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陽の光を柔らかく反射しながら緩やかに波打つストロベリーブロンド。手には月と星を象った飾りのついた子供っぽ……可愛らしいファンシーなステッキ。足元には羽のような飾りのついたショートブーツ。膝下辺りまで白く伸びるふんわりワンピースの裾は幾重にも連なったパニエで広がりを見せ、華やかにボリュームをまとったシルエットを描いている。袖が長いワンピースのあちこちには本物と見まごうばかりのパステルカラーの花が咲き乱れ、きゅっと腰に巻きつけられたブルーベルベットのリボンの端は美しい曲線を描きながら風に揺れていた。


「レイリア、お前……」


目の前の男が、澄んだ灰色の目を見開いている。


「な……な、なに、これ……」


そしてあたしもきっと似たような表情をしているだろう。

余りに大きく目を開きすぎて、空気に晒されたままの眼球が痛みを訴え始めている。


「あ、あんた、一体あたしに何したの……?」

「何って、見た目が激しく変化するようなことは何も……」

「えぇ~どうしよう、この髪の毛、元にもどるかなぁ……?」

「気にするとこ、そこか」


髪の毛は大事である。あたし、レイリア・エス・オクトーブルの赤みがかった茶髪は決して珍しい色ではないけれど、琥珀色の瞳に映えてとても気に入っているのだ。


「それよりお前、身体は大丈夫か?さっき溺れてたんだぞ」


不意に目の前に座っている男、ユアン・リィエ・デッサンブルが気遣わしげな瞳を向けて来る。紺色の髪が揺れ、雫が落ちた。

溺れ……?

……そうだった、さっき驚いた弾みに足を踏み外し、湖に落ちたんだった。


「うーん……特に問題ないかな。髪も服も乾いてるし」

「乾いてるどころじゃない」

「制服どこいったんだろ。これ、本当に何なのかしらね」


立ち上がってくるっとターンすると、髪が光を反射し、ワンピースの裾が翻り、腰のリボンがふわっと弧を描く。


「わぁ、きれい!」

「お前……呑気だな……」


何が起きたのかはわからないけど、悩むのは後にして、今くらい状況を楽しんでも良いじゃない。よく見るととても可愛い衣装だ。お出かけには少々派手だしパーティーに着ていくには少々幼さが目立つけれど、女の子の好きなものを集めて形にしたような愛らしさがある。手元のステッキは謎だけど。肘から下と同じくらいの中途半端な長さのもの、一体何に使うのだろう。

それにしても制服はどこへいったんだろう。あ、下着はどうなっているのかな。後でこっそり確かめてみよ。

それにしてもあたしは全身乾いて綺麗なものだけれど、逆にユアンの髪は濡れ羽のような艶を持っている。よく見れば、制服の上衣の中に着ているシャツも濡れているようだ。


「ユアンの方が風邪ひきそうじゃない?」

「……」

「気をつけてよね。あ、ねぇ。そういえばさっき何か見た気がするんだけど、あんたは何か見なかった?」

「…………そういえば」


忘れてた、とユアンが言い終わらない内に、甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「なっ、何、誰の悲鳴!?」


木々の向こう、校門の方角だ。不思議な現象は何も解決していないものの、聞こえたものを無視する訳にはいかない。ひとまず向かおうとそちらへと行こうとすると、腕を強く掴まれた。

振り返ると、信じられないものを見るような表情がこちらを見下ろしていた。


「どうしたの?」

「お前、さっき死にかけてたのに何で危ない方へ行こうとするんだよ!」

「え、いやだって、悲鳴なんか聞いたら放っておけないじゃない?」

「そっ、そんなのは俺に任せとけばいいだろ!?」

「……」


思わずまじまじとユアンを見つめてしまった。さすが騎士様の卵だなぁ。

視線が気になるのか、顔を背けたユアンの手が僅かに緩んだ。


「じゃ、とりあえず一緒に行こ!」

「えっ」


掴まれていない方の手でユアンの手を引きはがし、声のした方へ走り出した。ユアンが慌てて足並みを揃える。


「何かあったらとりあえず逃げろよ!」

「はいはい」

「ちゃんと聞いてる!?」

「うんうん、心配ありがとね」

「……わかってれば良い」


ユアンが速度を落とし、少し後ろから唸るような小さな声が響いた。

ユアンはたまによくわからない所で照れる。いつも馬鹿にしてくるからこちらも怒るけど、本当に嫌なヤツじゃないことはよく知っている。今みたいに心配してくれることもあるし、ごくたまーに優しくしてくることもある。けれど、それを伝えると今のようにして照れるのは未だに理解出来ない。


「何だか向こうが騒がしいわね。どうしたんだろ」

「さっき変な生き物の群れが通り過ぎてったんだ、お前は見た?」

「変な……?」


変な生き物。目蓋の裏に先ほどの光景が蘇る。


「あっ、そうだ、さっきそれに驚いて湖に落ちたんだわ!」


湖に足を浸けていつものようにカレンを待っていると不意に森が騒がしくなって、目を向けるとふわふわの小さな塊の群れが何やら騒ぎながら押し寄せて来て、驚き立ち上がろうとして、そして足を滑らせたのだ。


