44 夏、煙草すり抜けて
病院での検査と手当てを終え、一度家に帰宅した。
辺りはすっかり暗く、家の電気も付いていなかった。
「…誰も居ないんだよ、な」
とても円満な家庭とはいえなかったが、確かに、ついこの前までは四人家族だった。
電気も付けず、財布とスマホをソファに放る。
「酒は控えろって言われてもな…」
つい先程聞いた医者からの注意を思い出し、呟きながらも、冷蔵庫から酒を取り出す。
缶の蓋をカチッと開くと、虚しさで胸が覆い尽くされた。
いっそ、全部アルコールで溶かしてくれ。
綾波が死んだことも、波人が出ていったことも、波琉が俺を殺そうとしたことも。
いっそ、綾波を好きになったことから全部、無かったことになればいいのに。
二缶、三缶と床に転がって、暗いリビングのソファで夜を明かした。
✱ ✱ ✱
「っ…!!」
窓の外の眩しさに飛び起きて、スマホの時計を見る。
まだ早朝だったが、武仁は急いで洗面所に向かった。
「やべぇ、学校遅刻す……、って」
鏡に映る自分に、昨日の事を思い出した。
頭に巻かれた包帯は、夢では無かったこと。
「学校って…もうクビになったようなもんだろ」
武仁は苦笑しながら、虚しさを掻き消すように勢いよく顔を洗う。
血が止まったことを確認して、包帯を外した。
───綾波の葬儀後、武仁は数日無断欠勤していた。
学校からの何度も電話が鳴り響いたが、酔った勢いでいつの間にか電話線のコードを抜いていた。
スマホの連絡先からも、削除して。
「…それより波琉、探さないと」
武仁にとって波琉は、『最後の家族』だった。
「絶対見つけてやるからな、波琉」
それは愛情か、憎しみか、歪んだ何か。
武仁は引き出しの中から、綾波の化粧類を取り出す。
酷く青白い顔を隠す為にファンデーションを取り出して、雑にカバーした。
「ちょっとはマシか」
そう言い聞かせてから、ファンデーションを両手で抱きしめて、
「…綾波、ちょっと借りるな」
と寂しそうに笑った。
シワだらけの服を着替え、何も言わずに家を出た。
✱ ✱ ✱
「仲村さん!怪我の方は、大丈夫でしたか?」
警察署内で武仁を見かけた高本は、直ぐさま声をかけた。
「はい、お陰様で。何とか大事には至らないみたいです」
武仁は柔らかく微笑む。
高本も安堵してから、こちらです、と昨日とは別の場所に武仁を案内した。
部屋に入ると、隅で中年の警官が一人、煙草を吸っていた。
「あっ、お疲れ様です!」
高本は男に気付くと、敬礼してそう言った。
「ん?ああ高本か。というと、そいつが例の」
男は煙を吐きながら、武仁を見る。
「はい。仲村武仁さんです」
「仲村さん、こちらこの事件を担当される荻原警部です」
高本は二人を紹介し合い、武仁は荻原に一礼した。
「荻原です。どうぞ宜しく」
言いながら、荻原は再び煙を吸う。
高本は溜息をつきながら煙草を取り上げて、
「荻原さん、ここ"禁煙"ですよ」
呆れた顔でそう言う高本に、荻原は煙を吐きながら不服そうな顔をした。
「そんな硬っ苦しいルール、誰が決めたんだか…」
「今でも警察署内で堂々と吸うのなんて、荻原さんくらいですよ!」
高本はそう言って上司を叱り、煙草を潰した。
そのやり取りを見ていた武仁は、思わず微笑んだ。
すっかり武仁のことを放置していた高本は、慌てて謝る。
「す、すみませんこんなみっともない…!」
そう言う高本に、荻原はすかさず、
「だァれがみっともないだ」
目を伏せてツッコミを入れた。
「荻原さんが悪いんですよ!本当、すみません仲村さん…」
「大丈夫ですよ」
武仁が優しく笑って断ると、高本は一層目を輝かせて弁明をした。
「でも、荻原さんは事件解決に関しては本当に腕がいい方なので、ご安心ください!」
「一部では『真相解明のオギさん』なんて呼ばれていて、特に虐待やDVの事件なんかは───」
「オイ、高本」
荻原は低い声で高本の話を遮ると、
「余計なことは言わんでいい」
少し、武仁を警戒するようにそう言った。
