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華は『魍魎(もうりょう)の番人』の勉強中


 悪しき魍魎もうりょうとの死闘も終わり、境内で秋人の右腕に幸葉が上機嫌で両手を絡めている。空いた左手でポケットからスマホを取り出した。


朱雀すざくさんに報告しないと」


そう言うと彩希がたもとに手を隠し、不機嫌そうにつぶやく。


「私はどうもあの朱雀とかゆう女は気に入らん。確かに我ら『魑魅魍魎ちみもうりょう』に『戸籍』やらを用意してくれるのはありがたいが」


今度はたもとに手を隠したまま腕組みをして、いぶかしい顔で秋人を見ながら更に続けた。


「ところでそなた、また珍妙ちんみような技を手に入れたのかえ?」


いぶかしい顔をしているが、愛らしい大きな瞳で見つめている。


「え……ああ、モヤの後ろに現れた技かい? あれは短い距離なら瞬間移動ができる。色々使えそうだよ」

「そういう光波や何とか移動とやらの小技も良いが、剣を使え! 剣を鍛錬たんれんせんから使えんのだ! まったく近頃の若い者は……」

「はいはい」

「返事は一度でよい! しかし」


彩希は幸葉の脚をマジマジと見ながら


「おぬしの脚は長いの、だがそのズボンでは寒いのと違うかえ?」

「大丈夫だよ、若いから……とは言えこの季節は寒いかもね」


幸葉は一層強く秋人の腕に抱き着き身を縮めた。その横では恵がふと何かに気づき、椿の後姿を見つめている。


「ねぇ椿ちゃんスエットのパンツ後ろ前じゃない?」

「え……あ、ほんとですよ、さっき慌ててはいたからですよ」

「また姿消しちゃったんだ。元の姿に戻るとスッポンポンだもんね、すぐ着れる服考えないといけないね」

「そうなのですよ、寒いし着るのに時間がかかるのですよ」

「そうだ! 今度姿を消したら秋人さんの服の中に潜り込むとかどうよ、スッポンポンのままでさ、きっと暖かいよ」


ニヤリと笑う恵、椿は下を向き頬を赤く染めた。その横を砂利を踏む軽快な音をさせ小走りに伽理奈が通り過ぎ、秋人の袖を二度引っ張る。


「なぁ、帰りにたこ焼きうて」

「はいはい、伽理奈ひめ……じゃお夜食はたこ焼きにしようか」


微笑みながら伽理奈の顔を覗き込むと袖で口元を隠してうなずいた。秋人は幸葉に腕をつかまれたまま華に手招きをする。


「華さんご苦労さま。これが番人の仕事だよ。まぁ仕事と言っても裏稼業だけどね」

「華よこんな連中だが気の良い者ばかりだ。こやつは男前ではないが容姿で人の良し悪しを判断してはいかんぞ。まぁ人ではないがの」

「酷い言われようだな」


恵が秋人の後ろから肩に手を置き、背伸びをしてあごも肩に乗せる。


「ねぇ秋人さん、華ちゃんはいつから一緒に住むの?」

「もう少し先かな、まだ朱雀さんの所で色々勉強しないといけないからね」


その言葉に華は小さくうなずいた。秋人はスマホを覗き込み電話を掛け出すと幸葉と恵は耳をそばだてる。それを見てスピーカに切り替えた。呼び出し音が二度ほど鳴ると、若いがしっかりとした女の声が聞こえる。


『朱雀だが吉田さんかい?』

「神社の『魑魅魍魎ちみもうりょう』始末しました」

『そうかい。ご苦労だったね、ところで華さんは役に立ったかい?』

「はい、大変助かりました」

『それはよかった。華さんは迎えの車に乗せておくれ、それでは例の口座に入れておくよ。また連絡する』

「その内、御札の補充に伺います」

『用意しておくよ』


魑魅魍魎ちみもうりょう』とは妖怪、化け物のたぐいであるが、人の形をして人の中で大人しく暮らしている者も少なからずいた。そんな『魑魅魍魎ちみもうりょう』の中には強い力を持つ者もいる。そのため人に害を及ぼす者達と対峙するとき、対抗できる力が必要であった。その力を使い、悪しき者たちを始末する『魍魎もうりょうの番人』も存在していた。


 番人たちは金で始末を請け負う。かつては元締が番人に始末を依頼する仕組みが出来上がっていた。朱雀すざく登尾花とおかもその元締めの一人である。しかし、その仕組みが機能しなくなり、一匹オオカミの『はぐれ番人』が増え『魍魎の魂石』をめぐり善良な者まで狩られる『魍魎狩り』が深刻化していく。魍魎たちが暮らす隠れ里も標的にされ、かつては華の住む村も『魍魎狩り』に遭っていた。


『魍魎の魂石』は、弱わらせた魍魎、あるいはむくろ御札おふだを使うことで取り出す事ができ、対象の魍魎が強いほど、御札を作った術者の能力が高いほど、より大きな魂石を取り出すことができる。そしてその魂石は魍魎達の貴重な生命の元となるが、精製の仕方で幻覚作用のあるものも作ることができ、それが魍魎達だけでなく人にも裏で流通していた。かつて魂石は元締めの元に集められていたが、現在では多くが闇で取引されている。それが魍魎狩りの原因となっていた。


ーーーーー


 秋人達が住み家に帰り着く頃にはすっかり夜も更けていた。彼らが暮らす町は、かつては宿場で、町の中心を通る石畳の街道を挟んで近代的な家と古い家屋が混じり立ち並ぶ。そんな中に、ひと際存在感のある二階建てで古い大きな木造建築が建っていた。それは旅籠はたごで始まり旅館として時を過ごしたが、今は幸葉が管理人を務める『ゆきは館』という複合施設になっている。中にはカフェや昼食屋、幾つかの店舗も入り、町の資料館や秋人の『何でも相談承り候』という何でも屋の事務所も入っていた。そしてこの『ゆきは館』で秋人達六人は共同生活をしている。


「うえーん! たこ焼きやになってしもた」

「泣かなくても大丈夫なのですよ伽理奈ちゃん」

「どないするん?」

「レンジで少しチンしてからオーブンで軽く焼くと熱々カリカリになるのですよ」

「ほんまに! もう椿ちゃん大好きやー」

『ぎゅっ』「きゃっ」

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