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恵早利比売の過去


 丘井山はこれからまだ献金を集めに回るらしく慌ただしくゆきは館を後にした。華の顔色もようやく元に戻り、疲れ切った表情をしている。恵が突然立ち上がると何も言わず襖の方に歩き出した。


「恵!」


秋人の声に無言で立ち止まり、気まずい空気が流れる。その時、秋人が恵を見ずに声を掛けた。


「約束したよね、もう一人で悩まないって」


その言葉にしばらく立ち止まっていたが、ゆっくりと元いた場所に戻り、座卓の前に座る。


「いったいどうしたのだ? 二人とも」

「……ボクからは何も言えないけど、人にはそれぞれ悩みがあるもんだよ」

「人じゃ無く神だけどね。今はタダの魍魎もうりょうかな」


恵は作り笑いをしながらつぶやくと大きく伸びをし、語り出した。


「私がね、この町に流れ着いた時は相方がいたの。結構ルーズな奴でさ、でも優しかったの。その時、丘井山と出会って……あいつすぐに私が人間じゃないって見抜いたのよ。あいつさ、神父のくせに『はぐれ番人』してるでしょ。まぁ『はぐれ』って言うより『フリー』かな。朱雀さんにも依頼されたりしてるからね……」


◇◇◇◇


「これっきりだからね。私はもう人間になるんだから」

「お前が人間になれる訳ねぇだろうが……まあいい。とにかくこの仕事を片付けねぇとな。今日はクリスマスだ。俺はこんな事してられねぇんだが登尾花の頼みじゃむげにもできん」


 二人は郊外にある崩れかけた屋敷前にいた。丘井山は黒づくめで拳には解読不明な文字が書かれた細いベルトが何重にも巻かれている。恵が後ろで束ねた髪をおろすと鮮やかな牡丹柄をあしらった着物の袖から赤い紐を取り出し、ささっとたすき掛けをする。


「俺が先に飛び込む。逃げる奴を頼むぞ」

「最近いろんなことにむしゃくしゃしてんのよ。アンタにもね」


恵はそう言うと大きな輝く弓を具現させ屋敷に飛び込んだ。


「ったく、扱いにくいぜ、この日本の女神さんは」


そう言うと丘井山も後に続く。屋敷の中は真っ暗だったが、恵があちらこちらに光り輝く矢を放った。その光で広く長い廊下が照らし出される。そこには力の弱い魍魎もうりょう達が光にさらされ廊下に骸となって転がっていた。


「さすがは神の矢だな、光だけでこの威力。どうだ恵早利、あんな男と別れて俺と組まねえか? 不良神父と駆け落ち女神でいいコンビだぜ」

「あんたなんかお断りだよ。それにこんな仕事続けるのまっぴらだからさ」


ゴトっと音がすると突然、蜘蛛のような足が生え、牛の顔をした『牛鬼』が襲い掛かる。細く尖った足を振りかざした。丘井山はベルトを巻いた拳でその足を払うと当たったところから千切れて吹き飛ぶ。しかし、その傷から新しい足がもうのぞいていた。


「こいつ復活早ええな……なら、胴体ならどうだ?」


突撃した丘井山は一撃を当てたものの数本の長い足で絡み付かれる。


「脳筋のバカ神父! 力任せしかできないのかい」

「う、うるせぇ! 何とかしろ恵早利!!」

「あんたが邪魔で狙えないだろ」


噛みつこうとしている牛鬼の首を締め上げた。


「おい恵早利、こいつの頭を持ち上げるからそこを狙え!」

「あんたの頭に当たっても知らないからね」

「へへ、お前の腕を信じるぜ」

『わざと当ててやりたいよ』


恵は矢をつがいキリキリと引き寄せる。丘井山は力いっぱい首に手をやり持ち上げた。


「いくよ!!」


その声と共に光の矢を放つ、矢は空中をたわみながら光の尾を引いて牛鬼の眉間を射貫く。足の力がスッと抜け、丘井山は渾身の一撃を胴体に見舞った。牛鬼は力なく倒れて痙攣している。


