6 夏をかき消すドクガの針
新しく“父”と言って来たその男は、とても優しかった。
外から帰ってくるといつもお土産を買ってきてくれた。
ただその向けられる優しさが、どうにも不自然で、不快だった。
そして母が出かけると、父はいつも決まって、
「話しかけるんじゃねえぞ」
そう、威圧的に言った。
父が優しいのは、母の前でだけの演技だった。
父は教師の仕事をしていたが、数年前、ある事件に巻き込まれ自宅謹慎となった。
それから父は毎日、昼間から酒を飲み、家に居座った。
そんな“父”が耐えられなくて、休日は部活と嘘をつき外で時間を潰していた。
平日はなるべく図書館で勉強してから遅く帰るようにした。
お兄ちゃんは部屋に鍵をかけるようになった。
男が寝た後、深夜に活動しているようだった。
───数年経ち、中学を卒業し、無事高校生になった。
父と顔を合わせたくなくて、少し家から遠い高校を選んだ。
一方で、お兄ちゃんは就職が決まった。
時間によっては途中まで同じ電車に乗ることがある。
それが素直に嬉しくて、父のことも忘れられると思った。
でも父は、数年間の謹慎が解け、四月からは教師として復帰するらしかった。
自分は、ただ一つの不幸が当たらないことだけを祈った。
そして期待と不安を胸に高校生活をスタートした。
入学式が終わり、一年生はそれぞれの新しいクラスへ向かった。
自分は1年A組になった。
担任が誰かは、まだ知らされていなかった。
ぞろぞろと一年生が階段を上る途中、女子の話し声が聞こえた。
「ねえ、担任どんな人か聞いた?」
「新任の男の先生がいるって」
「そう!超イケメンらしいよ」
「えーあたしその人がいいなぁ」
ただ一年間、平和に平穏に、過ごせればいい。
そう思っていた自分にとって担任の顔などどうでもいい事だった。
たった一つの不幸だけが、その後襲い掛かるとも知らずに。
教室に着くと、黒板に全員の名前が書いてあった。
席は出席番号順に決められていた。
「阿澄だから最初の…あ…」
席に向かいかけて、気づいた。
違う、自分はもう、阿澄じゃない。
「仲村……後ろの方か」
あの男の、苗字を押し付けられたのだから。
男女一列の席順で、自分は一番後ろの窓側だった。
少し、嬉しかった。
誰の視界の邪魔にもならないと、ほっとした。
席に座りしばらくして、教室の前の扉が開いた。
担任は誰だろうと皆期待し注目した。
自分は父と離れられるのならいいと、窓の外を眺めていた。
「初めまして皆さん」
聞き覚えのある声に、全身が震えた。
「今日から皆さんの担任になる───」
震えながら、担任の方に振り返った。
「仲村武仁です」
自分の学校生活は、リスタートは、全てこの時、音を立てて壊れた。




