第11話、看病するキツネ
やばい、完全に風邪ひいた。
ベッドで天井を見上げて、
熱い息を吐き出す。
昨日濡れたまま、掃除したからだ。
なんだかんだめっちゃ時間かかったし。
すごく寒かった。
頭がボーとする。
たぶん、熱がある。
苦しい……
1人で寂しい。
なんでこんな時に誰もいないのよ!
誰もいない。こんな辛いのに。
こんな……
トントンと、部屋のドアが叩かれた。
「アスナ嬢、いる? 起きてる?」
ココの声だ。
「お、起きて……ますわ」
声がガラガラして、震えた。
「あ、やっぱり、君も風邪引いた?」
も?
「今、入っても大丈夫?」
「構いませんわ」
ガチャリとドアを開けて、
ココが入ってくる。
「大丈夫? 顔、赤いね」
「死にそうに苦しいですわ」
「ふふっ、いつもどおりで良かった。
ちょっと、おでこ触るね」
ココが笑って、私に触れる。
ココの手、冷たくて気持ちいい。
「やっぱり、君も熱あるね」
「も、ってなんですの?」
「んー? ラウルが朝、僕の所来たの。
『風邪ひいたから、
代わりにアスナを起こしてあげて』
ってさ」
あ、ラウルもひいたんだ。風邪。
「今日は、授業無いし、魔獣の世話は
他の人に頼んでくるから、
ゆっくり休んで」
世話自体はもともとサボる気でいたけど
授業は無くて良かった。
「待ってて。
薬と食べる物、貰ってくるからね」
ふんわり、笑ってココが出ていく。
良かった。ちょっと安心した。
ラウルも風邪ひいたのね。
大丈夫かなぁ。風邪ひいても、
私を起こすの心配してたんだ。
ほんと、正直で良い奴。
「ラウルが風邪ひいたなら……」
ジルは、どうなったのだろう。
同じようにびしょ濡れだったはずで。
熱、出たのかな。苦しいのかな。
「いや、あんな奴、苦しめば良いから!」
私が心配してやる必要はないし、
体、頑丈そうだし1人だけ、
ピンピンしてそう。
別に、心配してないし……
呟いて、布団で顔を隠した。
「アスナ嬢、入るよ」
ココが扉を開けて戻ってくる。
「ミルク粥、作ってもらったよ。
食べられそう?」
「いただきますわ」
うつわとスプーンを受け取って、
それを口に運ぶ。
食欲はあまりないが、
食べなきゃ治らないのは知ってる。
「ねぇ、ココ。ラウルって……」
「あぁ、君の前に、部屋に寄って
同じもの届けてきたよ。大丈夫」
「そう、ですか」
それは、良かった。
「それで、他には……」
「へ? 他?」
「だから、その、他に」
「もしかして、ジル?」
ココが普通に言い当てるもんだから、
思わず顔を見返す。
「心配? ジルの事」
サラッとこっちの核心を突いてくる。
なにも読み取れないプレーンな顔で、
聞いてくる。
「べ、別に心配とかじゃありませんわ!」
「そう、じゃあ良いんだけど」
と、ココは普通にかえして、
「ジル、すごく体調悪そうだった」
サラッと答えた。
「え?」
声をあげた私を、ココは見ながら、
「風使いって、羽根が濡れると弱いんだ
体内バランスを崩しやすいのね」
そう、なんだ。私が、水かけたから……
「あの……ココ」
「ん? なに?」
「わ、私は、もう大丈夫ですから、
ジルと、ラウルの所に、
行ってあげてくださいまし」
「へ?」
ココは驚いた声を出して、
「ぷはっ、あはははははははははっ」
いきなり笑いだした。
「な、なんで笑うんですの!」
「あははは、ごめんごめん。
僕ね、ここの前に、2人の所にも
同じ物届けたんだけどね」
ミルク粥とか、水のボトルとか、
薬とか。
「二人共、同じ事言ったんだよ。
『自分は大丈夫だから、
アスナについててやってくれ』って」
「へ?」
あははは、とココが笑う。
嬉しそうに。
ふ、2人共?
