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お手手つないで

作者: 阿久根想一

ねえ」

 退屈な古文の授業中、私―須田桃子(以前は須田桃子ともじったすももと呼ばれていたが、最近はプラムと呼ばれる事が多い)は、前席のジンタこと神保太の背をついた。

「知ってる?昨日、またラブ男が出たんだって―」

「え、また―」

 ラブ男とは、最近校内に出没している怪しい男の二人連れである。二人連れで、きちんと詰襟を着込み、いつも二人で手をつないでいることからラブ男と呼ばれている。

「またか。気色悪いんだよなぁ。あいつら男同士で手なんかつないで」

「ねえ、放課後行ってみる?」

「行ってみるって図書室へか?」

 私は頷いた。

「よし、行ってみるとするか」

 その放課後―

 「うん、ラブ男の事なら私も聞いてるよ」

 と図書館の魔女の異名を取るボソボソこと鳩村時子(以前は時子をもじったタイムと呼ばれていたが、最近は鳩村をポッポと呼ばれる事が多い)のツインテールと銀縁のメガネが私たちを迎えた。

「話を聞く前に一つラッキョウでもどう?」

とポッポはバッグからラッキョウの入った小瓶を取り出すと私たちに勧めながらカウンターの椅子に腰かけた。カウンターの後ろの壁と掛けられた鳩時計から鳩が飛び出して、三時を知らせた―。ポッポ自慢のラッキョウを口に運ぶ私たちを見るポッポの眼鏡の下の切れ長の眼が興味深そうに二人を見つめていた。

