ジン14
「主塔を繋ぐ縄だけ張り替えようと準備しておりましたが……」
ルラ村の村長が頭を抱えた。
「この有り様でして……いったいどうしたら」
村長がジンを窺う。
とその時、ジンは小さな振動を感じた。
屈んで地面に触れる。
小さかった振動が徐々に大きくなる。
グラグラと揺れ始めた。
「皆、気をつけるんだ!」
村長が叫んだ。
遥か遠くに土煙が見える。
ジンはあれが大型魔物の群れなのかと推測した。
離れているが、渓谷沿いゆえか揺れが響くようだ。
次第に遠ざかっていく土煙に、ジンはホッとひと安心した。
だが、
バラーンッ……バラバラバラバラ……パラパラ……
今度は渓谷からだ。
ジンは急ぎ渓谷を覗き込む。
板の橋が谷底へ崩れ落ちていくのを目視できた。
「ああぁぁ……なんということだ」
村長が悲嘆に暮れた。
ルラ村からララ村の吊り橋は、完全崩壊状態である。では、対岸はどうか?
『じじい、ラルー村まで行けるか?』
(もちろんじゃ!)
「ちょっと、ラルー村の方も確認してきます」
ジンは言うや否やこん棒を引き抜く。
『飛躍、ラルー村まで伸びよ!』
こん棒の先端に乗り、対岸へと向かった。
ポカーンと口を開けて眺める村長をおいて。
ララ村を眼下にする瞬間、ゲオルグがジンに向かって喚いていたが、遠すぎて何を言っているのかわからなかった。
ただ、鎮守の大木から淡い光が漏れていて、それがやけに目を引いた。
ララ村を越すと、ラルー村の板橋もルラ村と同じ状況に陥っていると気づく。
「まさかのこっちも谷底に落ちたとは……」
ジンはラルー村に着地した。
「よくお越しくださった、勇者様! 見ての通り、あの傍若無人な者らのせいで、このような状態です!」
ルラ村の悲嘆に暮れる村長とは違い、ラルー村の村長は怒髪天を衝く勢いである。
足下の石ころを拾い、ララ村に向けて投げるほど。いや、ララ村でなくゲオルグらに向けてだろう。
「馬鹿どもめがああっ!」
「落ち着いてください、村長」
ジンはまた石ころを拾う村長の手を制した。
「申し訳ない……興奮してしまった」
ラルー村の村長は肩で息をしている。
「一緒に深呼吸を」
ジンは村長を促し深呼吸する。
二、三度繰り返すと村長は落ち着いたようだ。
「……勇者様、申し訳ありませなんだああぁぁ」
今度はボロボロ涙を流す村長。
喜怒哀楽が激しい村長である。
「村長、大丈夫ですから」
ジンは苦笑いだ。
「ちょっと今から材料を手に入れてきますので、安心してください」
「ですが、勇者様……我々にはその」
「費用は要りません。あの者らの上司に弁償させますから」
「な、な、なんとありがたや! こりゃあ、傑作だわい」
今度は豪快に笑い出す。
本当に感情豊かな村長だ。
「少し荒行をしますが、お気になさらずお待ちください」
ジンはニヤリと笑い、右手の勇者紋を一瞥する。
「出でよ、飛龍!」
シューンと柔らかな風が吹き、神龍が現れると同時にジンは乗って飛翔した。
眼下では、ルラ村とラルー村の村長が天を仰ぎ神龍登場に目を輝かせている。この村は、吊り橋張り替え作業で、翼竜よりも神龍に親しみがあるのだろう。
ジンは少し嬉しく思った。
旋回し中洲地ララ村の人影を見る。
『じじい、あいつら捕獲できるか?』
あいつら……ゲオルグらは上空のジンに向かって喚いている。
(造作もないことじゃ!)
『捕獲、巻き付け!』
ジンは早速こん棒に念じた。
こん棒がバビューンと勢いよく伸びていき、ゲオルグと部下らをグールグル巻きに捕らえた。
そのまま、空中散歩である。
あの真っ裸男バレンスと同じように。
いや、追加でコロドス鳥のようにビュンビュンと振り回しておいた。
「ネバラン自治領に行くぞ」
ジンは神龍で、ネバラン自治領へと向かった。
「……何かしでかしたのだろうか?」
辺境伯がジンの再登場に呟く。
「いや、何をしでかしたのだ?」
三角屋根の塔を神龍がグルグル旋回している。
辺境伯がベランダから神龍に乗るジンに問うた。
こん棒に捕獲され、空中散歩で白目を出して気絶しているゲオルグらを目視して。
「通行止めになっているルララルーの吊り橋を強引に渡り、崩壊させていました」
「……なんということか」
辺境伯は天を仰ぎ、ため息を漏らす。
「昨日、便利便で王都研修命令が届き、あいつらを行かせたのだ」
白目失神のゲオルグらを、辺境伯が顎で差す。
便利便とは、ザッケカラン全域なら一日で到着する便りである。紙を鳥形に折り、羽根付与した空飛ぶ便りだ。
「命令に忠実な猪突猛進の隊士らしいといえば聞こえは良いですが」
「ああ、わかっている。迷惑をかけたな」
「吊り橋を繋ぐ縄は、私が繋ぎます。板の橋が渓谷に落下し、再利用できず村民らが悲嘆に暮れておりますし、憤怒してもおります」
「だろうな。正式に謝罪を行う」
「謝罪よりも弁償を求めます。頭を下げたところで橋は元通りにはなりませんし」
「承知した。ところで、ジン」
辺境伯がジンを窺う。
「さっき、別便で『ダンジョン』出現の情報が届いた」
「ああ……」
音花火の理由だろう、と察しがつく。
「それが、浮遊しているらしい」




