ジン12
いつ来ても、ギルド『本部』は混み合っている。
ジンは、サポート依頼の貼り出されている壁に向かった。
例の依頼書は貼り出されたまま。
神龍使徒の勇者は少ないから、依頼が残っている。
「よし、やるか」
ジンは依頼書を手に取った。
ヒュルルルーー パアァーンッ
音花火が上がった。
ギルド内が慌ただしくなる。
音花火は、王城からの依頼が出た合図だ。
王城からの依頼は、報酬額が高い。
狙いに行くパーティーは多いだろう。
依頼書は三の壁である城門前に貼り出される。
ヒュルルルーー パアァーンッ
音花火が二度上がった。
さらに、ギルド内が騒々しくなる。
二度上がる音花火は、複数依頼を意味する。
もしくは、依頼に人員が必要とする場合だ。
だが……
ヒュルルルーー
パアァーンッ!
パアァーンッ
パアァーンッ
三回目の音花火が三連続となって上がった。
「マジかよ!?」
誰かが言った。
「緊急召集だっ! 依頼を受けていない勇者パーティーは、全員王城へ向かえ!」
二階からザナギが叫ぶ。
三回連続三発連続の音花火は、緊急召集を示す合図である。
緊急事態だとわかるもの。
一気にギルド内から人がいなくなる。
残っているのは、勇者なしパーティーと依頼を受けているパーティー、個人登録の短期職を請け負う独り者だけ。
「おい、ジンは行かないのか?」
若くはないが、面のいい男がジンに声をかけた。
「あ、これ取っちゃったので」
ちょうど、音花火が上がる寸前でジンは吊り橋張り替え依頼書を手にしていた。
「あー……そりゃ、不運だったな」
男も依頼書をジンに見せる。
パーティーメンバーだろう、男の背後で集まっている。
「俺らは受け付けたばかり」
緊急召集に行きたかったようだ。
王城依頼はおいしいから。かつ、緊急事態に挑む機会はおいそれとないわけだから、気持ちも昂るというもの。
それを逃したのだから、男は残念なのだろう。
「じゃあな、ジン」
男がジンの肩に手を置く。
『獅子紋』だ。
例により、相手はジンを知っていても、ジンは知らない勇者だった。
「はい」
ジンは丁寧に男に頭を下げる。
嘲笑もからかいもなく、普通に接してくれた勇者だから。
「おお」
男のパーティーがギルドを出ていく。
と、男が立ち止まり振り返った。
「獅子紋金獅子のカッツだ」
「あ……飛龍紋神龍のジンです」
「知ってるって」
カッツがクックッと笑って出ていった。
「金獅子のカッツって……ダンジョン殲滅伝説の?」
「そのカッツだな」
いつの間にか、ザナギがジンの横に立っていた。
「あれ? ザナギさんは王城には行かないのですか?」
「コンシェルジュに行かせてるって。それに、マスター出動案件なら、王城から直にやってくるもんだ」
ザナギがジンの持つ依頼書に目をやる。
「ルラ村、ララ村、ラルー村の吊り橋か……懐かしいな。俺の最初の依頼だったんだ。ん? 待てよ……ちょっと張り替え時期が早い気がする」
「どのくらいの期間で張り替えを?」
「十年毎のはずだが、前回の張り替えからまだ七、八年しか経っていないぞ」
ザナギが顎をさすりながら言った。
四十三歳のザナギは、十五歳のときに張り替えをしたと記憶している。本来なら後二、三年後のはずだ。
「前回の張り替えに」
「問題はないはずだ」
ジンの言葉を先取りして、ザナギが答えた。
とそこで、ジンはランジのことが頭に浮かぶ。
「ランジが、吊り橋を使えず遠回りして大型魔物の群れに遭遇したって……」
「なら……振動のせいかもな。あの渓谷村は地割れが起きて、町が分断されてできたんだ。元々はルララルーって町だったらしい」
「へえ、そうなんですか」
「ああ。渓谷の中洲地に鎮守の大木がある。そこがララ村。村と言っても、鎮守の大木守りがいるだけ。ルラ村とラルー村から一年期で一人ずつ出してな」
「じゃあ、中洲を中継して吊り橋を張るんですね?」
「神龍やこん棒を使えるジンなら、難しくない。材料は村で準備されているからな。それを村間で運ぶだけ。だが、大型魔物の群れか……」
思案するザナギだったが、ギルドに王城からの遣いが来て対応に向かう。
「あ、ジン」
受付に行こうとするジンをザナギが呼び止めた。
「はい、なんでしょう?」
「吊り橋の土台か縄に工夫しといた方がいいかもな」
「わかりました」
振動にも対応できる吊り橋を、ということだろう。流石、サブマスターである。
ジンは受付を済ませて準備に向かった。
ジンはギルドを出る。
ザッケカラン王都は、音花火のせいで異様な雰囲気が流れていた。
皆、何があったのか? 何が起こるのか? とある意味浮足立った状況だ。
だが、ジンは自分の依頼に集中する。
振動のせいで、吊り橋の張りが緩んで不安定になるのだろう、と考える。
「便利屋行っとくか」
町のマジックアイテム屋のことだ。
ジンは大通りから裏通り、その裏通りの路地へと進んでいく。
〚セブン〛
朽ちそうな扉にボロボロの小さな看板。
ジンはノックすることなく扉を開けた。
ドアベルがカランカランと鳴る。
「良かった、開いた」
ジンはホッとひと安心した。
便利屋〚セブン〛の扉は、客を選ぶ魔術付加つきである。
客が店を選ぶのでなく、店が客を選ぶわけ。
好まざる者を入店させないように。
「いらっしゃいな、奇特な勇者よ」