第2話、婚約破棄
「父上、お久しぶりです。お元気そうで
なによりです」
アークが私の横に立って、
頭を下げる。
多分、私が立ち上げる時間を
稼いでくれてる。
私はバタバタと体勢を整えて、
同じように頭を下げる。
「ご、ご機嫌うるわしゅう、お父様
お、お会いできて嬉しいですわ」
震える声で言いながら、
チラと視線を上げる。
冷たい視線、深い皺と、
笑ったのを見た事が無い口。
威厳だけを纏って、立ってるその姿。
背中が勝手に震えた。
いつ見ても怖い。
いつだって、慣れない。
父親なのに。
「アーク」
「はい、父上」
「仕事は順調か」
「抜けは無いはずです」
「なら良い」
その声に、愛情を感じない。
いつもそうだ。
アークがまた頭を下げる。
それを見るアラドの目は
なにか物を見るように感じる。
「アスナ」
「はい、お父様」
緊張で、足が震えた。
「魔獣は触れるようになったか」
「そ、それは……」
「なったのか?」
「ど、努力を、鋭意努力しております」
ふん、とアラドは息を吐く。
機嫌が悪くなってくのが分かる。
「お前は、いつまで経っても
自覚が出ないな」
なんの自覚か。
悪魔の生贄としての自覚?
世界を破滅させる自覚?
そんなの、出る訳ないでしょう。
「まぁ良い。
お前の婚約は、破棄しておいた」
「は……。え?」
え? 今、なんて……
「破棄? レオン様との婚約をですか?」
「そうだ。ラインハルト家と話してきた」
な!
レオン・ラインハルト様は、
ずっとお慕いしていて、
この間、婚約を申し込んでくれたのに。
「な、なんでですか!」
父親に、こんなに声を荒げたのは
久しぶりだ。
「お、お父様もあの家なら釣り合うと
申していたではありませんか!」
「意見が対立したんだ。あきらめろ。
風使いの奴らは頭が硬い」
政治的意見が合わないから、
婚約を破棄したと、そういう事ですか!
「あ、あんまりです! お父様!」
私の事は、私の幸せは、どうでも良いと
どうでも……いいんだろう、きっと
そうでなきゃ、
娘を悪魔復活のうつわになどしない。
私は歯を食いしばって、
うつむく。
何を言っても無駄な事を知っている。
「アスナ、お前は来年から、
学校に通え」
「え? ん? なんです? 学校?」
「お前は、いつまでも魔獣に慣れないから
セルディア魔獣学校に
通わせる事にした」
「お兄様が行っていた、
ビーストテイナーの養成学校ですか?
あそこは、男性しかいけないはず……」
「委員会と話はつけた。
入学試験で落ちることは許さん」
「わ、私ビーストテイナーなんか
なりたくありません!」
「お前がそういう事いってるから、
復活が進まない」
はぁ。とため息をつかれる。
胸が締め付けられる。
どんな理屈かしらないが、
魔獣と触れ合うと、体内の悪魔の
復活が進むらしい。
だから私は、魔獣が怖い。
「とにかく、口答えはゆるさない
試験に落ちる事も許さん、わかったな」
なにか反論する余地は、
まるで無かった。
「わ、わかりました」
私はうつむいたまま
そう答える以外に無かった。
◇◇◇◇
「うっ……うっ……ひっく」
逃げるように帰った自分の部屋で
ベッドで泣いていた。
「レオン様……」
好きだった。大好きだったのに。
やっと言ってくれたのに。
──あの、あなたえ良ければ。
正式に婚約を申し入れたいのです。
──あなたを大事にしたいと、
心から思ったのです。
──俺が幸せにします。アスナ嬢
そうだ私はそう言われて、嬉しくて
その日は眠れなかった。
やっと思いが実ったのに、伝わったのに
「こんな終わり方、酷すぎる……」
私は、まだなにも聞いていない。
そうだ、なにも聞いていないんだ。
「聞かなきゃ……」
終わるにしても、なんにしても
あなたの口から、聞かない事には、
なにも納得できない。
行かなきゃ、レオン様の所に。
私は涙を拭いて、叫んだ。
「ラウル!」
「ラウルは、いません」
「うわぁ! どわぁ! ビックリした!」
いつの間に現れたのかメリッサが、
ベッドの横に立っていた。
「ど、どうやって出てきたの!