「恵早利! 御札を」

「分かってるよ。なんであんたが持たないのさ」

「まあ、そこはあれだ……異教の神具を持ち歩くのはさすがにな」

「腐っても聖職者ってかい?」

「腐ってもはねぇだろ……さぁさっさと登尾花に今日の報酬を受け取りに行くぜ」


ーーーーー


 白い息を吐きながら一人の細身の男が日の落ちたバス停で立っている。その男に丘井山が近づいていった。


「何度も言うが金輪際、恵早利には近付くな!」

「そんな怖い顔すんなよおっさん。もうこんな町、こっちからおさらばしてやるよ」


◇◇◇◇


その話を聞いていた彩希が口を開く。


「あの神父がおぬしを男と別れさせたのかえ?」

「そうなるのかな。別れて良かったとも思うけれど」

「そうだよ恵ちゃん。プラス思考に考えなきゃ」

「でもさ、無断でそう仕向けられたから。それも、クリスマスの夜だよ。この私がクリスマスって言うのも変だけどさ……」

「恵、今年のクリスマスは華もいるし、いつもより楽しくなるよ」

「そうなのですよ! 今年は腕によりをかけて美味しいケーキを作るのですよ」

「私が喧嘩せぬよう切り分けてやるからの」

「うちのはちょっと大きめにしてな」

「彩希ちゃん剣じゃなくナイフで切ってくださいね」

「案ずるな華、しかし華の分だけ剣で切ってやろうかの」


華は無言で頭を左右に振った。


「みんなありがとう」


◇◇◇◇


 バス停の男に丘井山が封筒を渡す。


「これは当面の生活費だ」


男は即座に封筒の中身を確かめた。


「これっぽっちかよ。手切れ金にしちゃ少ないな」

「そうかい、少ないかい。それじゃ俺の拳もおまけに付けてやろうか? 若造」

「分かったよ。もうそろそろアイツにも飽きてきたところだからちょうどいい」


その言葉にムッとした所にバスが指示器を出して入ってくる。丘井山は男の胸ぐらを掴み押し殺した声で凄んだ。


「いいか、もしどこかで俺を見かけたら逃げるんだな。その場所がどこであろうがお前を……ぶっ殺す」


ーーーーー


 バス停から戻った丘井山は凍える古びた教会の前で立ち止まりため息をついた。


「やっぱり俺は『脳筋』だな。思い立ったら後先考えねえ……結局今年も子ども達にまともな食事をさせてやれなかった」


肩を落としながらドアを開けると、暖かさが全身を包み込み、その小さな礼拝堂の中には綺麗な飾りつけとテーブルの上にはオードブルが所狭しと置かれている。その周りには小さな子供たちが笑顔を向け、驚いている丘井山に三つ編みにした髪を左右に降ろし、大きな瞳の若い女が走り寄った。


「ど、どうしたんだこれ?」

「先生、今日夕方にね先生のお知り合いっていう吉田って人が献金とこんなに沢山の料理を手配してくれたの。それからこの手紙を先生に渡してって」


丘井山は手紙を受け取ると「吉田って誰だ?」


『登尾花だ。丘井山、どうせ今日の稼ぎは恵早利比売の手切れ金に使うつもりだろうから、私の知り合いの吉田さんに少ないが金を託したよ。彼は西大路家の孫娘と住んでいる。また『番人』の一人で『魑魅魍魎ちみもうりょう』の半妖だが信頼できる男だ。差し出がましいが恵早利比売の面倒もその吉田さんに見てもらうよう頼んである。それから、これは施しじゃなく、貸しだからね……』


「こりゃますます登尾花にゃ頭が上がらんな……」

 丘井山はこれからまだ献金を集めに回るらしく慌ただしくゆきは館を後にした。華の顔色もようやく元に戻り、疲れ切った表情をしている。恵が突然立ち上がると何も言わず襖の方に歩き出した。


「恵!」


秋人の声に無言で立ち止まり、気まずい空気が流れる。その時、秋人が恵を見ずに声を掛けた。


「約束したよね、もう一人で悩まないって」


その言葉にしばらく立ち止まっていたが、ゆっくりと元いた場所に戻り、座卓の前に座る。


「いったいどうしたのだ? 二人とも」

「……ボクからは何も言えないけど、人にはそれぞれ悩みがあるもんだよ」

「人じゃ無く神だけどね。今はタダのあやしかな」


恵は作り笑いをしながらつぶやくと大きく伸びをし、語り出した。


「私がね、この町に流れ着いた時は相方がいたの。結構ルーズな奴でさ、でも優しかったの。その時、丘井山と出会って……あいつすぐに私が人間じゃないって見抜いたのよ。あいつさ、神父のくせに『はぐれ番人』してるでしょ。まぁ『はぐれ』って言うより『フリー』かな。朱雀さんにも依頼されたりしてるからね……」


◇◇◇◇


「これっきりだからね。私はもう人間になるんだから」

「お前が人間になれる訳ねぇだろうが……まあいい。とにかくこの仕事を片付けねぇとな。今日はクリスマスだ。俺はこんな事してられねぇんだが登尾花の頼みじゃむげにもできん」


 二人は郊外にある崩れかけた屋敷前にいた。丘井山は黒づくめで拳には解読不明な文字が書かれた細いベルトが何重にも巻かれている。恵が後ろで束ねた髪をおろすと鮮やかな牡丹柄をあしらった着物の袖から赤い紐を取り出し、ささっとたすき掛けをする。


「俺が先に飛び込む。逃げる奴を頼むぞ」

「最近いろんなことにむしゃくしゃしてんのよ。アンタにもね」


恵はそう言うと大きな輝く弓を具現させ屋敷に飛び込んだ。


「ったく、扱いにくいぜ、この日本の女神さんは」


そう言うと丘井山も後に続く。屋敷の中は真っ暗だったが、恵があちらこちらに光り輝く矢を放った。その光で広く長い廊下が照らし出される。そこには力の弱いあやし達が光にさらされ廊下に骸となって転がっていた。


