狩り納め
参拝が始まるのは十一時四十五分とのことだったので、秋人は先ほどの男が気になり、魍魎の気配に敏感な椿を連れて外に出た。
「魍魎がいたらすぐに分かるのですよ」
「さっきいたのは遠目だけど着物を着ていたような気がする。彩希も気配を感じたらしいけど姿を消してるから判別できないんだって。近接センサーは椿が一番だからね」
「任せてくださいですよ」
二人はクスノキの根元まで来たが、椿は何も感じないと言う。しかし、微かに残り香のような気配が本殿の方に向っているということだった。その残り香を追って本殿裏までやってくると外灯がほんのりと照らす中に伽理奈がキョロキョロしている。
「伽理奈どうしたの?」
「秋人さん! 椿ちゃんも。二人こそこんな所へどうしたんや? まさか人目を忍んできたん??」
「違うわ! ちょっと怪しい気配を感じたからそれを追ってたらここに来たんだけど伽理奈は何をキョロキョロしてる?」
「うち宛てに『ここに来い』って投げ文があったんや」
「誰からの投げ文?」
「知らん、来いって書いてただけでなんにも書いてなかったんやけど、胸騒ぎと言うか胸やけみたいな感じしたんで来たんや」
「それはきっとさっき食べた焼き芋のせいなのですよ」
「あっ! そやな、それやわ」
「二人の会話聞いてると頭痛がする」
その時、椿が突然手を刃物に具現させそれを構えた。
「どうしたの? 椿」
「何かいるのですよ。秋人さん気を付けるのですよ」
そう言うが早いか走り出し、具現した腕を振る。すると薄暗い闇の中に烏帽子を被り、その羽織と着物はまるで中世を連想させる男が姿を現した。
「久しぶりだな伽理奈比売」
「その声は……」
「椿、伽理奈のことだから『知らんわ』とか言うよ」
「聞こえてるで……その声、市巳羅男やろ」
「覚えていたのか? まぁ自分が闇落ちさせた男は忘れないか」
「伽理奈が闇落ちさせたって?」
伽理奈は草履を片方づつ後ろに蹴り出し脱ぐと前に歩き出す。
「あんたはまだそんな事言うてんのやな。ほな、ホンマに闇に消したるわ」
「おい、伽理奈! 何をする気だ」
「こいつは自分が甲斐性ないのを人のせいにばっかりするねん」
「よせ! 依頼されていない『魍魎狩り』は神の身分じゃご法度だぞ!!」
「それでもこいつは何とかせんとあかん」
「何者なんだそいつは?」
秋人が伽理奈の前に割り込むように立つと市巳羅男という男を見据えた。
「こいつはな、うちと同じ見習いやったんやけど、何か失敗したら責任転嫁すんねん。うちが神に選ばれたときも『自分が選ばれるはずやった』って大暴れして、うちが不正したって言いふらしたんやで。それが大神様の耳に入ってついに落とされてしもたんや」
「どうせ地獄に落ちるなら伽理奈、お前も道ずれにしてやる」
そう言うと空中に真っ黒な雲が湧きあがると大きく湾曲した剣をその中から取り出す。そして切っ先をこちらに向けた。
「お前は誰だか知らんが、伽理奈を庇うなら容赦はせんから覚悟しろ」
秋人はじりじりと近づく市巳羅男を睨みながら椿に話しかける。
「椿、伽理奈を頼むよ」
「分かりましたよ。伽理奈ちゃんを押さえておくのですよ」
「これは、うちの問題や」
「後でたこ焼き買ってあげるから、大人しくしてて」
「お好み焼きも付けてくれるんなら」
「よし! そこにイカ焼きも付けよう」
「よっしゃ! 乗った!!」
「伽理奈ちゃんの食べ物愛はこういう時便利なのですよ」
「ところで、こいつの剣は何なんだ?」
「分からん、あんな剣見たの初めてや。こいつ誰かに魂売ったんとちゃうか?」
市巳羅男は不敵な笑い声を上げながら横に動き出した。
「その通りだ! 魅了鬼と言ってな、封印されてた鬼だが、魂をやる代わりに力をくれる」
「うわ! 最悪なやつやな」
「伽理奈に復讐するためだけに魂を売ったのか?」
「伽理奈はついでだよ」
そう言うと剣を縦にくるりと回転さすと秋人に斬りかかる。その剣を避け、後ろに飛びのくと同時に光波を打ち込んだ。市巳羅男はその光波を剣で弾き飛ばすが、走りながら連続で放たれる光波に顔がゆがみ声を上げた。
「ええい鬱陶しい」
今度は地面すれすれに光波を放つ、それを避けるために飛び上がった瞬間を見計らい上を狙って光波を放った。放たれた光波に気付いた時はもう目の前まで接近していて、それを避けようとバランスを崩した市巳羅男は地面に両手を着いた。見上げた頭上の烏帽子がパックリと切られ口を開く。そこに秋人がゆっくりと近づいてきた。
「お前、ただの魍魎ではないな」
「この人はな、あんたらみたいな訳の分からん奴らを狩る番人の秋人さんやで、知らんかもしれんけど」
「クソ、こんな奴がいるとは聞いてなかったぞ」
市巳羅男は剣を握り直すと秋人に飛び掛かろうとした時に老人の声がする。
「もうその辺にしてはいかがかな? もうじき年も明ける。めでたい時に刃物三昧も無粋じゃろうて」
「また変なの出てきたやん」
老人はハンチング帽をかぶり、黒の外套を着込んで持った杖の先を伽理奈に向けた。
「『変なの』とは失礼な言い方じゃな」
老人はニコリと笑うとその杖の先をうずくまった市巳羅男に向けクルクルと先で円を書く。すると手に持った剣が真っ黒な煙と共に消滅した。
「な、何をした。ジジイ」
「市巳羅男よ、何故おぬしが神になれんかったか分かるか? おぬしではなく伽理奈比売が神に選ばれたか」
「ジジイ何者だ?」
「伽理奈比売はここで祭神になれんかったが、怒りもせず迎えられた神社に尽くしておる。そう言う謙虚さがある。しかしおぬしは、うぬぼれ謙虚さを忘れ神としての資質を欠いた……確かに伽理奈比売は食い意地という点では少々資質を欠いておるがの」
「あっ! あーっ!! この人ここの祭神さんやわ、どこかで見た事あると思ったら狩真比古命さんや」
「おい伽理奈、すぐ気づけよ」
「凄く失礼なのですよ。伽理奈ちゃん」
「そやかて滅多に出てきーへんからな」
「ははは、そうじゃのワシは堅苦しいのが苦手でな」
「この神さん狩りの神さんなんやて」
祭神は胸を張って白い口髭を撫ぜた。
「くそ、寄ってたかってバカにしやがって」
「市巳羅男よ今宵は黙って返す。しかし今度、はめを外すと、この男が放っておかんぞ」
「え、ボクがですか?」
「魅了鬼に伝えよ。次は千年で済まぬとな」




