第3話、キマイラ
キマイラは、お兄様の使い魔だ。
お兄様がどこに行くのも乗っていくが、
乗らない時は小屋にいる。
ライオンの身体に鳥の翼があって、
蛇のしっぽがある。
「ぐるるるるるる……」
小屋に近づくと、いきなり威嚇された。
「ひっ!」
見慣れてる魔獣とは言え、怖い。
でもダメだ。
魔獣は、恐れには恐れを返す。
「ごめん、怒ってるんだよね。
私がラウルの邪魔して、
世話されなかったから」
ぐるるる……
と、キバを向けて唸ってくる。
こ、怖い。
無理矢理乗せられた事あるし、
お兄様には、従順な魔獣だけど
やっぱり、怖い。
だめだ、決めたんだ。
どんな手を使っても、行くって。
「お願い! キマイラ!
私を乗せて」
「ぐる?」
「今から、私がするから!
小屋の掃除!」
干し藁をドサリと持ってくる。
ラウルがやろうとしてた事だ。
ビーストテイナーの仕事は
ほとんどが魔獣の世話で
魔獣の世話のほとんどは掃除だ。
「今、綺麗にするからね」
スコップを持ち出して、
小屋の中に入る、
不思議と、キマイラは大人しく
場所を開けて、中に居れてくれる。
床に溜まる泥を、スコップでかき出す。
重い……すごく、重い
当然だが、そんな事した事ない。
お兄様や、ラウルがやってるの見たし
方法は本で読んだけど。
「こんなに、重いの?」
やらなきゃわからない事は多い。
ぽたりと、汗がドレスに落ちる。
もっと動きやすいの、着るんだった。
だいぶ時間をかけて、
すべての泥を外に出して、
新しい藁を敷く。
敷き詰められた藁に、
キマイラは警戒しながら近づき、
やがて横になった。
「良かった……」
もう泥だらけだ、汗もすごい。
「あと、なんだっけ。
ブラシかけるんだっけ」
「ぐる、ぐる」
「え? なに?」
キマイラが、なんか言ってる。
前足を持ち上げて、グルグル言ってる。
「なに? 爪?」
鷹の爪みたいに尖って伸びてる。
痛そう。皮膚にも刺さりそうだし。
削る? 切る? でもどうやって?
「えっと、何だっけ。本で読んだ」
私はなんとか読んだ本を思い出す。
魔獣系の本は一通り読んだはずだ。
キマイラの爪は鋼鉄より硬い。
岩も切り裂く。
だから、刃物じゃ切れない。
キマイラは溶岩地帯に住む火炎系の魔獣
野生では溶岩の火で爪を溶かす。
「そうだ、火だ! ちょっと待って!」
小屋の入り口の道具入れに、
ライターがあった。
キマイラの前に立って、
カチリと火を付ける。
「大丈夫だから、前足かして」
手を差し出すと、警戒しながら、
そこに前足が乗った。
たぶん、初めて自分から魔獣に触れた。
私の手の倍くらいある、大きな足。
肉球の間の尖った爪を、火で炙る。
パキパキ音を立てて、爪が層を作って
剥がれていく。少しずつ、短くなる。
うん、いい感じ。
このまま全部の爪を……
隣の爪に移ろうと、
火を動かした時だった。
「ぎゃう!」
キマイラが悲鳴をあげて、
前足を跳ね上げた。
しまった! 爪の間の皮膚に火が!