「さすがは神の矢だな、光だけでこの威力。どうだ恵早利、あんな男と別れて俺と組まねえか? 不良神父と駆け落ち女神でいいコンビだぜ」

「あんたなんかお断りだよ。それにこんな仕事続けるのまっぴらだからさ」


ゴトっと音がすると突然大きな『牛鬼』が襲い掛かる。蜘蛛のような足を振りかざした。丘井山はベルトを巻いた拳でその足を払うと当たったところから千切れて吹き飛ぶ。しかし、その傷から新しい足がもうのぞいていた。


「こいつ復活早ええな……なら、胴体ならどうだ?」


突撃した丘井山は一撃を当てたものの数本の長い足で絡み付かれる。


「脳筋のバカ神父! 力任せしかできないのかい」

「う、うるせぇ! 何とかしろ恵早利!!」

「あんたが邪魔で狙えないだろ」


噛みつこうとしている牛鬼の首を締め上げた。


「おい恵早利、こいつの頭を持ち上げるからそこを狙え!」

「あんたの頭に当たっても知らないからね」

「へへ、お前の腕を信じるぜ」

『わざと当ててやりたいよ』


恵は矢をつがいキリキリと引き寄せる。丘井山は力いっぱい首に手をやり持ち上げた。


「いくよ!!」


その声と共に光の矢を放つ、矢は空中をたわみながら光の尾を引いて牛鬼の眉間を射貫く。足の力がスッと抜け、丘井山は渾身の一撃を胴体に見舞った。牛鬼は力なく倒れて痙攣している。


「恵早利! 御札を」

「分かってるよ。なんであんたが持たないのさ」

「まあ、そこはあれだ……異教の神具を持ち歩くのはさすがにな」

「腐っても聖職者ってかい?」

「腐ってもはねぇだろ」


ーーーーー


 白い息を吐きながら一人の細身の男が日の落ちたバス停で立っている。その男に丘井山が近づいていった。


「何度も言うが金輪際、恵早利には近付くな!」

「そんな怖い顔すんなよおっさん。もうこんな町、こっちからおさらばしてやるよ」


◇◇◇◇


その話を聞いていた彩希が口を開く。


「あの神父がおぬしを男と別れさせたのかえ?」

「そうなるのかな。別れて良かったとも思うけれど」

「そうだよ恵ちゃん。プラス思考に考えなきゃ」

「でもさ、無断でそう仕向けられたから。それも、クリスマスの夜だよ。この私がクリスマスって言うのも変だけどさ……」

「恵、今年のクリスマスは華もいるし、いつもより楽しくなるよ」

「そうなのですよ! 今年は腕によりをかけて美味しいケーキを作るのですよ」

「私が喧嘩せぬよう切り分けてやるからの」

「うちのはちょっと大きめにしてな」

「彩希ちゃん剣じゃなくナイフで切ってくださいね」

「案ずるな華、しかし華の分だけ剣で切ってやろうかの」


華は無言で頭を左右に振った。


「みんなありがとう」


◇◇◇◇


 バス停の男に丘井山が封筒を渡す。


「これは当面の生活費だ」


男は即座に封筒の中身を確かめた。


「これっぽっちかよ。手切れ金にしちゃ少ないな」

「そうかい、少ないかい。それじゃ俺の拳もおまけに付けてやろうか? 若造」

「分かったよ。もうそろそろアイツにも飽きてきたところだからちょうどいい」


その言葉にムッとした所にバスが指示器を出して入ってくる。丘井山は男の胸ぐらを掴み押し殺した声で凄んだ。


「いいか、もしどこかで俺を見かけたら逃げるんだな。その場所がどこであろうがお前を……ぶっ殺す」


ーーーーー


 バス停から戻った丘井山は凍える古びた教会の前で立ち止まりため息をついた。


「やっぱり俺は『脳筋』だな。思い立ったら後先考えねえ……結局今年も子ども達にまともな食事をさせてやれなかった」


肩を落としながらドアを開けると、暖かさが全身を包み込み、その小さな礼拝堂の中には綺麗な飾りつけとテーブルの上にはオードブルが所狭しと置かれている。その周りには小さな子供たちが笑顔を向け、驚いている丘井山に三つ編みにした髪を左右に降ろし、大きな瞳の若い女が走り寄った。


「ど、どうしたんだこれ?」

「先生、今日夕方にね先生のお知り合いっていう吉田って人が献金とこんなに沢山の料理を手配してくれたの。それからこの手紙を先生に渡してって」


丘井山は手紙を受け取ると「吉田って誰だ?」


『丘井山、どうせ今日の稼ぎは恵早利比売の手切れ金に使うつもりだろうから、私の知り合いの吉田さんに少ないが金を託したよ。彼は西大路家の孫娘と住んでいる。また『番人』の一人で『あやしのもの』の半妖だが信頼できる男だ。差し出がましいが恵早利比売の面倒もその吉田さんに見てもらうよう頼んである。それから、これは施しじゃなく、貸しだからね……朱雀』


「こりゃますます登尾花にゃ頭が上がらんな……」

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