表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波、晴るる。  作者: 潮留 凪
44/48

44 夏、煙草すり抜けて


病院での検査と手当てを終え、一度家に帰宅した。

辺りはすっかり暗く、家の電気も付いていなかった。

 

 「…誰も居ないんだよ、な」

 

とても円満な家庭とはいえなかったが、確かに、ついこの前までは四人家族だった。

電気も付けず、財布とスマホをソファに放る。

 

 「酒は控えろって言われてもな…」


つい先程聞いた医者からの注意を思い出し、呟きながらも、冷蔵庫から酒を取り出す。

缶の蓋をカチッと開くと、虚しさで胸が覆い尽くされた。

 

いっそ、全部アルコールで溶かしてくれ。

綾波が死んだことも、波人が出ていったことも、波琉が俺を殺そうとしたことも。

 

いっそ、綾波を好きになったことから全部、無かったことになればいいのに。

 

二缶、三缶と床に転がって、暗いリビングのソファで夜を明かした。

 

 

 ✱ ✱ ✱

 

 「っ…!!」

 

窓の外の眩しさに飛び起きて、スマホの時計を見る。

まだ早朝だったが、武仁は急いで洗面所に向かった。

 

 「やべぇ、学校遅刻す……、って」

 

鏡に映る自分に、昨日の事を思い出した。

頭に巻かれた包帯は、夢では無かったこと。

 

 「学校って…もうクビになったようなもんだろ」

 

武仁は苦笑しながら、虚しさを掻き消すように勢いよく顔を洗う。

血が止まったことを確認して、包帯を外した。

 

───綾波の葬儀後、武仁は数日無断欠勤していた。

学校からの何度も電話が鳴り響いたが、酔った勢いでいつの間にか電話線のコードを抜いていた。

スマホの連絡先からも、削除して。

 

 「…それより波琉、探さないと」

 

武仁にとって波琉は、『最後の家族』だった。


 「絶対見つけてやるからな、波琉」

 

それは愛情か、憎しみか、歪んだ何か。


武仁は引き出しの中から、綾波の化粧類を取り出す。

酷く青白い顔を隠す為にファンデーションを取り出して、雑にカバーした。

 

 「ちょっとはマシか」

 

そう言い聞かせてから、ファンデーションを両手で抱きしめて、

 

 「…綾波、ちょっと借りるな」

 

と寂しそうに笑った。

 

シワだらけの服を着替え、何も言わずに家を出た。

 

 

 ✱ ✱ ✱

 

 「仲村さん!怪我の方は、大丈夫でしたか?」

 

警察署内で武仁を見かけた高本は、直ぐさま声をかけた。

 

 「はい、お陰様で。何とか大事には至らないみたいです」

 

武仁は柔らかく微笑む。

高本も安堵してから、こちらです、と昨日とは別の場所に武仁を案内した。

 

部屋に入ると、隅で中年の警官が一人、煙草を吸っていた。

 

 「あっ、お疲れ様です!」

 

高本は男に気付くと、敬礼してそう言った。

 

 「ん?ああ高本か。というと、そいつが例の」

 

男は煙を吐きながら、武仁を見る。

 

 「はい。仲村武仁さんです」

 「仲村さん、こちらこの事件を担当される荻原(おぎわら)警部です」

 

高本は二人を紹介し合い、武仁は荻原に一礼した。

 

 「荻原です。どうぞ宜しく」

 

言いながら、荻原は再び煙を吸う。

高本は溜息をつきながら煙草を取り上げて、

 

 「荻原さん、ここ"禁煙"ですよ」


呆れた顔でそう言う高本に、荻原は煙を吐きながら不服そうな顔をした。

 

 「そんな硬っ苦しいルール、誰が決めたんだか…」

 

 「今でも警察署内で堂々と吸うのなんて、荻原さんくらいですよ!」

 

高本はそう言って上司を叱り、煙草を潰した。

そのやり取りを見ていた武仁は、思わず微笑んだ。

 

すっかり武仁のことを放置していた高本は、慌てて謝る。

 

 「す、すみませんこんなみっともない…!」

 

そう言う高本に、荻原はすかさず、

 

 「だァれがみっともないだ」

 

目を伏せてツッコミを入れた。

 

 「荻原さんが悪いんですよ!本当、すみません仲村さん…」

 

 「大丈夫ですよ」

 

武仁が優しく笑って断ると、高本は一層目を輝かせて弁明をした。

 

「でも、荻原さんは事件解決に関しては本当に腕がいい方なので、ご安心ください!」

 「一部では『真相解明のオギさん』なんて呼ばれていて、特に虐待やDVの事件なんかは───」

 