 図書室の魔女―ポッポ。誰がつけたか知らないが、ピッタリのニックネームである。

「そこで…」

とポッポはバッグから校内の見取り図を取り出した。

「ラブ男が目撃されたのはここ。二番目はここと―」

 とラブ男が目撃された順番に印をつけていったが

「校内中に散らばっているねダメだこりゃ」

「でも手掛かりならあるわ。ほら」

 と私は一枚の丸めた紙を取り出した。

「昨日、ラブ男を目撃した人が、ラブ男が通り過ぎて行った後にこれが落ちていたって。」

 取り出した紙を広げて一同絶句。そこに描かれていたのは、金髪にピンクの衣装をまとい、少女漫画のような眼をした、女の娘のイラストだった。

「何よこれ…」

「何かのアニメのキャラかしら?」

「校内で、こんなイラストと関係がありそうな所といえば―」

「アニ研⁉」

 三人の口からほぼ同時にその言葉が出た。

 アニ研とはアニメ研究会の事である。校内のアニメ好きが集って、三ヶ月に一度位の割合で同人誌を発行している。

「あいつらか―。なんか虫が好かない人だよなあ。閉鎖的でさ。身内以外の人間とは話をしようとしない人だ。校内行事にも協力しようとしないし―」

「内輪根性が強いっていうか、いつも同じ顔ぶれでいるよね」

「私の所にも時々来るわ『アニメ関係の本はありませんか?』って言う下級生が」

「それで?」

「そんなものあるわけありませんって言うにきまってるでしょ?神聖な図書室にアニメ関係の本など一冊たりとも入れてたまるものですか」

 普段のポッポらしからぬ強い口調で、ポッポはカウンターの椅子に腹立たしげに腰を下ろした―。

「誰か来る」

廊下を歩いてくる足音を聞きつけた私は、ドアの隙間から廊下を覗いた私は、近づいてくる四つの人影を眼にすると、気付かれないようにそっと首を引っ込めた。

 近づいてくる人影は四人。男女二人ずつ。

「男は田所彰次と倉本文次。女は加藤洋子と坂下京子。四人ともアニ研のメンバーだ」

とジンタ。

 四人は私たちに気付いた様子もなし。図書室の前を通り過ぎて行った。

「で、どうするのポッポ?」

「どうするって、彼らが何もしないでおとなしくしている限り、こちらが口を出す筋合いはないわ。おとなしく見ていましょ。」

「聞いた話では田所と加藤、倉本と坂下がそれぞれアベックらしいわよ」

「プラム、相変わらずの地獄耳ね」

「人間、何か一つぐらい取り柄が無いとね」

 確かにポッポの言う通り、彼らがおとなしくアニメの研究に熱中している限り、第三者の私たちがあれこれと詮索する必要はない。

 なるほど―と納得して。午後の授業に戻った私達だったが、翌日―。

「ねえ聞いてポッポ。大変よ!」

 図書室のドアを開けるなり、私は叫んだ。

「昨日の放課後、一年生がラブ男に追い回されたんだって!」

「何だって⁉」

「それが生徒会の耳にも入って、生徒会の方も動き出したそうよ」

「ついに動き出したか…」

 ポッポはそう呟くと、ツインテールを両手でしごいた。カウンターの上の鳩時計が時を告げ、図書室の空気が重苦しくなったように感じられた―。

「頭痛ぇー」

 生徒会書記川村静一は、そう言うなり頭を抱えた。

「ご足労かいて申し訳ないわね」

「生徒会としても、各部やサークルの活動内容には極力口を出さないつもりでいたんだが、あんな事件が起こったとなっては見過ごすわけにもいかなくてね」

「それで川村さんが?」

「貧乏クジさ」

「川村さんなら人望あるし、運動部にも顔が聞くから心強いわ」

「そう言ってもらえるとありがたいけどね」

「とにかくアニ研の部室へ行ってみるかー」

 三人は重い腰を上げた。

 部室棟にあるアニ研の部室は他の部屋の半分ほどの広さしかない狭いものだった。

「すみません。生徒会の者ですが、ちょっとお聞きしたい事がありまして―。」

 川村さんがそう言うと、中にいた4人、田所彰次、森下丈二、加藤洋子、坂下京子の4人が私たちに感情のこもっていない視線を向けた。

「生徒会の人が何か?」

「我々は特に何も―。」

「部活中なんですけど」

「昨日、我が校の一年生がラブ男に追い回される事件が起こりまして―。」

「我々とは無関係です」

 川村さんの後から私もアニ研の部屋に入った。左右の壁に、部員の作品であろうアニメキャラのイラストが張られている。

「ああいった事件が起こった以上、生徒会としても黙っているわけには―。」

「我々と何か関係があると言うんですか?」

「我々は無関係ですよ。それより今言った通り部活の最中なんです」

「そっとしておいてもらえませんか」

 4人口々にそういって、再び視線を机に戻した時―

「そこまでよ!」

 背後でドアが開き、振り返ると、ポッポがツインテールに眼鏡を光らせながら入り口に立っていた。

「アニ研の皆さん、己の趣味に没頭するのは結構だけど下級生に手を出したのはまずかったわね」

「だから我々は関係ないと―」

「本当に関係ないかどうか、これから私が説明してあげるからよくお聞き!分かった?」

 ポッポはそう言うと、一同の顔を見渡した。

「出たな、図書室の魔女」

 ジンタが呟き、私の後ろでもう一度部屋を見渡した。

「あなた達がどんな趣味に走ろうと勝手だけど、年下の男の子に手を出したのがいけないのだよ。自分の趣味の悪さを呪うがいい」

 何か知っているらしい川村さんが、小声で呟いた。

 部屋の壁に貼ってある、アニ研のメンバーが描いたと思われるイラストの人には、各自の名前が書かれた小さな紙が貼ってあった。4人の顔を見比べてみると、お互いにせわしく視線を交わしている。

