48 きみの痛みに
〖第5章〗
✱ ✱ ✱
「────どう考えたって、被害者だろうが」
捜査会議中、一番後ろの席から腕を組み座ったままの荻原が、よく響く声で会話を遮った。
───夏木海心は被害者か、加害者か。
仲村波琉に関しては、父・仲村武仁への殺害未遂に加え、公園での殺害の犯行の証拠も揃っており、『情状酌量の余地があり、加害者でもある』とされた。
海心も、波琉とともに自殺を考えていたのか。
または、波琉を自殺に追い込んだのか。
はたまた、武仁殺人未遂の共犯なのか。
様々な疑いがかけられたが、どれも海心本人が供述しない事には確証がないものだった。
一瞬にして静まり返った会議室で、前に座る男が荻原を見る。
「……オギか。何を根拠にそう思う?」
同期だが、荻原よりも上官の刑事が聞く。
「仲村武仁があの事件現場に居合わせたことが全てだろう。調査報告されたとおり、裏で署内の人間を金で雇い情報を盗み得ていた」
「殺されかけた娘に父親が、そこまでするのか?」
背もたれに深く寄りかかり、目を伏せたまま言う荻原に対し、上官は眉間に皺を寄せる。
「それが、夏木海心が被害者である事とどう関係がある」
若干呆れたように聞く上官に、荻原は視線を上げる。
「あの父親の異常さは、初めて会った時から何となく感じてた。そして、仲村波琉が飛び降りる瞬間の表情を見て、俺は確信した」
「……あの二人はただ、あの父親から逃げていただけだ」
静まり返っていた会議室が、若干ざわつく。
当たり前のように語る荻原に、驚いた者も多く。
話を聞き、その中で一人だけ、切なさを浮かべていたのは───高本巡査だった。
一人、荻原を見ることも無く、脳裏に浮かぶのはあの瞬間。
荻原が語るように、仲村波琉の最後の表情が。
顔を上げないまま、高本は椅子をガタン、と鳴らして席を立つ。
視線は一斉に高本に移り、荻原も見ていた。
「……夏木海心の、供述を待つべきだと思います」
それは弱々しくも、芯のはっきりとした言葉だった。
荻原は再び目を伏せたが、片方の口角がクイと上がっていた。
✱ ✱ ✱
数日後、病院のベッドで目を覚ましたうみは、見違えるほどに落ち着いていた。
窓の外を見ると、雨が降っていた。
暑い熱い夏の海は、どこにも無く。
と、スライド式の扉を開けて入って来たのは、若い男の警官が一人と看護師だった。
うみは、また事情聴取をされるのかと、冷めた瞳で窓の外を見る。
警官の男は、高本 と名乗った。
「初めまして、夏木海心さん。あなたに聞きたい事があって来ました」
丁寧にそう言う男───高本に、今までの警官とは違う何かを感じた。
うみは、少し耳を傾けることにした。
うみを混乱させない為か、はるの名前や話はなるべく省かれていたが、今事件がどのようなものとして扱われているのかを教えてくれた。
特にピンとくるものは無かったが一つ、引っかかった。
ある警官の助言で、仲村武仁に虐待の疑いがかけられていること。
うみは振り向いて、高本の目を見る。
大人が持つ瞳の濁りはそこに無く、ただ真っ直ぐに宿る正義をうみは、みた。
「……ぼ……わたしの、スマホ、どこ」
叫んで掠れた弱々しい声で、うみは呟く。
まともに会話が出来ない、と聞かされていた看護師は驚き、高本は嬉しそうに優しく微笑んだ。
「少し、待っててくれるかな」
優しくそう言うと、高本は扉を出て誰かに電話をした。
微かに聞き取れた声は、誰かに何かを頼み込んでいるようだった。
その間、看護師がうみに話し掛けたが、うみは返さなかった。
数分して、戻ってきた高本は、ジップロック袋に入ったスマホを持っていた。
丸椅子に座り、高本は覚悟を決めたようにうみを見る。
証拠品として押収されていたスマホを袋から出し、うみに渡しながら、
「自分から、開けてくれるかい?」
真剣な顔の高本に、うみは不思議と不信感を持たなかった。
小さく頷き、スマホの電源を入れる。
ロックを開こうとする手が、ふいに止まった。
「っ…!はる…」
"青く煌めくあの海で、砂浜で、揺れるきみが"
それは海を見つめるはるの、後ろ姿だった。
つい壁紙に目を奪われ、動けなくなる。
ぽたり、と画面に雫が落ちる。
そんなうみを、高本は何も言わずに待っていた。
どんな背景があり、どんな葛藤があり、どんな事情が二人を苦しめたのか。
全てを計り知れずとも、きちんと知りたいと思ったから。
少ししてからうみはハッとし、画面を雑に袖で拭った。
素早くパスワードを入力し、覚悟を決めたように頷いてから写真フォルダを開く。
ある動画をタップし、勢いよく高本に見せる。
「……これっ!」
それははるが、体育館で武仁に暴力を振るわれている様子だった。
何度も何度も、強く蹴られている姿を。
あの日、体育館の扉の隙間から。
"きみを、助けたくて"
悔しそうに、悲しそうに、怒るように。
もう遅い、なんて言わせない。
瞳に涙を潤ませながら、うみは高本にスマホを渡した。
「あの…あいつ、がっ……!」
弱々しい声で、必死に、訴える。
高本は、スマホを受けとり、一瞬目を伏せた。
荻原の言っていたことは、本当だった、と。
画面を閉じ、再びジップロック袋に仕舞う。
「……ありがとう」
顔を上げ、高本は優しく微笑む。
「この証拠は、きちんと使わせて頂きます」
「話してくれて、ありがとう」
優しい瞳の奥に宿る、正義が。
そんな高本を見てうみは、寂しそうに、苦しそうに、ほんの少しだけ笑った。
✱ ✱ ✱
今話も読んで頂き有難うございます。
第5章となりました。
海心も、タイトルも、夏がおわりました。
次話も宜しくお願いいたします。




