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美人の訪問者


 時折冷たい風が街道を吹き抜けていく。赤いかすりの着物を着た幸葉がたすき掛けをし、腰にはたきを差し込んで玄関前をはき掃除していた。


「おはよう。寒いねぇ」


通りかかる人たちに愛想よくあいさつをしていると、そこに落ち着いた色合いの和服姿で三〇過ぎの薄幸そうな雰囲気だが、どこか魅力を秘めた美しい女が声を掛けてくる。


「すみません。何でも相談を受けてくれると聞いてやってきたのですが、ここでよろしいのでしょうか?」

「それなら『何でも相談承り候』のことだね」

「吉田さんという方がやっておられると聞いてきたのですが」

「案内してあげるよ」


幸葉がその女を中に案内する。旅籠はたごの雰囲気を残した中は少し薄暗く、座敷の上の古い木製の階段をきしませながら二階へと上がっていった。階段を上り廊下の先へと案内する。そして突き当りの『何でも相談承り候』と書かれた看板の前で立ち止まった。


「この奥が事務所だよ。ちょっと待っててね、今声を掛けるから」


そう言うと事務所の引き戸を開け中に入り、椅子に座っている秋人に近づくと小声で声を掛ける。


びじん(・・・)のお客さんを案内して来たよ……」


そう言いながら真顔で視線をしばらく向け、クルリと後ろを振り向くとニコニコしながら女に声を掛けた。


「さあどうぞ」


そう幸葉が促す。秋人が立ち上がり静かに入ってきた女に「お掛けください」と椅子を手で差し示す。女はそれに小さく会釈をし、ゆっくり腰を下ろした。幸葉はその女が座るのを見届けて部屋を出るが、顔の半分を戸から覗かせて秋人と目が合うと顔を覗かせたまま引き戸を静かに閉めていく。そして秋人が目を伏せている女に静かに声を掛けた。


「どういったご用件ですか?」


そう尋ねたが女は話すのを躊躇ちゅうちょしているようで、秋人がテーブルの向こう側に座ると、思い立ったように顔を上げ話し始める。


「こちらは『超常現象』でも相談に乗っていただけると聞いてお伺いしました。今までご祈祷やお祓いをしていただいたのですがどれも効果がなく……」

「超常現象ですか。ここの事をどこからお聞きになられましたか?」

「先日、私共の所にタクオとおっしゃる方がお見えになり、こういう『超常現象』でお困りならばこちらを訪ねるようにとお教えいただきまして……」

「タクオ?……取り敢えずお話をお聞かせいただけますか」


女は椅子の上で居住まいを正すと秋人の顔を見据え話し出しす。


「私は隣町で九〇年ほど続く天ぷらをお出しする料亭『桔梗亭』の女将で『千鶴せんつるちあき』という者でございます。大女将が存命のうちは商売もうまく行っていたのでございますが、亡くなってしばらくしてから商売も傾き始め、そればかりかケガや病気の者が後を絶たず、私は同じ夢に悩まされております」


ちあきと名乗る女は肩を落とし、ため息をついた。


「同じ夢を……ちなみにどんな夢を見られるのですか?」

「はい、神主様のような方が『さぶし』とつぶやき近づくのですがすぐ消えてしまうのです。それを何度も繰り返し」

「神主ですか……それをどのくらいの頻度で見られるのでしょうか?」

「毎夜でございます。もう疲れてしまい、店をたたもうと考えておりましたが、その時こちらのことをお聞きしたものですから」


しばらく話を聞き、秋人は後ほど伺うと約束をしてひとまず帰えす。そこに沙也加と恵が入れたてのお茶を持って事務所に上がってきた。



「へー、そんな夢を見るんだ。『さぶし』は悲しいとか寂しいとかの意味だよ。私も昔ね、恋文に『お会いできなくてさぶし』なんて書かれてたこともあったけどさ」

「恵宛ての恋文か?」

「ちょっと、秋人さん! そんな意外そうな顔しないでくれる。これでも焚火ができるくらい恋文をもらったんだからね」

「燃やしたのか」

「恵ちゃんって鬼畜」

「へへ焚火は盛りすぎだけどさ……」


恵はお茶をすすると思い出したように秋人に目を向ける。


「今の女将さんってずっとそこで住んでたの?」

「いや、何でも先代の女将さんの子ども達は後を継がないからって、遠縁のちあきさんが女将になったらしいよ」

「ふーん」

「どうしたの恵ちゃん」

「昔ね、家長が代替わりしたら祭ってくれなくなったって話よく聞いたからさ。ひょっとしてって思ったの」

「そんな時、神様たちはどうするんだ?」

「そうだね。怒って帰っちゃったり、それでもずっと残って見守ってたり、やる気なくしたり。でも、祟るなんてよほどのことだと思うよ」

「今日、現場見に行くんだ。恵にも一緒に来てほしいけれど、お店あるからな」

「じゃ臨時休業しよっと」

「いいのか? そんな簡単に」

「優先順位の問題だからね」

「恵ちゃんが一緒なら安心だよ。それと秋人さん何かあったら必ず連絡してね」

「まっかせなさい」

「はい」


ーーーーー


 その料亭は築九〇年を迎え、居宅部分もその時建て替えたらしいが、中庭は昔のままだということだった。女将の案内で廊下を歩いていると、恵が中庭のよく見える場所でピタリと足を止める。


「どうしたの? 恵」

「ここ、入り混じってるよ」

「何が?」

「神の気配と魍魎もうりょうの気配がする。魍魎もうりょうの負の力は大きいよ。これは普通の人間がどうにかなっちゃうレベルだね。ただ、正の力もそこそこ強く感じるんだ。それがある程度打ち消してるみたいだよ」


その中庭は無残に荒れ果て、その片隅に小さな祠が建っていた。

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