第18話、風の対決
風が集まり出していた。
辺りが異様な空気になっていく。
「一緒に、来てもらいます」
レオンが、低い声で言い放つ。
「レオン様……私は」
ポケットから本を取り出して、構える。
レオンと、その後ろの風使い達を睨む。
「もう、何も出来ないお嬢さま、じゃ
ありませんわ!」
──力を!
私は、私の力で、逃げて見せる。
あなたから、世界から。
闇の本を握りしめる。
私の眼球が黒く染まって、
辺りに黒い霧が吹き出た。
「な!」
困惑するレオン様を見ながら、
その言葉を口にする。
「×××××!」
人間の言語じゃない呪術音。
ボコりと辺り一帯の地面が歪む。
地面から、土が盛り上がって、
人の姿となり、風使い達の足を掴む。
まるで、地面から這い出た死者が
まとわりつくように。
「まさか……死傀儡操術!」
「そんな、大層なもんじゃありませんわ」
ただの足止めだ。でもそれで良い。
私は、私の出来る全力で、逃げるだけ!
ポケットに入っていた沢山の球を、
全力で放りなげた。
カラフルな玉は、放射線を描いて
レオンの後ろの風使いに、降り注ぐ。
とたん、びしゃあ、と水音が響く。
「な……」
「『水理玉』と言います。おもちゃです」
私は、ポケットに入っていた残り1つを
レオンに投げつける。
びちゃ、と、レオンは濡れる。
「は? な……」
「濡れると、嫌でしょう?」
知ってる。
風使いは、濡れると、上手く飛べない。
羽根が使えないなら……
「では、失礼します」
あとは、全力で逃げるだけ!
私は、レオン様に背中を向けると、
走り出した。
「へ?」
レオンの声が後ろで聞こえる。
完全に対抗する気なんか、あるもんか。
こっちは逃げられればそれで良いんだ!
学園の敷地内まで!
全力で走る、あと少し……
踏み出した足元から竜巻が拭きあがり
私の足が宙に浮いた。
え?
膨大な風で私の身体が跳ねあがり
そのまま地面に叩きつけられた。
倒れた私に、上から風が振ってくる。
その圧力で、身体が動かない。
「え? そんな……風って、こんな」
「あぁ。俺、すごく怒ってます」
後ろから、レオンの声がする。
風を生み出しながら、
ゆっくり歩いてくる。
大きく開く、黒の四枚羽根を見る。
「甘く見たもんですね。
おもちゃで、俺から逃げられると」
風で上から押し付けられて、
動けない。息が苦しい。
「あなたは良くやりました。
でも、俺には敵いませんよ」
ブツンと風がやむ。
同時に、肩を掴まれて、
ひっくり返される。
レオン様の顔を見る、
見開いたその目の狂気の笑顔を見る。
「ひ……ぐっ!」
レオンの手が、私の首を掴む。
ゾクと背中が震えた。
「安心してください。
あなたを殺しはしません」
「あ……」
「あなたは、ちゃんと俺が愛しますよ
俺の手の中で、ずっと」
胸の中に冷たい物が広がった。
レオンの吐息が耳にかかる。
寒気が走り抜ける。
「ずっと、俺のモノだから、アスナ」
耳元で呟かれて、
ボロと涙が流れる。
全身から力が抜けていった。
キィンと風を切る音がした。
気が付いて、レオンが顔を上げる。
私にも見える、黒い塊、見た事ある、
でも……まさか
レオンが飛び下がる。
そこに、ズガンと落ちてくる風の塊。
土煙、巻きあがる中、
私の前に立つ、その背中、
黒の……四枚羽根!
「あ……ジル!」
倒れこんだ私の前、
レオンに、立ちはだかるように、
ジルが立っていた。
「あなた、誰ですか!」
レオン様が忌々しげに叫ぶ。
「別に……ただの通りすがりだ。
たまたま、近くに居ただけだ」
ジルがいつもの口調で言い放つ。
「事情を知らないなら
邪魔しないで下さい。
これは、こっちの、二人の話なんで」
レオンの言葉に、
は? とジルが声を荒げる。
「事情なんて知らねぇよ。
知らねぇが」
ジルはレオンを見たまま、
「こいつ、泣いてる」
と、私を指した。
え?
「こいつを泣かせるヤツを
俺は許さねぇ」
ジルはハッキリと言い切る。
レオンに真っ直ぐ。
「お前に、こいつは渡さねぇ。
それだけで、十分だ」
ドクンと心臓が鳴った。
「風使いの癖に……」
と、レオンが呟いて、風を集める。
視認出来るほど集まった、風の塊。
「何も、知りもしないくせに
出しゃばるんじゃない!」
風の塊が襲い掛かる。
ジルの羽根が伸びた。
ガチン、とおおよそ
風が鳴らしたとは思えない音がした。
「……風で、俺に勝てると思うなよ
お坊っちゃまが!」
ジルが両腕を突き出す。
風がグルンとうねりを増して
逆流を巻いた。
「な!」
そのままレオンの身体を吹き飛ばす。
数メートル飛んで、地面に転がった。
嘘……ジル、強い。
思わず呟く。
黒い羽がゆっくり下がっていく。
振り返ったジルは
私に手を差し出して、
「おい、大丈夫か?」
と聞いた。
心臓が鳴って、ジワと涙がにじんだ。
私は手を伸ばして、叫ぶ。
「お願い、助けて! ジル」
ジルは、私の手を引いて、抱き寄せ、
「まったく。最初からそう言え、バカ」
と、ギウと私を抱きしめた。
レオンが向こうで体を起こして。
「ま、待て! あなた自分が
何守ってるか分かるんですか!」
と、ジルに叫ぶ。
「は? しらねぇよ」
「あなたも、風使いでしょう!」
「お前、なんか勘違いしてねぇ?」
ジルは片手で私を抱きながら、
レオンを見下ろす。
「風使いは人を守る。
当然、こいつも、守る。それだけだ」
グッと力を込められて、
心に染みる。
心臓が鳴り始める。
「お前、二度とこいつに近づくんじゃねぇ
次は、それくらいじゃすまねぇからな
分かったか、お坊っちゃん」
「う……」
レオンが何も言えず、押し黙った。
ジルは私を抱き上げ。
「帰るぞ、いいな」
「うん」
頷くと、羽根を大きく広げて、
空に飛んだ。
私は、その腕の中で、
ジルの胸に顔を埋めて、泣いていた。
ジルは、帰る間、何も聞かず、
泣いてる事にも触れなかった。
宿舎に近づいた時だった。
「お前の部屋に送り届けるが、いいな」
と、ジルが聞いた。
「嫌ですわ」
ジルの腕の中で、私は答える。
「は?」
「嫌ですわ」
「あー。ラウルの部屋がいいか?」
「嫌ですわ」
「なに、医務室でもいくのか?
腹減ってるのか?」
「違いますわ」
ジルは飛びながら、少し考えて
「……俺の部屋、来るか?」
「そこまで言うなら行ってあげますわ」
「な! おま! お前なぁ……」
「仕方ないから、行ってあげますわ」
「こ、後悔しても知らねぇからな」
「それはこっちのセリフですわ」
まったく、とジルは呟いて、
ギウと私を抱き直した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「お前、まだ好きなのか?」
「ち、違いますわ!」
「そうか。良かった」
「良かっ……え?」
楽しかった、って方は、
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今日もお疲れ様! モフモフー