47 夏、欠落
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それはまるでスローモーションで、永遠のようにも、数瞬のようにも感じられた。
まるで、世界が、止まったようにも。
波が引いてすぐにうみは、止まらない涙も、走ってくる後ろの男達も気にも止めないまま、自分も落ちそうな勢いで、波止場下を見る。
下には岩礁が連なっていて、波が攫ってしまったのか、はるの姿はどこにもなかった。
「は、」
「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
うみの、喉がちぎれそうなほど、痛々しいその悲鳴が、絶望が、海の向こうまで響いていく。
「はる……はる、はる、…はる、はる、はる、はる!、はる!」
その身ごと飛び込んで、はるを探しに行こうとするうみの身体を、警官の男が後ろから引き止める。
激しく抵抗し、ただ発狂するようにはるの名を呼び続けるうみを、大人が数名がかりで取り押さえる。
「はる……はる、はる、…はる、はる、はる、はる、はる!!!!!!」
そんなうみを横目に、はるが最後に握っていた凶器とされる包丁も、警官の一人に回収される。
振り払おうと、はるを追いかけようと、うみはただ必死に、涙を流す。
───うみには、世界の音が聞こえなかった。
と、たった数瞬出遅れた武仁は、酷く衝撃的な表情を浮かべた後、拳を自分の腿に強く振り下ろして、
「クソ!!!!!!!」
怒りか、悲しみか、嘆きか、混ざり合う感情のまま叫んだ。
少しして走ってきた高本巡査は動揺しながらも、
「そんな…!す、直ぐに捜索を!!」
と、迅速に控えていた警官らに指示を出した。
すぐ後に、息を切らしながら駆け足で来た荻原は、悔しそうに、舌打ちをした。
「ッチ……間に合わなかったか…」
その間もうみはただ取り乱し、発狂し、"彼女の名前"を叫び続けていた。
✱ ✱ ✱
数時間後、うみは鎮静剤を撃たれ、一旦病院へ搬送されていた。
持ち物はすべて押収され、"形見"の包丁も、証拠品として押収された。
精神鑑定をされ、事情聴取を受けることとなった。
だが、警官が何を聞いても、一言も喋らない抜け殻のような少女がいるだけだった。
そして薬の効果が切れた途端、
「…はる…は…?」
と警官に聞くが、殺人事件に巻き込まれたとされているうみに対し、なるべく触れぬようにと話を逸らされた。
はぐらかそうとするその態度に、うみはますます取り乱し、パイプ椅子をガタン、と倒し立ち上がる。
「ねぇ、はるは、はるはどこ…!?」
「夏木さん、落ち着いて…」
「はる……はるは、はる、はる、はる!!」
「はるはるはるはるはるはるはるはるはるはるはるはるはるはるはるはるはるはる!!!!!!ハルハルハルはるハルハルはるハルハルはるは゛る゛は゛る゛は゛る゛は゛る゛h」
と、付き添っていた医師が咄嗟の判断で鎮静剤を撃ち、再びうみは抜け殻となった。
まだ事件直後でショックが大きいのだと、事情聴取は延期となった。
✱ ✱ ✱
「───────波琉が、何?」
非通知からの電話に出た波人は、電話の相手の言うことが、直ぐに理解出来なかった。
電話の相手は────武仁と名乗った。
『「…行方不明だった波琉が見つかった。…それで、海に飛び込んで……今は、生死不明だ」』
頭が真っ白になった。
波琉が、生死不明─────?
「……行方不明になったのは聞いたよ。そんでお前言ったよな」
「絶対波琉を見つけてくるから、って」
薄暗いワンルームのアパートで、一人拳を強く、握る。
『「……見つけた、見つけたんだよ…でも、目の前でっ────」』
「…ッざけんな!!クソ親父!!!」
電話の向こうの、最悪な、あいつに向かって。
勢いよくスマホを床に投げ付け、その拍子に電話は切れてしまった。
次第に、割れた液晶の [ 通話終了 ]の文字が、ぼやけ出す。
どんどん、見えなくなって、視界が、海になって。
「…………俺が勝手に、逃げたせいで…っ」
立ち尽くし、ただ、覆われていくのは、悲しみで。
「……っ…は、る…」
波人は、声を押し殺すように、静かに静かに、泣いていた。
今話も読んで頂き有難うございます。
随分と期間が空いてしまいましたが、またぼちぼち投稿していきます。
次話も宜しくお願いいたします。