 「オイ、高本」

 

荻原は低い声で高本の話を遮ると、

 

 「余計なことは言わんでいい」

 

少し、武仁を警戒するようにそう言った。

武仁はそれを察したのか、わざと何も知らないような顔をして微笑む。

 

高本は喋りすぎてしまったことに反省し、声を小さくした。

 

 「す、すみません…」

 「遅くなりましたが、本題に入りましょうか」

 

そう言うと、高本は武仁を座るように誘導した。

武仁と高本は向かい合うようにして座り、荻原は窓際で腕を組んで立っていた。

 

 「では早速。昨日、波琉さんの行方が分からなくなる以前の出来事を、最初から話していただけますか」


先程の柔らかい雰囲気とは打って変わって、真剣な警察官の顔の高本が聞いた。

 

 「はい、まず事の発端は―――」

 

武仁は、波琉が出て行った日のことを、初めから話した。

 

 

  ✱ ✱ ✱

 

 「……分かりました。では、波琉さんは母親と同じく、ヒステリックを起こすことが以前からあったということですね?」

 

 「…はい。波琉から何度か、そういうことが…ありました」

 

武仁が、一瞬目を逸らしたのを、オレは見逃さなかった。

 

 「家庭内で他に何か、トラブル等はありましたか?」

 

 「いえ、他には特に」

 

にこりと目を細めてそう言う武仁を、しっかりと捉えていた。

こいつは何か妙だ、と己の勘が告げていた。

 

 「経緯は大体分かりました。それで、波琉さんの行方について、何か心当たりは?」

 

カタカタとキーボードを鳴らしながら、高本は続けて聞く。

 

 「全く…学校か、図書館くらいしか行く宛てなんて無いはずなんですけど」

 

わざとらしく悩むような表情を見せて、顎に手を当てる。

 

───嘘は、ついていない。

本当に心当たりが無いんだろう。

もっとも、子供の好きな物が何なのかすら知らない、典型的な親だ。

こういう親ほど、子供を心配している良い親のツラをしてやって来る。


大抵は、原因があるのは親の方だ。

 

オレは胸糞悪いと思いつつ、それを決して顔に出さぬよう話を聞いていた。

 

 「そうですか、…ではここから先はこちらの方で、地道に防犯カメラを洗うしかなさそうですね…」

 

高本は呟きながら、武仁の言動を記録に残す。


それから暫くも事情聴取をした後、入口まで武仁を見送りに行った高本が帰ってきた。

 

 「無事にお見送りしてきました〜」


相変わらずヘラヘラとした顔で、高本は椅子に座る。

だがこんな、いかにも使えなさそうな顔をしていて、その実、かなり勘の良い奴だ。


 「…どう思った」

 

腕を組み、高本を試すつもりで聞く。

 

 「嘘をついているようには見えませんでしたね。学校側に確認したところ、行方不明というのも本当のようですし。ただ…」

 

高本は少しだけ迷って、一度記録に目をやってから、オレの目を見て、

 

 「嘘臭い人だなって、……何となくですが」

 

オレは思わず口元が緩んで、微笑を零す。

やっぱり、こいつ良い勘してやがる。

 

 「何となくで良い。それはお前にとっての、"刑事の勘"だ」

 

そう言って、ポケットを漁り煙草を取り出す。

 

 「そ、そんな!刑事の勘だなんてまだまだ僕には恐れ多いですよ…!」


手を振って謙遜する新人を、可愛く思った。

のも束の間、その手は素早くオレの煙草を取り上げて、

 

 「恐れ多いですが、煙草は駄目です!!」

 

そう言ってまた、その場で潰す。

 

 「……お前、毎っ回潰しやがって…」

 

小さく愚痴を零すが、何故かこの新人にはこれ以上言えない。

規則にうるさい奴は嫌いだが、こいつは見込みがある。

これもまた、ただの勘だった。

 

 「何か言いましたか!」

 

わざと声を大にして、廊下にも聞こえるくらいで威圧した。

 

 「…ってねぇよ!早く仕事しろ馬ァ鹿野郎」

 

軽くゲンコツしながらそう言って、不機嫌にその場を去る。

 

 「あぁまた!今度こそパワハラで訴えますよ!?」

 

後ろで何やら喚いていたが、聞こえないふりをした。


これからどんどん捜査規模が拡大し、大掛かりな事件になるだろう。

己の勘は、また突拍子もないことを告げていた。

 

 「別の視点から当たってみっか……」

 

警察署を後にし、煙草を咥えながら呟いた。

今話も読んで頂き有難うございます。


次話も宜しくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