なんか、顔がポカポカする。
熱が上がってきてボーとする。
「だから、君はゆっくり休んで。
2人は大丈夫だよ。あれでどっちも
強いし、時々様子見に行くから」
ニッコリと笑顔で言われて、
赤くなった顔を反らす。
ミルク粥のうつわを置いて、
薬を飲んで、また横になる。
「顔、赤いね。待ってて」
ココが、タオルを濡らして、
おでこに乗せてくれる。
それがぬるく感じる。だいぶ熱が高い。
「待ってね、今、冷やすから」
ココがおでこに乗るタオルの上に、
手を乗せた。
ピシと氷結音がして、
タオルは一瞬で凍りついた。
「へ? なに? 今の、凍りました?」
「ふふっ。僕が凍らせたの」
「え? どうやって?」
「僕の中の魔族『氷狐』っていう、
氷属性の魔族だから。僕も氷使えるの」
そ、そうなんだ。
「気持ちいい?」
「とっても、ですわ」
冷たくて。すごく気持ちいい。
「やっぱり顔、赤いね」
ココがほっぺたに触ってくれる。
手が冷たくて、気持ちいい。
「それ、もっと……」
「気持ち良い?」
コクコクと、働かない頭で頷く。
熱が高くて、思考が追いつかない。
「この顔が見られるのは、
僕の特権だよね」
笑ったココが、何言ってるのか、
いまいち、わからない。
「ゆっくり、おやすみ、アスナ」
頬を触られて、笑顔で言われて、
目を閉じる。
そのまま眠りの中に落ちて行った。
◇◇◇◇
目を開けると、ココはやっぱり居て、
「あ、起きた? 体調どう?」
ふんわり、笑ってくれた。
「だいぶ……良くなりましたわ」
頭がボーとしない。暑くもない。
「今って、いつですの?」
「もう、夕方くらい。ずっと寝てたから」
「ずっと、ついててくれたんですの?」
「ずっとじゃないよ。パン貰ってきたり。
2人の様子見に行ったり」
それでもだいぶ長い間、
側にいてくれたはずだ。
「2人……あの、どうでした?」
「ラウルは熱下がったよ。もう大丈夫。
ジルはずっと寝てる。寝て治すのかな。
良く寝てたから、心配しないで」
良かった。2人とも大丈夫そうで。
「ちょっと、頭出して」
ココがおでこに触れる。
冷たくて気持ちいいけど。
もう、そんなに冷たくない。
私の熱が下がったから。
じんわりと暖かい、ココの手。
「もう、大丈夫だね」
その手がほほを触る。
暖かくて柔らかい。ジワと心に染みる。
「パン置いといたから、
食べれるようになったら、食べてね」
「うん……」
「じゃあ、僕そろそろ行くね」
へ?
ドクンと心臓が鳴った。
何故か焦燥感か広がった。
「あの! ココ」
頬の手に触れて、私は思わず口を開く。
「ん? なに?」
「あ、ありがとう……ございます。
その、助かりましたわ」
「ふふっ、気にしないで」
「それで、その……」
口がもつれる。
今何を言おうとしてるか、
よくわからない。
でも、嫌なんだ。その、離れるのが。
「どうしたの?」
「も、もう少し……居てくださいまし」
顔を反らして、なんとか口にする。
自分でも、なんでか分からない。
湧き上がる感情がなにか分からない。
「まだ、一緒に居たい?」
ココに笑顔で聞かれて、
コクコクと頷く。
一緒に居たい。居て欲しい。
離れたくない。
理由は分からない。
ただそのふんわりとした笑顔を。
細い目を、まだ向けられていたいのだ。
ココはにっこり笑って、
「嬉しいね。でも、ダメだよ」
残酷に言う。
「え?」
「ダメなんだ。一緒には、いられない」
「ど、どうしてですの?」
「もうじき、夜になる。夜になると、
僕は、僕の中の魔族に乗っ取られる」
え?
「だから、その前に、僕は帰って、
凍らなきゃならない」
「こ、凍る?」
「毎晩、そうやって眠るんだ。
僕の中の、魔族が出てこないように」
凍って、眠る?
そんな辛い事を、ココは笑顔で言う。
「だから、もう行かなきゃ」
にっこり笑って、私の頬を離す。
離れて行く手を、引き止められない。
「君は、もう、大丈夫?」
「えぇ、私は、もう……大丈夫」
そういう以外に、答えはない
「じゃあ、また明日ね」
ココが笑って、手を振って、出ていく。
そうして1人残される。部屋に。
サァと心が寒くなる。
喪失感で埋まっていく。
「気に入らないですね」
スーツのコウモリ羽根が
椅子に座って現れた。
「か、か、カルア! 何出てきてんの?」
「あのキツネ気に食わないんで、
あんまり懐かないで下さい」
「何言ってんの? 私の勝手だから」
「看病なら、私がいつでもしますのに」
「あんたには死んでもされたくない!」
「おや悲しい。キツネには、させるのに」
「早く消えて! 出てこないで!」
「はいはい」
ボンっと音を立てて、カルアは消えた。
誰も居なくなった部屋で、
1人、ため息をついた。
ココの笑顔を思い出す。
あぁ、あの笑顔はきっと、
どんなに欲しくて堪らなくても、
私には絶対に手に入らない物なのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「お兄ちゃんが、おかゆフーフーして
アーンしてやるのに」
「絶対嫌ですわ!」
「汗だくのお前の体、拭いてやるのに」
「お兄様、変態!」
楽しかった、って方は、
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今日もお疲れ様! モフモフー