武仁はそれを察したのか、わざと何も知らないような顔をして微笑む。
高本は喋りすぎてしまったことに反省し、声を小さくした。
「す、すみません…」
「遅くなりましたが、本題に入りましょうか」
そう言うと、高本は武仁を座るように誘導した。
武仁と高本は向かい合うようにして座り、荻原は窓際で腕を組んで立っていた。
「では早速。昨日、波琉さんの行方が分からなくなる以前の出来事を、最初から話していただけますか」
先程の柔らかい雰囲気とは打って変わって、真剣な警察官の顔の高本が聞いた。
「はい、まず事の発端は―――」
武仁は、波琉が出て行った日のことを、初めから話した。
✱ ✱ ✱
「……分かりました。では、波琉さんは母親と同じく、ヒステリックを起こすことが以前からあったということですね?」
「…はい。波琉から何度か、そういうことが…ありました」
武仁が、一瞬目を逸らしたのを、オレは見逃さなかった。
「家庭内で他に何か、トラブル等はありましたか?」
「いえ、他には特に」
にこりと目を細めてそう言う武仁を、しっかりと捉えていた。
こいつは何か妙だ、と己の勘が告げていた。
「経緯は大体分かりました。それで、波琉さんの行方について、何か心当たりは?」
カタカタとキーボードを鳴らしながら、高本は続けて聞く。
「全く…学校か、図書館くらいしか行く宛てなんて無いはずなんですけど」
わざとらしく悩むような表情を見せて、顎に手を当てる。
───嘘は、ついていない。
本当に心当たりが無いんだろう。
もっとも、子供の好きな物が何なのかすら知らない、典型的な親だ。
こういう親ほど、子供を心配している良い親のツラをしてやって来る。
大抵は、原因があるのは親の方だ。
オレは胸糞悪いと思いつつ、それを決して顔に出さぬよう話を聞いていた。
「そうですか、…ではここから先はこちらの方で、地道に防犯カメラを洗うしかなさそうですね…」
高本は呟きながら、武仁の言動を記録に残す。
それから暫くも事情聴取をした後、入口まで武仁を見送りに行った高本が帰ってきた。
「無事にお見送りしてきました〜」
相変わらずヘラヘラとした顔で、高本は椅子に座る。
だがこんな、いかにも使えなさそうな顔をしていて、その実、かなり勘の良い奴だ。
「…どう思った」
腕を組み、高本を試すつもりで聞く。
「嘘をついているようには見えませんでしたね。学校側に確認したところ、行方不明というのも本当のようですし。ただ…」
高本は少しだけ迷って、一度記録に目をやってから、オレの目を見て、
「嘘臭い人だなって、……何となくですが」
オレは思わず口元が緩んで、微笑を零す。
やっぱり、こいつ良い勘してやがる。
「何となくで良い。それはお前にとっての、"刑事の勘"だ」
そう言って、ポケットを漁り煙草を取り出す。
「そ、そんな!刑事の勘だなんてまだまだ僕には恐れ多いですよ…!」
手を振って謙遜する新人を、可愛く思った。
のも束の間、その手は素早くオレの煙草を取り上げて、
「恐れ多いですが、煙草は駄目です!!」
そう言ってまた、その場で潰す。
「……お前、毎っ回潰しやがって…」
小さく愚痴を零すが、何故かこの新人にはこれ以上言えない。
規則にうるさい奴は嫌いだが、こいつは見込みがある。
これもまた、ただの勘だった。
「何か言いましたか!」
わざと声を大にして、廊下にも聞こえるくらいで威圧した。
「…ってねぇよ!早く仕事しろ馬ァ鹿野郎」
軽くゲンコツしながらそう言って、不機嫌にその場を去る。
「あぁまた!今度こそパワハラで訴えますよ!?」
後ろで何やら喚いていたが、聞こえないふりをした。
これからどんどん捜査規模が拡大し、大掛かりな事件になるだろう。
己の勘は、また突拍子もないことを告げていた。
「別の視点から当たってみっか……」
警察署を後にし、煙草を咥えながら呟いた。
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