「ポッポ、説明してくれる?」

「だからぁ、我々は無関係だと何度も―」

「つまりこういう事よ」

 ポッポはポケットからマジックを出すと、ショージのシの字に点を二つ書き加え、ヨウコのヨの字の前にキと書き加えた。

「こうすりゃショージがジョージに、ヨウコがキョウコになるでしょうが。つまり、ショージイコールジョージ。ヨウコイコールキョウコだったわけよ。おわかり?」

「ポッポ、なぜそれを―」

 女生徒二人が唇を嚙んだ。

「おあいにく様。あなた達の魂胆ぐらい、このポッポさんお見通しよ。残念だったわね」

「なぜ我々の邪魔をする―」

「だから言ったでしょ。あなた達がどんな趣味に走ろうと勝手だけど、年下の男の子に手を出したのがいけない―。恨むなら己の趣味の悪さを呪いなさいって―。」

「謀ったなポッポ!」

 田所が絞り出すような声を上げた。

「ふん、このポッポ様を舐めないで。図書室の魔女の名前は伊達じゃない!」

 とポッポが啖呵を切ると、アニ研の四人は、互いに手を取り、まるでダンスを踊っているかのような足取りで、部屋から出て行ってしまった。

「ちょっと君達―」

 追いかけようとする川村さんをポッポが止めた。

「行かしてあげて。彼等はもう何もしないから」

振り向く私達にも―

「おそらく彼らはもう何もしない。ラブ男ももう現れることはないわ。彼らの世界に戻っていくだけだから、好きなようにさせてあげて」

 といつもの顔に戻って言った。

 「ポッポ、ありがとう。怖くなかった?」

「あれぐらいが怖くて図書室の魔女がやってられますか。私は鳩村時子。図書室の魔女よ」

 とそこで一旦言葉を切ると、

「図書室の魔女の名前は伊達じゃないわ」

 と、もう一度呟き

「ねっ、お腹空いていない?」

と私たちの顔を見回した。

 数日後、放課後の図書室で

「連中あれからどうしてる?」

「何もしないで部屋に閉じこもっているみたいだ」

「自分たちの世界に引きこもってしまったわけね」

「校内が静かになったのはいいけれど、どこかかわいそうな人たちね。部屋にしか居場所がないなんて」

「まあね、でもなんか羨ましいな。自分の好きな事が出来る空間があるなんて―。」

「まあね」

 ラブ男に振り回されたここ数日の事が思い出された。

「ポッポ、あなたにはあるの?あなたが自分のものだと思える場所が」

「やはり―この図書室かな」

「やはりね。そういうと思ってた。だってあなたは―」

「図書室の魔女だもの」

 図書室に、午後の陽射しが入り込んできた。

「ところで、これ何なんだ?」

 ジンタが何やら手に持ってやってきた。見ると数冊のマンガ本だ。

「図書室はいつからこんなものを置くようになったんだ?」

「あぁ、それね」

 ポッポは苦笑いを浮かべながら、

「やはり多いのよ。こういう本を読みたいというリクエストが―。父兄の方からもそういう意見が出て―。それで生徒に読ませても差し支えの出ない物なら置いてもいいんじゃないかってことで決めたらしいよ」

「ふーん。変わるもんだねえ」

「まっ、私としてはより多くの人が利用してくれればそれでいいん」けどね。図書室は皆の憩いの場であって欲しいし―」

 そこまで言うとポッポはもう一度図書室を見渡し、最後にカウンターの上の鳩時計を見上げた。

 校庭からは、運動部の生徒が部活に励む音が聞こえてくる―

「やはりここは居心地がいいなぁ」

 ポッポはそう言ってカウンターの椅子に深く腰掛けた。

 そりゃあそうでしょう。だってあなたは図書室の魔女なんだもの―。と言いかけて、私はポッポに視線を移した。そんなわたしのしせんにきづいてか、ポッポはバッグから小瓶を取り出すと―

「ところで皆さん、ラッキョウはいかが?今日はわりかし上手く漬けられたんだけど」

 と、何事もなかったような顔で言った。

「さあ、もうすぐ午後の授業が始まるわよ。五限目のリーダーは私が面倒みるから、明日の数学は頼んだわよ」

「頼んだぜ、プラム」

 二人が図書室を出る時、振り返るとポッポはカウンターの上でマンガ本を読んでいた。

 どことなく笑いがこみあげてきて、私はジンタの背中を押しながら、図書室を後にした。

 (鳩村時子―ポッポー図書室の魔女かー。)

 私は胸の中でもう一度その言葉を繰り返した―。

 図書室に夕陽が入り込み、ポッポのツインテールを染め、メガネを光らせた。


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