「ごめ──」
キマイラの、蛇のしっぽが
私の体を横殴りにした。
「ぎゃ!」
私は派手に跳ね飛ばされ、
干し藁に突っ込む。
「痛っ……もう……やってあげてるのに」
いや、ダメだ。今のは私が悪い。
指の間を火で炙られたら、誰でも怒る。
「ごめんね。熱かったよね」
やってあげてると思ってもいけない。
キマイラは、させてくれてるんだ。
ほとんど初めて世話する私に
不慣れで下手な私に、任せてくれてる。
「次は気をつけるから、ごめんね」
差し出した私の手に
前足を乗せてくれる。
ほら、優しい。
キマイラはせっかちで、短気だ。
でも情に深くて、想いに答えてくれる。
本で読んだ知識を実感する。
この子は、優しい。
すべての足、すべての爪を
炙り終わるまで、5回吹っ飛ばされた。
「やっと、終わった……」
私は床に両手をついて座り込んだ。
もう、ボロボロで藁まみれだけど。
「ガウ」
キマイラが近寄ってきて、
私の顔に、その顔を擦り寄せた。
「へ?」
キマイラが笑ってる気がする。
モフモフと前髪を撫でる。
グルグルと、喉が鳴る音がする。
なにか、周りにキラキラする粒が
舞っていた。
あぁ、これがマナスか……
魔獣が出す、力の源。
相手を思いやる心。
力の復活を促進する物。
吸い込めば、吸い込むほど、
私の中の悪魔が育つ。
「ぐる?」
キマイラが不安そうな声をだす。
「あ、ごめん。分かるんだよね。
大丈夫、ちょっと吸い込んだくらいで
何かなる訳じゃないから」
そうだ、今はそんな事言ってられない。
「お願い! 私を乗せて!」
「ぐる?」
本来、魔獣は
飼い主以外の言う事は聞かない。
でも、お願い……
私はキマイラを真っ直ぐ見て懇願する。
「お願い! 私を乗せてって!
レオン様の所まで!」
どうしても、私はレオン様に会いたい!
キマイラはしばらく私を眺めて、
ヘラと笑ったような気がした。
それはまるで、お兄様が
私がワガママ言った時に
──もう、お前は、しょうがないなぁ。
と、笑う時のようで。
「いいの?」
「ぐる……」
キマイラが体を下げる。
その背中に、登る。
初めて自分で乗った。
「ひゃ!」
キマイラが急に走り出す。
小屋の外に飛び出して、
羽根を広げて、空に飛んだ。
背中から転がり落ちないよう、
必死にたてがみを掴む。
「あ、安全運転して下さいまし!」
──はっはっはっ怖がりだなぁ、アスナは
お兄様がそう言ってるような、
笑い声を感じる。
このキマイラ、お兄様みたいだ。
と、背中にしがみつきながら思った。
◇◇◇◇
「アスナ・クラウジット様が
参られました!」
アポ無しで、突然来たもんだから、
対応した執事は、慌てて叫んでいた。
名門貴族の令嬢が、1人で、アポ無しで
キマイラに乗って来たと、
だいぶ騒ぎになった。
キマイラを預けて、屋敷に通される。
「アスナ!」
レオンは扉を開けるなり、
私の姿を見て、驚いたようだった。
私はドレスではあったが、
ボロボロで、薄汚れていたから。
「レオン様……」
その顔を見て、私はホッとした。
黒髪のずっと恋焦がれていたその顔は
張り詰めていた心を溶かす。
すぐにでも、抱きつきたかったが、
私は、泥だらけなのだ。
「レオン様、あの……」
何か言うより早く。抱きしめられた。
「へ?」
ギウとレオンに抱きしめられて、
心臓がドクンと鳴った。
「レオン様、汚れます。
私、泥だらけで。汚くて」
「そんな事は良い。どうでも良い。
アラド様が、婚約破棄を伝えて来たと
聞いて……もう会えないかと苦しかった」
「あぁ、私もです。
どうしてもお会いしたくて」
「来てくれてありがとう、アスナ」
会いに来て良かった。
こんな格好でボロボロになってまで、
それでも来て良かった。
自分の力で、なりふり構わず。
良かっ、た……
私は抱きしめられる腕のなかで、
体から力が抜けるのを感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「改めて、あなたは、綺麗だなと……」
「へ?」
「隣に、座ってくれませんか?」
あなたを……近くで感じたいのです」
楽しかった、って方は、
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今日もお疲れ様! モフモフー