5 はるが夏になったのは -はる
私には、優しいお父さんが居た。
温厚で少し変わったお母さんと、いつも見守ってくれる優しいお兄ちゃん。
いつも笑いの絶えない、平和で幸せな家族、だった。
五年前、お父さんが死んだ。
仕事に向かう途中の電車が、脱線し転落した。
大きな事故で、当時ニュースでも話題になった。
お父さんが死んでから、間もなくお母さんは鬱になった。
けれどお母さんは、病院で鬱病とはっきり診断されたのにも関わらず、自分は正常だと言い張った。
お兄ちゃんは部屋に引きこもり、ほとんど顔を合わせなくなった。
時折ヒステリックを起こしたり、衝動的にどこかへ出かけたり。
そんなお母さんを、一人で支えるのも限界だった。
ある日を境に、お母さんは二日に一度くらいしか帰ってこなくなった。
どこで何をしているのか、全く分からなかった。
期間は延びていき、四日間帰らない時もあった。
ある時、お母さんが一週間帰らなかった。
さすがに心配したのか、お兄ちゃんが一緒にご飯を食べてくれた。
「大丈夫か?」
一言だけ声をかけてくれた。
「なんとか」
そう答えると、そっか、と言ってまた部屋にひきこもった。
そんな生活が、約三年続いた。
自分はもう、中学生になっていた。
ある日、学校から帰ると、お母さんが居た。
「おかえり〜!」
上機嫌で自分を出迎えてくれたことに、酷く戸惑った。
数年ぶりに、抱きしめられた。
お母さんから向けられた感情が、昔のような愛ではないと感じた。
それがとても、心地悪かった。
カバンを部屋に置いてリビングへ行くと、知らない男がソファーに座っていた。
「おかえり、波琉ちゃん」
知らない男は、自分の名前を知っていた。
戸惑っていると、お母さんが男にすり寄って言った。
「彼は、仲村武仁さん」
「今日からハルのお父さんになる人」
「…は?」
思わず口から声が漏れた。
お父さん?この人が?
じゃあお父さんはどうなるの?
まだ死んで、三年しか経っていないのに。
頭が、混乱して、酷く痛んだ。
お母さんはもう、狂ってしまった。
それと同時に、自分の人生は、狂わされた。