消えない座敷童子と破戒神父
真理南と幸葉は先に台所へ行くと、残された源九郎は座敷童子のリンに深々と頭を下げた。
「ご無礼をお許しくださいませ。まさか言い伝えが本当の話だったとは思いませなんだ」
「よいよい、この体が解き放たれた今、今まで以上にこの家を盛り立てていくぞ」
秋人はリンの隣に座るとおかっぱ頭を撫ぜたり真っ赤な頬をつついたりしていたが、後ろから両頬を手の平で挟むと、リンの唇が口ばしのように前に突き出した。
「ふがふが!」
「へーこの子そんなに偉いのですか?」
「これこれ秋人くん童子様をそんなにオモチャにしては……」
源九郎はリンの顔に笑いをこらえている。
「さっき話してた悪しき祈祷師って何ですか?」
「言い伝えではこの辺りには、わが西大路家ともう一つ刻堂家という大家があったそうじゃ。両家はことごとく対立していたが、西大路家はいかなるときでも幸運が味方した。」
「それがこのリンちゃんのおかげだったということですか?」
「ふがふふが」
「それをねたみ、刻堂家は祈祷師に命じ童子様を封印したと伝えられていたが、どこに封印されたかが分からず」
「じゃあの木の下がその封印の場所だったのかな?」
「ふがが……」
リンは秋人の手を振り払うと前に飛びのいた。
「か、顔が潰れるだろ! まったく……封印されたのは蔵の中だ。その祈祷師の力では二百年が限度だったようで蔵の中のこの服を拝借して外に出たところ、この男がおった」
「で、その刻堂家ってどうなったのですか?」
「ふふふ……あたしが潰してやった」
「ええ! 座敷童子ってそんな酷いこともするんだ。リンちゃんって怖いんだな」
「嘘だ嘘だ、勝手に潰れたんだ! ちょっと言ってみたかっただけだし」
リンはうなだれて秋人を見た。
「元々非道な振舞の多かった刻堂家は百姓一揆を契機に落ちぶれていったという訳じゃ。童子様のせいではなかろう」
リンは勢いよく首を何度も縦に振る。
「確か座敷童子ってごくたまに姿を現すんですよね、じゃあリンちゃん真理南さんのお蕎麦を食べてから姿を消そうね。せっかく作ってくれたんだから」
「そ、それが……」
その場にヘタレ込むと泣きそうな顔になった。
「どうしたんだ?」
「消えることができない……多分まだ力が戻ってないからだろうけど」
「あらら……どうしますか、お爺さん」
「真理南は『神さま』や『魑魅魍魎』の存在を知らんから……」
「ミカン箱にでも入れて蔵に放り込んどきますか?」
「ええーっ! そんな酷い……ぐすん」
「嘘だよ。リンちゃん」
「では『秋人くんの親類をここで預かるこになった』と真理南には説明するので、力が戻るまでゆっくりとしてくだされ。どうですかな童子様」
「あたしはそれでいいけど……戻らなかったらどうしよう」
「心配ないさリンちゃん」
「うん」
「さぁ、お蕎麦を食べに行こう」
ーーーーー
イルミネーションの飾りつけが終わり、長屋門から源九郎と真理南、リンが見送る中、秋人と幸葉は帰路に着いた。路地沿いの板塀と、木々に飾られた明かりが賑やかに輝いている。
「なかなか立派なイルミになったね」
「ここのメインはお正月だけど、今年はトナカイやサンタもいるんだよ。クリスマスが終わったらスイッチで松竹梅に早変わりさ」
「……リンちゃん大丈夫かな」
「心配いらないさ。お爺さんは『ああいう系』には慣れてるし、もし戻らなかったら朱雀さんに相談すればなんとかなるさ」
二人が、ゆきは館に戻ると奥座敷で全員がくつろいでいた。彩希が姿を見るなり声を掛ける。
「おお帰ったか、幸葉の爺は元気にしておったかの?」
「ああ、元気だったよ。色々あったけどね」
「色々とは何があった?また何かしでかしたのかえ」
「おいおい、またって何だよ」
「また、べっぴんのお手伝いさんにいらん事したんとちゃう?」
「あ、あのなぁ、君たちは僕を何だと思っている?」
その時玄関から「居るかー」と声がすると、恵はハッとして眉をひそめ顔を背けた。華がスクっと立ち上がり玄関に小走りに向かう。しかし、しばらくすると血相を変えて走り込んできた。
「あ、秋人さん! 彩希ちゃん逃げて!!」
「え? どうしたの華」
華は玄関を指さしうろたえている。
「は、早く! ここは私が食い止めるから」
そこに十字架を手に持った神父が入ってきた。華は慌てて手を胸の前で合わすと結界を張る。
「ほほー、この子は結界を張れるのかい。なかなかやるじゃないか」
「秋人さん、彩希ちゃん、うしろは結界を張っていないから早く逃げて!」
「何で逃げんとならんのだ?」
「だって、吸血鬼の天敵は神父さんでしょ? 十字架も持ってるし、きっと杭とかも隠し持ってて……」
秋人は華を後ろから優しく抱いてささやいた。
「もういいんだよ、華」
「そんなのイヤ!」
「これこれ、悪乗りはその辺にしておけ、華が可哀そうだ」
ーーーーー
「わははははは、これは傑作だ」
神父は大きな声で大笑いをしている。
「だって……てっきり秋人さんと彩希ちゃんを退治しに来たのかと」
「いやぁ、仲間想いだな。確かに他の神父なら正体を知れば面食らうだろうが、それでも杭や木づちなんざ常備しとらんぞ」
華は湯気が出るほど真っ赤になって下を向いていた。
「華、ありがと。頼もしかったよ。この人は丘井山っていう神父さんだ。僕たちはオカイちゃんって呼んでるんだよ」
「だいたい、この神父の持っておる十字架や聖水は我らには効かんわ」
「華ちゃんはオカイちゃんと会うのは初めてだから仕方ないよ」
「そうなのですよ。この人はある意味、破戒神父なので心配ないのですよ」
「おいおい椿、そりゃないだろ。確かにたまには脱線するが」
「たまにちゃうやん。しまいにオカイちゃんの神さんに怒られるで、ほんまに」
恵は横を向いたままつんとしている。それを見て丘井山は恵に声を掛けた。
「おい恵早利、元気そうだな」
「元気だよ」
「お前まだ根に持ってるのか? 愛想悪いじゃないか」
「別に……あんたが嫌いなだけだからさ」
「……ところでオカイちゃん献金かい?」
「おお、今年も頼むわ」
「はいはい。ちょうど今日じいじ所からも預かって来てるのよ。いいタイミングね」
幸葉が立ち上がると茶箪笥の引き出しから茶封筒を取り出し、バッグからも封筒を取り出した。それを受け取ると封筒を前で十字を切る。
「神の思し召しだ。この町の人々やここと西大路家のおかげで今年も身寄りのない子ども達に幸せなクリスマスを迎えさせられる。感謝するよ。神の祝福を……ここにも神はいるがな」