桔梗亭騒動
秋人と恵はタクオと別れた後、再度桔梗亭を訪れると中庭に直行し、恵は祠の前で精神を集中させていた。辺りが暗くなり始めた頃、桔梗亭に幸葉達が駆け付ける。
「退治する中に神もおるという話だがそやつらをどうするつもりかの?」
「恵の考えでは神ではなく、神のような存在ではないかという事だよ」
「そう、この祠に祭られてた神主さんに何かの理由で憑りついた魍魎をその神主さんが外に出ないように抑えてたんじゃないかって思うんだ。ちゃんと祭って貰ってた間は力があったけど、先代が亡くなってほったらかしにされたから力が弱くなった」
「それならもう一度お祭りし直せばいいんじゃないの恵ちゃん」
幸葉が真剣なまなざしでそう言うと恵も真剣な顔つきで応える。
「そうなんだけどさ、今は神主さんから力を吸い取ってる感じなんだよね。だから神主さんが力を付けると魍魎も力を付けちゃうから危険だと思うんだ」
「ほな、うちが『神の力』で蹴り飛ばしたら、魍魎だけ消されへん?」
「伽理奈ちゃんの力は神主さんには効かないから中にいる魍魎まで届かないと思う。それに神主さん自体呼び出し方も分らないんだし」
椿が秋人の傍に座りなおす。
「秋人さん。神主さんを呼び出すカギは女将さんの夢だと思うのですよ」
「うん、でもどこがカギなんだろう? 椿は心当たりがあるの?」
「カギは神主さんが出てくるときの情景だと思うのですよ」
「情景っていうと?」
「負の感情を押しのける力は心の安寧なのですよ。その神主さんは夢に出る時に安寧の状況を作り出しているのだと思うのですよ。だからその状況をこちらが作ってあげれば神主さんが出て来ると思うのですよ」
恵がその話を聞いて納得したようにうなづいた。
「それ、いい手かも知れないね。でも、神主さんと魍魎を分離さすためにはこう、神主さんを奮い立たせるような何かがあれば確実なんだけどさ。でも、物は試しだからやる価値はあるよね」
そこに女将が仲居頭を連れて座敷に入ってきた。
「遅くなりました。吉田さん、こちらが仲居頭のトヨさんです」
「この度はお世話になります。どうかこの桔梗亭をお助けくださいませ」
トヨは深々と頭を下げ、それにつられるように女将も頭を下げる。
「仲居頭さん、あの祠や庭は先代さんが元気な時はどんなでしたか?」
「はい、それは美しいお庭で祠の周りも四季折々の花が咲き乱れておりました。小鳥のさえずりもよく聞こえ、和やかなお庭でございました」
「そうですか……じゃあ女将さん。その神主の格好をした人が現れる時、周囲はどんな感じですか?」
「夢の中の……周囲ですか?」
女将は口元に指を数本当て目を閉じて考えている。その時、トヨが当時に想いを馳せつぶやいた。
「お庭にはいろいろな花が季節ごと咲いておりました。コスモスや桔梗、椿に梅や桜……」
その時女将が『はっ』と目を見開く。
「桔梗でございます。神主様の周りには桔梗が咲き乱れておりました」
「桔梗、間違いないですか?」
「はい桔梗でございます」
その時、トヨが声を上げた。
「そう言えば大女将から、ここの屋号『桔梗亭』は守り主の好きな花から取ったと聞いたことがあります。もっと早くに思い出していれば」
「それやったら桔梗の花をいっぱい用意したらええんとちゃう?」
そう言う伽理奈に幸葉が振り向く。
「ダメだよ伽理奈ちゃん。今、季節外れだから桔梗の花はないよ」
「え、そうなんか、造花やったらあかんわなぁ、なぁ秋人さん」
「造花じゃダメだろうな」
その話を聞き、恵がしみじみとつぶやいた。
「私なら年中ある酒で心が安寧になるんだけ、ど……」
そうつぶやいた恵が突然立ち上がり秋人に叫ぶ。
「そうだ! 酒だよ!!」
「酒? いつも飲んでるじゃないか」
「タクオだよ、タクオに酒飲ませて幻想を造らせる。あいつの幻想は本物と見まがうほどだから」
「タクオってタヌキのタクオくんのこと?」
幸葉がそう言うと華が顔色を変えて「タヌキ」とつぶやきながら伽理奈の背中にしがみついた。
「どうしたん? 華ちゃん」
「私タヌキが怖いから……」
恵は廊下に走り出ると一旦立ち止まり秋人に振り向く。
「私、タクオの化けダヌキ連れてくるから」
そう言うと廊下を走り去った。それを眺めていた幸葉が心配そうに秋人に問う。
「ねえ秋人さんタクオくんの居場所わかってるの?」
「ああ、この近くで住んでるんだ。今はこの町を拠点に朱雀さんの仕事をしてるんだよ。恵は昔タクオくんとよく絡んでたみたいだし」
意味が解らずきょとんと座っている女将に秋人が状況を説明する。しかし、今一つ飲み込めない様子だった。
「女将さん中庭の見える座敷をお借りします。それと、ボクがいいと言うまでその座敷には近寄らないでください」
「はい、もうおすがりできるのは吉田さんだけですので、よろしくお願いいたします」
その返事を聞き終え、きびすを返すと怯えている華に声を掛ける。
「華、大丈夫?」
華は首を横に何度か振った。
「どうしてそんなにタヌキが苦手なの?」
「小さい頃、化けダヌキに追いかけられて背中をかじられたんです。すごく痛くて怖くて」
「悲惨な幼児体験やね」
伽理奈が華の頭を優しく撫ぜた。幸葉が温和な口調で華に話しかける。
「華ちゃんタクオくんはちょっと変わり者だけど危害を加えるようなタヌキじゃないんだよ」
「しかし、もしタクオがそなたに手出しをしようものならこの私が切り刻む。だから心配するな華よ」
しばらく静かな時間が流れる。そして廊下でバタバタと音がし、タクオの襟首を掴んで引きずりながら恵が戻ってきた。タクオはジタバタしながら悲鳴を上げている。
「お助けー!……あっ幸葉さん」
「タクオくんいらっしゃい」
「おおっ伽理奈さま! お元気そうで」
「タクオくんも元気そうやん。あこがれの恵ちゃんに連れられて嬉しそうやね」
「えへへ、おら幸葉さんも伽理奈さまも大好きだんよ。うひょ彩希ちゃん。椿ちゃんもいるだんか」
「まったく、化けエロダヌキめが、妙なことをすればそのぶら下がった物を切り刻むぞ。覚悟しておけ」
「ひえー」
タクオは股間を押さえ震えあがった。




