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『ゆきは館』の風変わりな店子(たなこ)


『ゆきは館』の二階へ木製の階段を上がると腰板の上に設けられた窓から中庭が見下ろせ、廊下を挟み客室をリノベーションした店舗が三軒並んでいる。廊下の突き当りが秋人の何でも屋『何でも相談承り候』の事務所になっていて、店舗は端から『銀細工、三吉さんきち』、『小間物屋、平次郎へいじろう』、『占い、治郎吉右衛門じろうきちえもん』と並んでいた。


 秋人が手に道具箱を下げ事務所から出てくると銀細工の三吉が着物姿で並べられた商品を丁寧に磨いている。 


「三吉さん、タウン誌に載ってましたよ、平次郎さんと一緒に」

「お恥ずかしい。へいさんは男前だけど、私は御覧の通り三枚目で」

「いやいや、三吉さんもなかなかのものですよ」


三吉と平次郎は、古事記にも書かれている幻の『常世とこよの国』にあるとされる不老不死の霊薬『トキジクノカクの木の実』を食べたらしく、もう何世紀も生きているらしかった。平次郎は品がよく顔立ちが美しくスラリと背が高い。三吉は野性的な精悍せいかんな顔だちでガッチリとした身体つきであった。彼らはSNSで拡散されたらしく、黄色い歓声が響くこともあり、たまにサインを求められるらしいが、平次郎は順応性があるようでアドレスなども交換しているが、三吉は色紙に毛筆で名前を書き落款らっかんを押す几帳面さで、それが受け『三吉の御朱印』とフリマにも出る始末である。


 そんな話をしていると平次郎がボサボサの頭に濃いグレーの大きなトレーナーを着て、破れたジーンズ姿で顔を出した。


「これはこれは吉田殿。ご健勝何よりでござりまする」

「平次郎さん、格好と言葉遣いのギャップが凄まじいね」

「何百年経とうとこの身に付いた言葉は直りませぬ。お越しになるお若い方から、このような格好を教えていただき思い切ってよそおってみたのでござりまするが、いかがでありましょうか?」

「良く似合ってますよ。平次郎さんはイケメンですからね」


そこに占いの次郎吉右衛門が廊下にのっそりと出てきた。大きな体に大きな腹、ロイド眼鏡をかけて易者姿をしているが、見るからにタヌキの魑魅魍魎ちみもうりょうである。


皆々様お揃いでございますな。本日も良い一日であるかどうかを占って進ぜようか?」

「おはよう、『じろきち(・・・・)』さん」

「吉田さん。わたくしの名前は『じろきち』ではなく、『じろうきちえもん』ですぞ、お間違え無きよう……うん? こ、これは」


治郎吉右衛門は眼鏡の縁を摘まみながら秋人の顔を見つめた。


「な、何ですか?」

「災難の相が出ております」

「ど、どんな災難ですか?」


秋人からスッと離れ、腕組みをして難しい顔で見ている。


「なかなか困難な状況ですな」

「これは異な事、治郎吉右衛門殿は易者のはず、人相も見れますのかい」


そう平次郎が問うと、治郎吉右衛門は大きな腹を前に突き出した。


「もちろんですぞ、わたくしほどになれば何でもござれでございます。吉田さんの困難は言わずと知れた女難の相」

「はいはい、それなら慣れたものですよ治郎吉さん」

「慣れは事故の元でございます。まぁお気を付けなされ……『じろきち』ではなく、『じろうきちえもん』ですぞ」


ーーーーー


 三人と別れ秋人が木製の階段を降りてくると、その下は広い畳の間になっている。正面は土間が広がり、狭い通路が玄関に通じていた。その畳の間に置かれた帳場机ちょうばつくえを前に幸葉が居眠りをしている。


「愛してるよ」


耳元でささやかれた言葉にうつろな目をした。


「ふんにゃ?…………」


ふらっと真横に倒れ込み、ハッと我に返る。


「もーっ、やだ~……」

「お爺さんの所にイルミネーション飾りに行ってくるよ」

「まったく……じいじによろしく言っといてね。今度ここに来たら必ず顔を見せるようにって釘を刺しといて」

「分かったよ」

「それから……」


幸葉は座り直すと眉を寄せ、膝を一度叩いた。


真理南まりなちゃんには気を付けて。あの子すぐ秋人さんに色目使うから」

「い、色目って……愛想がいいだけだよ」

「そういう風に言い訳するのよね……私も行こうかな」

「大丈夫だよ」

「行く! 決めた!!」

「えーっ、店番どうするの」


幸葉は帳場机の下から掛札を取り出し、机の前に掛ける。


『ご用の方は、日本茶カフェ めぐめぐ まで』


「何だこれ?」

「もしもの時の為に作っておいたの」


ーーーーー


 恵に見送られ二人は街道を歩き出した。


「真理南さんって住み込んでるの?」

「真理南ちゃんは子どものときに虐待されててじいじが里親になったの。私は真理南ちゃんとはよく遊んだんだ。それで高校を卒業した時、じいじが養女に迎えようとしたんだけど真理南ちゃんが断って住み込みのお手伝いさんになったんだよ」

「なぜ断ったんだ?」

「お金目当てって思われたくないからって。でも、ここにいてじいじの世話をするから。そう言ってずっといてくれてるんだよ」

「実の両親は健在なのかい?」

「多分ね、でもこの町の周辺にはいないみたいだよ」

「その方が真理南さんにもいいかもね」

「じいじが手を回したんじゃない?」

「え?」


 街道をニ十分ほど歩くと大きな屋敷が見えてくる。ちょうど角地に建っていて板塀がどこまでも続いていた。


「いつ見ても立派な屋敷だよな」

「こんなだだっぴろい家に三家族総勢五人だから勿体ないよ」

「お爺さんと真理南さんに幸葉のお父さんと叔父さん夫婦の計五人か」

「そうだよ。私のお母さんは別居中だから」

「そ、そうだったね……」

「そんな深刻な顔しないで、別に問題があって別居してるわけじゃないんだから。お互いしたいことをして、満足したらまた一緒に住むんだって。今でも月に五回くらいじいじに会いにくるし、お正月には帰ってくるらしいから」

「革新的な夫婦の形だね」


玄関の長屋門は開いていて、庭を掃き掃除している女性がこちらに気付き竹ぼうきを振りかざしながら走ってきた。


「秋人さーん」

「ほらね色目使ってる」

「あれはただ名前を呼んでいるだけなのでは?」

「あら、幸葉ちゃんも来たの」

「そうよ、あなたが秋人さんに色目使わないようにね」

「そんなことしないわよ」

「どうだか――」

「ほら見て、新しいワンピースよ。秋人さんが来るから着てみたの、似合う? うふふ」

「「……」」


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