第13話、蛇肌の店主
「あらぁ、久しぶりじゃないの?」
薄暗い地下の古書店。
入り口の店主は、半分くらい鱗の肌の
妖艶な女の人。
たぶん、蛇の種族だ。
「いつもと違う子じゃなぁい?
乗り換えたの? アーク」
「ち、違うからな。妹だからな」
「どうだか」
ふふ、と不気味に店主は笑って、
その細長い指でわたしを指し、
「ねぇ、レディー?」
「わ、私ですか」
「あたしは、フラウ
フラゥディル・メリー、よ」
「あ、アスナ・クラウジットです」
私が答えると、フラウは、
あら、と声をあげ。
「本当に妹だったわ」
と、また不気味に笑った。
「やめてくれよ、フラウ」
おや、お兄様がタジタジだ。
お兄様をやりこめる人間は、
そうはいない。
「フラウ。闇魔法の魔術書を探してる」
「あら、いい趣味ね、レディー」
と、私に笑う。
私が買いに来たって、分かるんだ。
「とっておきので良い?
今、持ってくるわ」
フラウは一度、奥の入って、
一冊、本を持って戻ってくる。
茶色の文字の無い表紙、
そんな大きくない、片手で持てるサイズ
「うちから買ったって、言わないでよ」
「なんでです?」
私が聞くと、後ろでお兄様が、
「闇魔法は基本的に禁書だ。
あるべき姿では無くす魔術だからな」
あるべき姿では、無くす……
背中がサワサワしてくる。
どこからか、声がする。
──力を
それは、たぶん、本から聞こえてる。
カウンターに置かれた本に、手を伸ばす
革のざらついた表紙に触れる。
頭に、響くその声。
──力を、欲せよ
ジワと背中に痺れが走った。
「聞こえた?」
フラウが口だけ笑って聞いてくる。
「き、聞こえました」
頭に響く、声。
心に1滴、落ちて、黒い染みを作る。
欲しい、力が。
「お兄様! この本欲しいですわ!」
「そうか。そうか。買ってやろう」
「アーク、言っとくけど、
だいぶ高いわよ」
「気にするな。いくらでも払う」
「ほんと、気前だけは良いんだから」
「ついでに、これも買ってやろう」
と、アークが
棚に並んでいた商品を手に取る。
私の手に、コロと乗せる。
「お兄様、なんですの? これ」
透明の、ぷにぷにした小さな玉で、
中に水みたいなのが入ってる。
「それは『水理玉』と言って、小さいが
中にバケツ一杯分の水が入ってて
投げつけて割ると、水が破裂するんだ。
まぁ、おもちゃ、だな」
魔術で水を閉じ込めた、おもちゃか。
「絡んでくる、4枚羽根がいるんだろ?」
これを、ジルにぶつける、と。
悪くない。
「お兄様! これすごく良いですわ!」
「そうかそうか。
じゃ、20個入りを買おうなー」
フラウが笑って、
「アークはね、前にこれを
風使いの彼女に、ぶつけて、
ブチギレられたのよ」
「ちょ! 恥ずかしい事
バラすのやめてくれ」
「お兄様、なんでそんな事したんです?」
「いや……風使いは、羽根が濡れると
気弱になって、しおらしくなって
可愛く……なるんだ」
「は?」
「いや、ちょっとイタズラだったんだ。
そしたら、思いのほか、怒って」
「普通、デート中に、びしょ濡れに
されたら怒りますからね!」
フラウが笑って、
「そんなんだから、愛想尽かされるのよ」
と、商品を渡してくれる。
「まだフラれてないからな」
「だいぶ長い間、連絡取れないのに?」
ふふっ、と笑うフラウに、
アークが何も言えなくなる。
ほんと、
お兄様を、やりこめるの、すごい。
会計を終えると、
あら? と、フラウが天井を見上げる。
「ドラゴンの渡り、が来るわね」
「感じるのか?」
アークが焦った声でいう。
「あたしには、ね。だいぶデカイわね」
「それはまずい! フラウ!
悪いが、すぐ帰る」
「また来てよね」
「アスナ、急ぐぞ」
「あ、はい!」
走るアークを追って、店を出る。
地上への階段を駆け上がる。
「お兄様、ドラゴンの渡りって
なんですの?」
「野生の、ドラゴンの群れの、大移動だ。
数年に一回、生息場所を変える。
この街は通り道になる」
「え? それって大変じゃ……」
「街の人は、慣れてる。対策もある。
渡りの間、店を閉めるから大丈夫だ」
そうなんだ、良かった。
街に被害は無いのか。
じゃあ、なんでそんな焦ってるんです?
「街の人は慣れてるが、ラウルは違う」
「へ? え? ラウル?」
たしか、広場で落ち合う予定で、
1人で。
「ラウルが危ない! キマイラ!」
地上に踏み出すと同時、
アークは叫んだ。
バサと最速スピードで、
キマイラが降りてくる。
「乗れ、アスナ! しっかり掴まれよ」
「はいっ!」
2人を乗せて、キマイラが飛び立つ、
ほとんど垂直。
傾く視界と、斜めの地平線に
上がる土煙を見た。
無数のドラゴンの群れが、
街まで届いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「あいつの両親ドラゴンに喰われたんだ」
「へ? え?」
「ラウルの目の前で。5歳の時に」
「マズいじゃないですか!
ラウルきっと怖がってる!」
「それで、済めば良いけどな」
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今日もお疲れ様! モフモフー