桔梗亭騒動その二
恵は桔梗亭の座敷までタクオを引きずってくると、手を離しスッと姿を消す。畳の上で胡坐をかいたタクオは鼻をピクピクさせていた。
「あれれ? 若い狐の臭いがするだんよ……えへへ」
「いやー!」
「だから言っておろうがエロダヌキ、いらぬことをすれば千切りぞ!」
そう言い剣を具現させるとタクオの鼻先でちらつかせる。
「それか桂むきにしてやろうかの」
「ひえっ……」
「タクオくん、ここにいるのは華御前さんの娘、華さんだよ」
秋人が伽理奈の後ろで小さくなっている華に手を向けた。
「華御前様の娘さまとは……華御前様にはもう何十年も前だんが、一度お会いしたことがあるだんよ。美しい方だった」
「お母さんに会ったことがあるのですか?」
「ああ、あるだんよ。ほんに美しかっただんよ」
そう言いながらタクオはしばらく華を見つめていた。するとぽつりとつぶやく。
「華御前様によく似ているだんよ」
その言葉を聞き、華が伽理奈の後ろからそろりと出てくると安心したようにタクオを見た。
その時、恵が一升瓶と湯呑を持って座敷に入ってき、それを畳の上にドンと置く。
「厨房から貰って来たよ。秋人さん中庭の座敷で酒盛りだよ。これからタクオに酒飲ませて幻想域を展開する。この化けダヌキの貧相なイメージじゃ神主も喜ばないだろうから私の思考と繋げるよ。私たちは幻想を展開中は止まっちゃうかも知れないけど大丈夫だからさ」
「うほっ恵早利さまと飲めるならおら頑張るだんよ」
「いいかいタクオ、下心は出すんじゃないよ!」
「了解だんよ……えへへ」
ーーーーー
荒れ果てた中庭に庭園灯が一つ灯っている。その光が座敷の中もぼんやりと照らしていた。中央に胡坐をかいて座っている恵とタクオはすでに酩酊して、その後ろに華が正座をしている。秋人と幸葉、伽理奈と椿は集まって座っていたが、彩希は剣を具現し、恵の前で立っていた。
「バカダヌキ、そろそろ行くよ」
「はいだんよ恵早利さま。で、何の幻想が見たいだんか?」
「ほら、いいから手を握りな」
「うひょー、いいだんか? 後でお仕置きはなしだんよ」
「おまえ、お仕置きもうれしいんだろうが」
「ぐへへ……」
恵とタクオが手を握り合い目を閉じる。それを見て華が手を合わせると、光の壁が座敷と中庭を囲むように輝き、薄暗い空間がその光に明るく照らされた。幸葉が薄ぼんやりと浮かび上がる人影に気づく。
「あれ誰だろう? 今風の服を着てるよ」
「見た事のない人なのですよ。伽理奈ちゃん知ってる人?」
「うちも知らん……でもちょこっとイケメンさんやわ」
その男は微笑みながら恵に手を差し伸べる。恵を見ると閉じた目から涙が頬を伝い嬉しそうにほほ笑んでいた。
「これ、恵の元カレじゃないのかな」
「かもですよ、酔った勢いで思い出したのですよ」
秋人の肩を幸葉が叩く。
「秋人さん、恵ちゃんの肩でも抱いてあげたら?」
「え? ボクが」
「あのままじゃ昔の記憶に引き込まれちゃうよ」
「ボクじゃ太刀打ちできないんじゃないかな」
「抱きしめてな~耳元でささやくねん」
秋人は恵に近寄ると幸葉らに振り返り、『どうするの?』と言わんばかりに両手の平を肩の高さに上げた。伽理奈がニコニコしながら椿を抱きしめる。
「こうすんねんで」
更に強く抱きしめると「きゃっ」っと椿は悲鳴を上げた。秋人が恵の肩に手を回し優しく抱きしめながら耳元に顔を近づけると小さな声で優しくささやく。
「恵、ボクだよ、秋人だよ。桔梗を見せておくれ、美しい桔梗の花畑を……」
すると元カレの姿は徐々に霞んでゆき、一瞬笑顔の秋人が現れるが、すぐさま華の結界の中一面に桔梗が咲き乱れ、明るい陽射しと美しい鳥のさえずりが辺りを包み込んだ。
「先ずは成功だの。さぁこの後何が出てくるか楽しみだわい」
剣を下段に構え身動き一つせず彩希は待ちかまえる。秋人が一息ついたとき、何かが畳に落ちる音がした。振り返ると剣が転がっている。彩希はゆっくりと中庭の方に歩いていった。
「彩希、どうかしたのか?」
その問いには答えずゆっくりと中庭に向かい歩いていく。椿が後を追いかけるが途中で「きゃっ」と尻もちを着いた。
「どうしたの椿」
「ここに壁があるのですよ。透明な壁なのですよ」
彩希は中庭に降りると祠の近くで立ち止まる。すると眩い光が現れ、人の形へと変化し、神主が姿を現した。神主は彩希を見るなり大声で叫ぶ。
「糸さま!」
そう叫んだ時、神主の体から黒い霧が飛び出し宙を漂い出した。彩希は神主に更に近づく。
「七津宮さまお久しゅうございます。もう糸のことはお忘れかと思おておりました」
「とんでもござりませぬ。この知麿、糸さまを忘れるなどと、そのような事一刻たりともございませぬ」
黒い霧の方は宙を漂っていたが少し離れた場所で一匹の緑色をした鬼に具現した。その鬼は身の丈が三メートルはあり、鋭い爪と牙をむき出しにしていたが、角の一本は根本から折れている。
「あれが七津宮っていう神主か? それとあの鬼が神主に憑りついていた魍魎だろうか? 彩希はなぜ神主に近寄ったんだ? しかし、糸って誰だろう?」
「話の雰囲気から恋人みたいなのですよ」
「彩希を恋人と思ってるのか? というより彩希も七津宮さまとか言ってるし」
中庭では神主が鬼にしゃくの先を突き出していた。
「鬼権化こたびこそ息の根を止めてくれる」
「笑止千万、その力でこの鬼権化を葬れると思うのか」
「七津宮さまだけではござりませぬ。この糸もおりますよ鬼権化」
彩希は長刀を具現させるとそれを構えた。
「二人そろって引き裂いてくれるわ」




