華への紹介は続きます。
秋人が椿を華に紹介した後、彩希を見てニコニコしている。彩希は、濃い紺色の生地に雪ウサギが遊んでいる着物の小袖に手を隠し、いぶかしそうにつぶやいた。
「何をそんなにニコニコしておる。気色の悪い奴め」
「そして最後は衣笠彩希、彩希の血もボクの体の中に入っているんだよ。それから、どこから見ても可憐な乙女でしょ……」
「やれやれ」
彩希はあきれて大きなため息をついた。
「だけど中身はもう九〇〇歳を越えてるんだよ。ね、化け物級でしょ、化け物だけど」
「うるさいわ!」
彩希はプイっと顔を振る。肩までの髪が頬を撫でた。そして華に顔を向けると咳払いを一つして話し始める。
「私は遠い昔、剣の申し子と謳われた、とある高貴な出の娘だ。しかしの、都を騒がす『血を欲する鬼』を退治した折、その鬼に噛まれ、鬼の力を得た。その代わり人の血が必要となってしもたのだ。とはゆうものの、私が吸うのはこの男の血だけだがの」
「吉田さんの血だけ吸うのですか?」
「まぁ旨くは無いが習慣みたいなものかの」
「吉田さんの血って美味しくないのですか?」
「最近こやつは塩分の取り過ぎだ……華よ一度吸ってみよ、塩辛いぞ」
「……」
首を横に振っている華を尻目に彩希は更に話し続けた。
「私はその後、この世から消滅したのだが、消滅する前に私の御付きをしていた舎人、今でゆう護衛だな。その者に血を与えた。その血には私のすべてが記憶されている。その護衛の血が世代を経て回りまわってこやつの体に入った。まぁ血が入ったところで普通何も起こらぬのだが、この男の体に入っていた幸葉の血と護衛の血が合わさって何故か分からぬが私の心がこの男の中で蘇った。その上、こやつは私の鬼の力まで使えるようになってしもた。ある時、私の力を出し過ぎたせいでその力が暴走し、私の心がこやつから分離したという訳よ。分離した時、力のほとんどを置いてきたのが心残りだがの」
「そうなんだよ華さん、ボクが彩希を産んだんだ。産むときは大変だったんだよ、でも随分と大きくなったもんだ」
自分の腹を撫でた。
「えっ……お、男の人なのに……」
「こ、これ腹をさするな! 華が本気にして驚いているではないか。違うぞ華、体が分離したのだぞ! 確かに分離するときこやつは相当苦しんでおったがの」
「びっくりしました……」
幸葉が手を打ちながら切り出しす。
「じゃお料理頂きましょうか。秋人さんお願いするよ」
「それでは、華さんを歓迎して、そして料理を用意してくれた人に感謝をして、いただきます」
「――いただきまーす――」
土鍋の蓋の隙間からは食欲をそそる寄せ鍋の香りと湯気が上がっている。幸葉と椿が二ヶ所に置かれた土鍋の蓋を同時に開けると湯気が一瞬天井を曇らせた。伽理奈は満面の笑みを浮かべ美味しそうに煮えた鶏肉を取ると『はふはふ』と、さっそく頬張る。秋人と幸葉はお互いの銀色のカップにビールを注ぎ、恵は台所から熱燗にしたちょうしを二本持ってきてニコニコしながら手酌で飲み始める。彩希の前には大きな楽焼の湯呑から湯気が上がり、椿は華と自分のコップにジュースを注そいだ。伽理奈が菜箸で大皿に盛られた食材からうどんを取ろうとしている。
「これ、伽理奈よ、うどんは〆だぞ! 後で入れよ」
「そうなん?……」
「人間界ではそんな感じですよ」
「このイカ大根おいしいね、もう酒の肴にぴったりだよ。ほら華ちゃんも食べてみな」
「はい、こっちの里芋の煮っころがしも凄くおいしい。椿ちゃんって凄いですね」
「どうだ、華よ。椿の作った料理は旨いであろう」
彩希は自分の事のように微笑みながら自慢をした。
「私は食材を切るのが苦手なのですよ。彩希ちゃんが切ってくれるのですごく助かるのですよ」
そう話しニコニコしている椿を横に、華はべっ甲色の大根を皿に取り小さく切って口に運ぼうとしている。
「人を切ればこの男に怒られるが、食材ならば喜ばれる」
そういいながら彩希は頭上で剣を具現させ、顔の前まで下ろすとニヤッと笑った。
「えっ! 剣で食材を切るのですか?」
大根を口に入れようとしていた手がピタリと止る。
「案ずるな買うてもろうた包丁で切っておる」
賑やかに食事を楽しんでいると、秋人が突然箸を置き、叫んだ。
「あ、ボクの紹介を忘れてる」
「料理を食べねばならぬから省略でよい」
「えー」
「じゃ私が」と幸葉がコップに注がれたビールを飲み干すと話し始めた。
「もう四年くらい前かな、私が『はぐれ番人』に襲われたとき、まだ人間だった秋人さんが身を挺して助けてくれたんだよ。そのときの私は、もうどうなってもいいやって思ってて、番人の前で目を閉じ、その場から動かなかったの。で、なんだか騒がしいから目を開けたのね、そしたら番人が逃げ出すとこで、虫の息の秋人さんが倒れてた」
「ようするに番人が幸葉を刃物で突き刺そうとしたところへ、たまたま通りがかったボクが飛び出したわけだ。あの時は夢中で『助けなきゃ』って思って反射的に飛び出した。番人も人を傷つけたとなれば大ごとだから慌てて逃げ出したんだろうね」
「この人を死なせるわけにはいかないと思って獣人の血をあげたんだ。たくさんあげると獣人になっちゃうから少しだけね。だから秋人さんは私の命の恩人なんだよ」
「その血のおかげでボクも助かったんだけどね」
その話の後を続けるように彩希が口を開く。
「こやつも運が良いのか悪いのか、その時に治療で使こうた輸血に私の護衛の血が入っておった。回りまわってこの男に行き着いたのだろうが、それが幸葉の血と混ざりあって……世の中は不可思議なことがあるものだわい。運が良いか悪いかと言わば、こんな美少女と出会えたのだから良かったということかの。まぁ人は捨ててしもうたが」
「年季が入った美少女だけどな、しかし生きてることは確かだからね」
「う、うるさいわ!」
彩希が不服そうな顔で長ネギにかじり付いた。