今、居なかったよね! ね!」
「まぁ、反則みたいなもんです。
それより、ラウルをお探しかと思って」
「そうだわ。居ないって、なに?」
「アーク様の事務仕事を手伝ってるので
キマイラの世話を投げ出したんだから
手伝えと言われてました」
あぁ、それは申し訳ない。
ラウルはそもそもお兄様の従者だ。
世話を投げ出したのは私のせいだし。
「そっか、ラウル居ないのね」
私は、はぁと息を吐き出す
「ラウルがいないと、アスナ様は
どこにも行けないのですね」
無表情のメイドが、
見透かした事を言ってくる。
「なにそれ、喧嘩売ってる?」
「いえ、同情です。可哀想だなって」
やっぱ、喧嘩売ってるらしい。
「わかったような、口聞かないでよ。
実の父親に
『お前は世界を破滅させる為の道具だ』
って、言われた事あんの?」
「それは無いですが、実の母親に
『お前は一生奴隷。
逃げる所なんて、どこにもない』
とは言われました」
メリッサは真顔で淡々とそう言った。
「え? それで、あんたどうしたの?」
「逃げました、そこから。当然でしょう」
表情が一切変わらない。
でも、決して
簡単な事じゃ、なかっただろう。
「そっか……逃げられて、今、幸せ?」
「それはもちろん。
アーク様は、よく使ってくれます」
私は無表情のメリッサから目をそらす。
みんな自分の足で、羽根で逃げられる。
羨ましい。
そうだ、羨ましいんだ。
ラウルの羽根。
どこにでも行ける羽根。
好きな時に、好きな所に行ける羽根。
それが羨ましくて。
レオン様もそうだ。
黒い大きな、四枚の羽根を持っていて、
きっと私を、連れてってくれると
この世界の外に。
呪われた運命の外に。
彼と一緒ならどこにでも行けると、
思っていたのに。
私1人じゃ、どこにも行けない。
「アスナ様、」
と、メリッサは続ける。
「自分で行けなきゃ、
どこにも行けませんよ」
「どうやって行くのよ。
歩いて行くのは無理な距離だし。
馬車の手配は、お父様を通さなきゃ
何もしてくれない」
絶望的に、私1人じゃどこもいけない
「方法はご自分で考えて下さい。
大事なのは。無理だと思ってる人には
どんな方法も見えないって事です」
へ?
私は顔を上げる。
相変わらず無表情のメイドが、
まばたきすらせず。こっちを見ている。
「あるのに、見えないだけなんです」
逃げ道も、翼も、飛ぶ方法も。
羽根があるから飛べるんじゃない。
飛べると思ってる人間が、
飛べる。
ははっ。
私は引きつった笑いを
無表情のメイドに返した。
「あんた、お兄様に
なんて言われてきた?」
「アスナはラウルを探すだろうから、
いないと伝えろ、と。あと……」
あと?
「泣いてたら、慰めろ、と」
ははっ、なにそれ。
「これ、慰めてんの?」
「泣き止んだじゃないですか」
あぁ、その通りだ。
分かったんだ。
きっと、私にも飛べる。
「メリッサ」
「なんですか?」
「お兄様に伝えて
『アスナは泣いて無い、安心して
ゆっくりお仕事しててください』って」
「承知しました。では、武運を」
メリッサは頭を下げて、部屋をでた。
私はベッドから立ち上がる。
きっと私にもある。飛ぶ方法。
行かなきゃ。レオン様の所に。
どんな手を使っても、何をしても。
自分の部屋のドアを開ける。
廊下を歩いて、窓に手をかける。
今朝と同じ窓、三階の窓。
「私だって、飛べる」
運命? 悪魔? 生贄?
誰が決めた? お父様?
そんなの知るか!
──無理だと思ってる人には
見えないんです。
無理だと思ってた。
諦めていた。だから、見えない。
そんなの、認めない。
「私だって、飛べる!」
私は窓の縁をつかんで、
窓の外に飛び出した。
「ぎゃ!」
メリッサの悲鳴が聞こえた気がした。
私の身体は真っ直ぐ落ちて、
ボスンと、何かに受け止められた。
「痛っ! いたぁ……」
そこに干し藁が、
朝、ラウルが忘れて行った干し藁が
丸々残されていたからだ。
「ははっ、私も1人で飛べたじゃん」
そうだ、きっと出来る。
行かなきゃ、レオン様の所に。
何としても。
私は決意を持って、
干し藁から立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「お願い! 私を乗せて!
レオン様の所まで」
「アスナ!」
「レオン様、汚れます」
「そんな事は良い。どうでも良い」
楽しかった、って方は、
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今日もお疲れ様! モフモフー