第9話、お姫様抱っこ
「ジル……あんた、何しに来たのよ」
大きな岩の影で、ジルと対峙する。
ジルは私を見て、ふうん、と呟く。
「ラウルに任せて、サボってんのか」
「違うわよ。休んで当然なだけ」
は? と、ジルが不機嫌に顔を歪める。
「働きたい奴が働けばいいのよ。
私は休みたいから休むの」
こんな暑いのに、
私が働く意味が分からない。
「へぇ」
ジルがズンズンと歩いてくる。
な、なに? 近い。
思わず後ずさると、
背中が、岩壁に当たった。
ドンっと、ジルが片腕を壁につく。
そのしかめた顔が、すぐそこにある。
ドクと控えめに心臓が鳴った。
「な、なに?」
「別に、ちょっと教えようかと思って」
「は?」
「ワームが、どんな所にいるか」
へ?
ジルが、私の後ろの岩壁の、岩の隙間に
火ばさみを突っ込んで、引っ張り出す。
ずるりと、土色の細長い物体が出る。
「ほら、いた」
「ひっ!」
思わず悲鳴をあげた。
蛇みたいな体で、グニャグニャ動いて、
でも顔は、全部口だ。
丸い口には、花びらみたいに
びっしり、歯が並んで、気持ち悪い。
ずるりと、ジルの火ばさみから、
ワームが落ちる。地面で飛び跳ねる。
「ぎゃあ!」
足元でワームがグニャグニャ暴れる。
靴にまとわりつく。
「な、なにするんですの!」
「は? 勝手に逃げただけだろ?」
そいつが、とワームを指す。
こ、こいつわざと、こんな事を……
ワームが地面でジャンプした。
「ひっ!」
下がった所で足がもつれて、
尻もちをつく、痛い、おしり。
いや、それより、
「ちょっと! こいつなんとかして」
足元でグニャグニャ動くワーム。
まだ私の所に来ようとしてる。
「は? それ、人に物を頼む態度?」
ジルが私を見下ろして、
冷たく言い放つ。
「助けて欲しかったら、お願い、
するんだな、お嬢様」
足先でワームを突いて、けしかけながら
「ここじゃ、誰も助けてくれねぇぞ。
お願い、してみろよ、ほら」
頭が怒りで埋まっていく。
真っ白の思考で塗りつぶされる。
そうだ。
誰も、助けてくれない。
自分の手で、行けなきゃ、
どこにもいけない。
もうやめたんだ。
頼るだけの私。
頼むだけの私。
自分で切り抜けられなきゃ、
運命から逃げる事なんてできないんだ。
思考がブチギレるのを感じた。
私は手を伸ばして、
ワームの体を掴んだ。
頭が痺れて、何も感じなかった。
「は?」
ジルの驚く声が聞こえる。
ふらりと立ち上がる。
ワームを掴んだまま。
あぁ。こんな世界、
いつか逃げてやるから。
「バカ! 素手で掴むんじゃねぇ!」
ジルが叫ぶ。
へ?
ワームがグニャリと体を曲げて、
私の手首に噛み付いた。
「いっ、た!」
激痛が手首に走って、
思わずワームを引っ張る。
「引っ張んな! 歯が抜けたら
取れねぇんだよ! やめろ!」
ジルが私の腕を掴んで、
グイと引き寄せる。
ドンと、体がジルにぶつかった。
クッと、腰を支えられて、
すぐそこに、ジルの顔を見た。
へ? 今、抱きしめられて……
「あばれんな! 今取ってやっから」
バサと、黒い羽根が伸びる、4枚。
風が辺りに渦巻いた。
あ、この光景は、
肩ごしに見る、黒い翼。
──俺も、アスナが好きだ。
ずっと、一緒にいたい。
思い出す、その光景。
重なって、蘇る。
レオン様!
ガシャと思考が潰れる。
心臓が、変な鳴り方をした。
足が、体を支えるのをやめた。
ジルが生み出した風で、
ワームが動きをやめる。
風使いが生み出す風は、魔獣には毒だ。
ワームがボトリと、地面に落ちた。
「おい、大丈夫か?」
頭がジワと沸き立って、
足に力が入らない。とりあえず……
「は……早く、離してくださいまし」
「あ……そうだな」
手首と、腰を離される。
体がふらついて、その場に座り込む。
頭がグシャグシャする。
思い出した光景が、頭でチラついた。
「手、見せてみろ」
ジルが、噛み跡のつく手首に触れる。
「歯は、残ってねぇな」
風で気絶させて、剥がしたから。
「毒は無ぇが、帰ったら消毒しろ。
今は包帯まいといてやる」
「べ、別にそのくらい自分で巻けますわ」
「片手でどうやるんだよ。
大人しく、まかれてろ」
手際良く、包帯を巻いてくれる。
理由は分からないが、
心臓の音が大きく聞こえる。
「お、お礼は言わないから。
そもそも、あんたのセイだから」
「そうだな。悪かった」
ポツと呟くように。
今、謝った?
「もうじき、授業が終わる。
立てるか?」
ジルが手を差し出して、
何も考えずに握った。
立とうとした足から、
ガクンと力が抜ける。
「うわっ!」
バランスを崩して、
ジルの腕に倒れ込んだ。
足に力が、入らなかった。
「腰が抜けたか。仕方ねぇな」
ジルがそういうと、
ヒョイと私を抱きかかえたのだ。
お姫様抱っこで。
「はぁ? ちょっと」
「運んでやるから感謝しろ」
「な! お、降ろしなさいよ!」
「立てねぇやつが、何言ってんだ」
「だからって! あんたに!」
「集合場所に戻らねぇと、
サボってたのバレるだろ。いいのか?」
……そ、それは困る。
押し黙った私を、ジルは
ほらな、と呟いて。抱え直した。
ジルに触れてる部分が
熱く感じる。
「……お、お礼は言わないから。
あんたのセイだから!」
「わかったわかった、
大人しく抱かれてろ」
ギウと、抱きしめられて、
何も言えなくなる。
まったく、こいつ……
と、呟いて、落ちないように
その服を掴んだ。
何故か心臓だけ、
変な鳴り方を繰り返していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「は? なにこれ!」
「アスナ! びしょびしょだよ!」
「お前、下着透けてる」
「は? な、な、な、な」
「お前、思ったより胸あんだな」
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今日もお疲れ様! モフモフー