ジン13
暗かった店内にポポポポポと明かりが灯る。
「勇者ジンよ、何か入り用かな?」
ジンはカウンター奥の店主にペコッと頭を下げた。
「吊り橋の張り替え依頼を受けたので、便利品を用意して向かおうと思って」
「吊り橋の張り替えということは……ルララルーか」
フードをしっかりと被った小柄な店主が言った。
少ししゃがれた声、ルララルーのことを知っているなら、老齢なのだろう。だが、口元はそれらしいたるみなく、瑞々しい。
年齢不詳、性別不明な店主である。
「はい。十年毎の張り替えのはずが、今回は早く……周囲に大型魔物の群れがいるようで、振動のせいではないかとサブマスが推測してます」
「ほおほお、吊り橋の強化品となるものをお望みか?」
「そうです」
「待っておれ」
店主が奥へと消えた。
ジンは店内を見回す。が、店内には明かりが灯る壁付燭台しかない。出入り口の扉から五歩程度でカウンターがあるのみ。
品物は奥にあるのだ。
便利品が並ぶ一般的な店舗とは違っている。
ジンの育ての親ギルドマスターから紹介された便利屋で、紹介がなければ入れず、紹介されても出入り口扉の選別で入れないこともある。
商売がどう成り立っているのかと摩訶不思議な便利屋だ。
そんなことを思っていると、店主が奥から出てくる。
「ジンなら、これがわかるだろうて」
カウンターに置かれていた物にジンは目を見開く。
「龍の……髭?」
「そうだ。神龍の髭だ」
「まさか!?」
「勘違いするな。これは生え変わり時の古い髭だ」
ジンは、神龍を捕獲した解体品なのかと勘違いしたのだ。それを、店主がすぐに否定し説明した。
「生え、変わり?」
「ああ、ほれ見てみろ」
髭の端部分を店主がジンに見せる。
刃物傷などなく、ポロッと取れたかのような綺麗な表面をしていた。
その表面から銀糸のような髭がらせん状に伸びている。遠目では一本の髭に見えるだろうが、龍の髭は何千万本もの束なのだ。人が編む縄のように。
「覚えておけよ、ジン。生え変わりで抜け落ちた神龍の髭は、貴重なマジックアイテムだ。生え変わりの早い幼龍なら、二、三年に一度は生え変わる。角も爪も鱗も、龍の生え変わりの物は全て貴重だぞ。まあ、回収は困難だがな。だからこそ、稀少性がある」
「……はい。勘違いしてすみません」
ジンの神龍はその幼龍だ。
体長もザナギのそれとは短く、胴体の太さもない。
一番わかりやすいのは鱗の状態。成龍に比べ細く尖った形状の鱗。矢じりのようなといえばわかりやすい。成龍は斧刃といった感じだ。
「いいさ、まだ一年やそこらの駆け出し勇者には、知識も経験も少ないものだ」
「本当にすみません」
ジンはちゃんと頭を下げた。
「この髭束から一本ずつ引き抜いて使う。刺繍糸の束と一緒だな」
ジンは首を傾げた。
「ハハッ、そりゃあわからんか」
店主は笑って龍の髭を袋に入れる。回収袋と同じ小さな袋で『貸出袋』と表示されていた。
「手を」
ジンは『貸出袋』に手をかざす。
【龍の髭束。所有者・王都便利屋〚セブン〛。貸出先・飛龍紋ジン】
貸出袋にちゃんと表示されたのを確認し、店主がジンに差し出した。
「ありがとうございます」
ジンは腰鞄に貸出袋をしまった。
「これでなんとかなるはずだ。縄に龍の髭を補強しとけば、振動の影響は受けないからな。よし、小僧にルララルーの吊り橋形状を教えてやろう」
店主が、紙をカウンターに置き、ルララルーの吊り橋を描いた。
中洲地とそれを挟む両村に主塔がそれぞれ立ち、その主塔先と根元を縄で繋ぐ。両村から板を吊り下げながら橋を編む。
さらに、橋からも縄を張り、渓谷に固定する。
ルラ⇔ララ間
ララ⇔ラルー間
ララ村を経由した二本の吊り橋になる。
「本当は、この主塔も龍の角やシシ神の角を巨大化して使ったらいいんだがな。村にその負担はかけられないだろ?」
「はい。というか、龍の髭だって」
「支払いはいらん」
「え!?」
「使用した倍の本数で手を打つ。小僧の龍の生え変わりのな」
「なるほど。わかりました、ハハッ」
ジンは笑う。
店主も口角を上げていた。
「だがなあ……どんなに吊り橋が完璧でも、土台が崩れたら元も子もない。大型魔物の群れの振動でなく……地割れが広がっているなら問題だな」
確かにその可能性もある。
「とりあえず、現場に行ってみます」
ジンは店主に礼を言い、店を後にした。
翌日、ジンはまさかの再会を果たす。
あのゲオルグとの再会である。
覚えておろうか? ネバラン自治領でジンとやりあった老齢の隊士。
ジンの予想通り、王都研修召集がかかったのだろう。あの時の部下数名も引き連れている。
とはいえ、やりあえるような距離間ではない。
だって、中洲地のララ村にゲオルグらはいる。
ジンはルラ村にいる。渓谷を挟んでいるわけ。吊り橋を挟んで……はいない。
「あの方たちは急ぐからと、皆が止める中、無理やり吊り橋を渡っていき、途中で縄が切れまして……」
ルラ村の村長がジンに説明した。
ゲオルグならやりそうなことだな、とジンはため息をつく。
強行突破したのだ。
緩み解けた縄が耐荷重を超え切れたってこと。
「あっちの吊り橋も同様に渡ろうとして、同じく切れたのですよ。渡りきれず、ララ村に戻ったのです」
主塔から、縄や板の橋がダラーンと渓谷に垂れている。
見るも無残な状況だった。