「ふわふわの毛玉に手足が生えたようのが沢山いたように見えたけど、何かしら」

「さぁな。今あっちで騒がれてるのもそれじゃないか」

「それもそうね」


それにしても足が軽い。運動は比較的得意な方だという自覚はあるけれど、こうしてユアンと並んで走っても息切れしていない。

このままどこまでだって走れるかもしれない、などと考えていると、校門が見えてきた。


「一体今何が……、……っ!?」


森を抜け目の前に広がった光景に、思わず足を止める。勢いを相殺しきれず、地面との摩擦を起こし砂ぼこりが舞った。

ユアンも同じように立ち止まり、隣で息を呑んでいる。


「何だこれ……」


夕暮れよりも少し早い時間帯。いつもは行き交う生徒たちの小鳥のように楽しげな声に満ちているのに、今は。

逃げ惑う生徒に、うずくまり頭を抱えている生徒。そして、彼らに群がるふわふわの白い毛玉。

あたしかユアンか、ごくりと喉を鳴らす音がした。


「…………微笑ましいわね」

「そうだな……」


悲鳴が聞こえたから慌てたけれど、心配して損した気分だ。群がられてはいるものの全く危険そうには見えない。

蝶よ花よと育てられている貴族が多いので見慣れない生き物を見て騒ぎになってしまったという所かな。これならその内、教授たちが何とかするだろう。


「もふもふして気持ちよさそう……」

「いやレイリア、よく見ろ、あいつら殴ってるぞ……」

「えっ?」


ユアンの声に慌てて目を凝らす。

……本当だ、手がある。

さっき湖で見たのは見間違いではなく、毛玉にはやはり手足があった。胴体に対して随分細い。そして、その細い手を幾度も生徒たちに振り下ろしている。実際に音は聞こえないが、効果音をつけるとしたら、ぽこぽこ、というのが相応しそうだ。

穏やかな気質の打たれ弱い子女が多いので、きっと心身ともに小さくないダメージを受けていることだろう。


「おい、大丈夫か?」


ユアンが一番近くにいた男子生徒に駆け寄る。あたしもそれに続いた。


「助けてくれ、何なんだこの生き物~…!」

「ちょっと待っててくれ」


ユアンが毛玉に手を伸ばす。

え、触るの?そんな得体の知れないものに?とつい思ってしまったが、ユアンには抵抗はないようだ。躊躇なく毛を掴んでいる。


「……くっ、こいつ、脚でしがみついてやがる……!」


言われて観察すると、確かに細い棒のような足が男子生徒の腕に巻き付いている。骨がないタイプの生き物なのかな、などとどうでも良いことを考えてしまった。

毛が引っ張られて痛いのか、きーきーと鳴き声のようなものが聞こえるけれど、腕は相変わらず目の前の生徒をぽこぽこ殴り続けている。


「手伝うわ!」


気持ち悪がっている場合ではない。握りしめていたステッキを腰のリボンに挿して両手を自由にすると、脚を外そうと試みる。

うわっ、枝みたい……。

未知の生物に対する嫌悪感に似た恐怖心を押しとどめるも、絡みつくように回された脚はびくともしない。ユアンと二人、そして目の前の生徒も毛玉を押しのけようと暫くのあいだ頑張ってみたが、早々に諦めの空気が漂い始めた。

毛玉は両腕で抱え込めるくらいの大きさであるし、先ほど当たった腕もやはり力は大したことはなかった、しかし脚はどうやっても外れそうにない。それに、ユアンが引っ張っているのに輪郭がわからない。何故毛だけを引っ張るのかと思ったが、どうにも胴体をつかめないようなのだった。脚を辿ってみたが、何故か胴体にたどり着けず、いつの間にか毛だけを掴んでいた。目もあるかどうかわからない。本当になんなんだろう、この生き物。


「な、何だか……力が、抜けて…………」

「!!」


驚いて顔を上げると、男子生徒の目が虚ろだ。ふらりと歩き出したので思わず毛玉から手を離してしまう。あたしとユアンが見守る中、男子生徒は地面に座り込み、空いた手で毛玉に触れると頬ずりを始めた。


「い、いきなり何を……」

「こいつ、よく見ると、かわいいなぁ……」

「毛しかないのに!?」


毛の塊でしかも細っこい手足が生えているだけのものを、かわいい?

いや、確かに毛が生えた生き物は可愛いがられがちだけれど。毛が可愛いと言うのなら、先生のかぶっているかつらだって可愛いことになる。

周囲を見渡すと、他の生徒達も皆脱力したようにしゃがみこみ、かわいいかわいいと呟いている。そして、毛玉は毛玉で相変わらずぽこぽと殴っている。まるで頬ずりする人間とそれを嫌がっている生き物のようだ。


「ねぇユアン、これどう思う……?」

「……洗脳か、催眠か……俺たちはどうもないし、物理的な何かか」

「ユアン!」


不意に響いた聞き覚えのある声に目を向けると、ユアンの友人であるキャストラル・ウィエ・マルスが、そして彼に並んであたしの親友であるカレン・ナタリー・フェヴリエがこちらへと走り寄って来ていた。


「キャス、カレン」

「大丈夫か」

「俺は大丈夫だけど、彼が」

「まぁ……」


カレンもキャスもうまく逃げていたのか、無事そうで何よりだ。白い毛玉の絡みついた生徒を痛ましそうに見やっている。

毛を切るか?いや手足を切った方が良いかも知れない、細いから難しくはないだろう、などと物騒な会話を始めるユアンとキャス。心なしか、毛玉がびくついているように見える。

と、不意にカレンと目が合った。


「あの、あなたは……?」

「え」

「何だか私のお友達のレイリアにとっても似ているような気がするのですけれど……」


でもあの子の髪の毛はこんなに明るくないですものね、と首を傾げている。

こんな奇妙な格好をしているとは言え、気付いて貰えなかったことに一瞬だけ少し悲しくなってしまったけれど、似ていると言って貰えて嬉しい。おっとりと首を傾げているのが可愛いなぁと微笑ましく思う。


「あのね、カレン……」



「ふぉーーーふぉっふぉっふぉっふぉ!!!!」



カレンに正体を明かそうととしたその時、大きな声が辺り一面に響いた。

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