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厄災の彼方  作者: Siranui
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プロローグ「別れ、そして出会い」

 

 家が燃えていた。僕の家だけじゃない。この街の家は全部焼け落ちていた。


 闇に染まった星空を全てを奪う炎が照らす。明るい。だけどその炎の中はとても暗くて焦げ臭い。虚無感すら感じられる程に。



 僕はただ焼け落ちる我が家をじっとこの両目に焼き付けていた。その目から出る雫はとても熱い。街を焼くあの炎に劣らないだろう。



 理不尽な世界だ。この街の誰かが放火した訳でも無く、加熱器具から発火した訳でもない。まるで神が狙ったかのようにこの浜松の街を容赦なく焼き払う――












 お父さん、お母さん。どこにいるの?





 まだお仕事? それとも家にいるの?





 ねぇ答えてよ。返事してよ。僕だけ置いていかないでよ。



 近所にも助けを求めようとするが、もうこの街は人気すら感じられなくなった。恐らく生きているのは僕だけだ。


 そうしている内に家を焼き尽くした炎が僕の方に迫ってくる。一緒に来ないかと誘っているように近づいてくる。



 ……あぁ、そうか。親はもう()()()に行ったんだ。何回呼んでも返事しなかったんだからそう思うしか無いよね。



 また目から熱い雫が溢れてくる。嗚咽が止まらない。同時に炎から発せられる煙を吸っては咳をする。僕の家が、たった6年しか住んでないこの浜松市が一瞬で火の海と化した。


「うっ……」



 呼吸が出来ない程まで煙が充満している。今から逃げようとしても遅い。それなら倒れるまでひたすら両親の名前を呼ぶまで。両親じゃなくてもいい。誰かが返事してくれるならそれでいい。



「お……と……さ…」


 視界が霞む。身体が前に引っ張られる。力も抜けていく。次第に声も出せなくなっていた。



「お………かあ……さ…」



 お母さんの名前を呼ぶ時には既に視界は真っ暗だった。何も感じなくなった。パチパチという炎の音も聞こえなくなった。


 でも、これでお父さんとお母さんと同じ所に――
















「……おーいっ」


 微かに誰かの声が聞こえる。聞き覚えは無いけど、僕を助けてくれたんだ。


「…おーいっ!」


 女性の声だ。さっきまでいた煙の匂いとは真逆でほんのりいい香りが鼻を刺激するのが分かる。



「ボク君聞こえるかい? おーいっ!」



「うっ……」



 目覚めた。煙のせいかあまり頭が働かないが、隣に見覚えのないお姉さんが優しく微笑みながら僕の方を見ていた。


「どう? 少しは安心した?」


 家族もいない中、安心なんて出来るはずも無いが、何故かとても居心地が良かった。視界が晴れて誰のか分からない部屋の天井がはっきりと見えた。


「こ、ここは……」


「あ、いきなり連れ込んじゃってごめんねっ! ここは私の部屋だよ。どうにか君のご両親を探そうと思ってたけど、あれほど焼けちゃったらねぇ……探そうにも探せなかったよ」


「そう……ですよね」


 

 こればかりは仕方無い。むしろ助けてくれただけこの優しいお姉さんに感謝しなければならない。恐らく前まで近所に住んでた人……なんだろうけど。


 すると薄桃色の短い髪を少し揺らし、水色の瞳を僕に向けながら突然僕に聞いてきた。


「ねぇ、いきなりで申し訳無いんだけどさ……君の名前、教えてくれない?」


「僕の……名前……」



 名前。でも僕はあまり自分の名前を覚えていない。お父さんとお母さんは僕に何て名付けたのだろうか。忘れてしまった。あの日が街どころか、僕の心の底も焼き尽くしたのだから。



 あの日に僕の思い出も、僕を育ててくれた両親も、全部灰になって消えた。まだ僕は6年しか生きてない。なのに何でこのような思いをしなければならないのか。


 そんな思いと記憶だけが脳内で巡り巡って、人としての基本情報も全て忘れてしまった。だから実質、僕には名前が無い。


「……僕は……」


 焦っていた。名前が無い、自分の名前を忘れただなんて誰もが信じる筈が無い。当たり前だ。きっとこのお姉さんも信じてくれないだろう。だってそんな事、絶対にあり得ないから。


 しかし、そんな考えをお姉さんは根底から崩してきた。それも考えもしないことで。


「……そうだよね。君、()()()()()()()()()()()()。でも大丈夫。お姉さんが代わりにつけてあげるっ♪」


「えっ……」



 何で僕が名前を忘れた事を知ってるのだろう。仮にも僕は今初めてお姉さんと会った。普通なら知らないはずだ。なのに何で……




 もしかして、本当に幽霊っているのかな……?



 そんな事で少し身体を強張らせていると、お姉さんは僕を安心させるためか綺麗な両腕で僕をぎゅっと抱きしめた。優しく、でも強く。そして胸に僕の顔をうめさせながら、お姉さんは言った。



「『雫月(しづき)』。今日から君は雫月だよ。あ、それと私は『氏家(うじいえ)佐奈(さな)』。だから君は『氏家(うじいえ)雫月(しづき)』。覚えといてねっ♪」



「氏家……雫月………」


 氏家(うじいえ)雫月(しづき)。それが新しく付けられた僕の名前。そして氏家(うじいえ)佐奈(さな)。それがあのお姉さんの名前。今はうろ覚え状態だけど、追々覚えるようにしよう。




「あ、あの……佐奈、さん……」


「ん? な〜に?」


 早速名前を覚えてくれて嬉しいのか、佐奈さんは微笑みながら僕の方を見る。それに対して僕はふかふかのベッドから起き上がりながら、佐奈さんの方を向いて話した。


「あの、僕の事…助けてくれて……その、ありがとう……ございました………!」


「いいよ、気にしないで! っても無理あるよね……でも、今日からお姉さんと雫月君は家族だよっ! だからもう寂しい思いをしなくていいからねっ♪」



「家族……佐奈さんと、僕が……」


 今まで家族以外と関わった事が無い。僕は生まれつき右半身が衰弱しているので、幼稚園に行く事が出来なかった。だから家族以外の他人と関わるのが怖くて仕方無かった。


 でも、佐奈さんなら信用出来ると思った。佐奈さんがいるなら、僕は安心してこれからも過ごす事が出来る。流石に家族には劣ってしまうし、本当の家族がいないと寂しい気持ちは変わらない。


 でも、あの日はとっくに過ぎた事だ。今は今と受け入れて生きていかなければならない。こればかりは仕方無いと捉えるしか道は無いのだ。


 『男は簡単に泣いてはいけない』。お父さんから教わった事の一つだ。




「……こ、これから……よろしくお願いします…」


 緊張しきった身体で頑張って声を出している僕を可愛らしいと思っているのか、佐奈さんはにっこり笑って応えた。


「うんっ! これからよろしくね、雫月君っ♪」









 しかし、この出会いが僕の運命を変える事になるとはこの頃の僕は思いもしなかっただろう。後にこの頃の僕も知る事になるはずだ。このお姉さんが……











『僕の街を焼いた悪魔』の張本人だという事を――

 これまで短編として連載していたものですが、「続きが読みたい」というお声掛けを頂き、長編化しました!! 読んでくださり本当にありがとうございます。

 是非ともこの世界観を、そしてこれから続く厄災の物語をお楽しみください!!

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