負けずの聖女と侵略の魔王
「あなたが魔王ですか」
我が国を侵略にきた敵の王。ですが臆するわけにはいきません。
「そなたか、聖女とやらは。命乞いするに、自らではなく代理を送って寄越すとは、そなたの王はよほどの腰抜けと見える」
低い、恐ろしげな声に、私は毅然と答えました。
「いいえ、命乞いに来たのではありません」
「ほほぅ? であれば、何用か」
「私は、あなたに勝負を挑みにきたのです」
魔王は一瞬わずかに目を見開きましたが、次の瞬間――
「ハハッ、ハハハハ! 勝負だと? この魔王に、剣も槍も持たぬお前が勝負? ハハハハハ!」
周囲の魔族たちも声を揃えて笑います。でも、私は大声で叫びました。
「笑い事ではありません!」
途端に周りが静まり返りました。魔王さえも。
私は続けます。
「魔王は誰からのどんな挑戦も受けると聞きました。挑戦者には礼を持って遇するとも。なのに今、目の前の魔王は、私が女で、剣も槍も持たぬというだけで、その矜持を出し惜しみするのですか」
魔王は居住まいを正しました。
「なるほど、それは失礼した――して、聖女殿はいかなる勝負をお望みか」
私は決然と言い放ちます。
「勝負は――じゃんけんで!」
幼い頃から聖女として幽閉同然の生活を送ってきた私の唯一の娯楽にして、特技。じゃんけんに勝つことで、外出許可を始め、人生の全てを勝ち取ってきた私です。今では国中を巡ってじゃんけんを戦い、十年間負けなしを誇ります。人呼んで“負けずの聖女”とは私のこと。
周囲の魔族たちがどよめく中で、魔王だけが逆に不敵な笑みを浮かべました。
「ふふっ、よかろう。しかし、勝負は何か賭けなければ面白くない。ここは互いの命を賭けたいと思うが、かまわんか?」
「あなたの命はいりません。代わりに私が勝ったら軍を引いてください」
「よかろう。では、始めようか」
私たちは互いに拳を振り上げ、そして――
「「じゃんけん、ほいっ!」」
その瞬間、私を十年ぶりの衝撃が襲いました――この私があいこ! あいこだなんて!
でもひるんではいられません。
「あいこでしょ!――」
あいこは七日七晩続き、最後には私が負けました。力尽きて、次の手を出す前に倒れてしまったのです。
しかし、魔王は私の命を奪いませんでした。そして引き揚げていったのです。
次の勝負を楽しみにしている、と言い残して。
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