さらに龍の髭を編み込む作業も必要だ。板の橋を編む縄にも、龍の髭を使っておいた方がいいだろう。
「数日はかかりそう……だな」
ジンはそう言いながら、空を見上げた。
視界に広がる鎮守の大木の枝ぶり。優しい月明かりが淡く葉を照らしていた。
ジンは、たった一人ララ村にいる。
ルラ村かラルー村の村長宅でも良かったが、どっちの村長からも『是非、家にお越しを』と言われれば、どっちかを選ぶのは憚られ、ジンはララ村を選んだわけ。
「寝るか」
ジンは腰鞄からボロ布を取り出し腹にかける。
依頼を受けるパーティーは、野宿が当たり前。周囲が見えなくなる天幕は張らない。
体を横たえたジンは、鎮守の大木に『おやすみ』と呟き、目を閉じたのだった。
それから、ジンが依頼を終えたのは五日後。
下準備に三日、吊り橋設置に二日かかってのことだった。
両村長が、報酬金を上乗せして払おうとしたが、固辞した。龍の髭というマジックアイテムの代金を払おうとしたのだ。
だが、ジンはネバランで辺境伯から小金貨をもらっており、懐はすでにあたたかい。
ジンは両村長から、報酬金と承認印をもらって依頼を終える。開通式を見届けてから、王都に帰還した。
……のだが、ジンは再びルララルーに向かうことになる。