43 異夏、うごく -武仁
「────えっと、娘さんが行方不明、と?」
一人の警官がPCのモニターから顔を上げ、聞く。
「波琉です、仲村波琉」
男が食い気味にそう言うと、警官は一枚の紙とボールペンを差し出して立ち、
「ここに貴方のお名前と、電話番号を、」
「それから娘さんのお名前と年齢と、生年月日、最後に見た時の服装をお願いします」
指をさし言うと、再び席に座る。
男はボールペンを手に取り、紙に記入していく。
✱ ✱ ✱
ズキズキと、熱を帯びるように痛む頭を抑えながら、立ち上がる。
覚束無い足元で洗面所へ行き、鏡を見る。
一先ず、手に付いた血を洗った。
「買ったばっかのシャツなのによ…」
武仁は、小さくため息を零す。
腕に、ワイシャツごと切られた跡があり、裂けた口からかすかに血が滲む。
「…ってェ」
タオルで慎重に頭部を拭うが、切れているのか酷く痛んだ。
次第に面倒になり、まだ血の残るまま、ドライヤーで雑に乾かした。
ドライヤーを片付け、自室で服を着替えた。
見た目が少しマシになったのをもう一度鏡で確認してから、スマホを手に取る。
「綾波…」
画面の中で笑う、最愛の彼女の笑顔。
スマホをポケットに閉まい、靴を履き終えてから、武仁はそっと目を閉じる。
「………どうか、許してくれ」
そう呟いてから、そっと目を開ける。
立ち上がり、振り返らずに、家を後にした。
✱ ✱ ✱
「居なくなってどれくらいですか?」
波琉に関する情報を書き終え、紙を渡されながら、警官は武仁に尋ねる。
「一日、くらいだと思います」
「何度電話しても出なくて、恐らく電源を切っていて…」
武仁が話す内容を、警官は適当な相槌でPCに入力していく。
「一日ですか。…まぁ、仲村さん。行方不明の多くの場合が家出なので、そこまで焦ることはないと思いますよ」
「心配する気持ちも、分かりますが…」
全く真剣さのない助言に、武仁は腹立たしく思いながらも、冷静に話す。
「実は事情がありまして」
「事情?」
武仁が言うと、警官は顔を上げる。
「はい。その、非常に申し訳にくいのですが…」
「……家出したその娘は突然癇癪というか、…階段から突き落とされまして…私は、つい数時間前まで意識を失っていました」
説明すると、驚いた顔で警官は席を立った。
「お子さんからの虐待…?いや、もはや殺人未遂からの逃亡ということですか!?」
「それで、お怪我は、病院には行かれたんですか!?」
「いえ、その、娘が心配で」
武仁は、苦笑いでそう言うと続けて、
「頭から出血していたんですが、大丈夫です…それより早く娘の行方を…!」
と心配そうな顔で言った。
警官の男は父親として娘を心配する姿に、一度は言葉を飲んだが、直ぐに冷静になって言う。
「…事情は分かりました。こちらは単なる行方不明では無く事件として報告させて頂きます」
「詳しい内情は後日、ご連絡してから伺いますので、仲村さんは一先ず、病院へ行ってください…その、血が…」
少し目を伏せた警官に、武仁は頭を触る。
乾かしたはずの切り傷から、かすかに髪にまた血が滲んでいた。
「そう、ですね…分かりました」
「またお伺いさせて頂きます。差し支え無ければ、貴方のお名前を教えて頂いても?」
立ち上がりながら、武仁は警官に言う。
警官は、平気そうな表情とは裏腹に青白い顔をしてふらつく武仁を心配しながら、慌てて警察手帳を取り出す。
「たっ、…高本です」
「高本さんですね。またお伺いする際も、是非高本さんにお願いしたいな」
武仁はそう言って軽く微笑んで、警察署を後にした。
「………なんか、胡散臭い笑顔だったな」
武仁の姿が見えなくなってから、高本陽介巡査は呟いた。
今話も読んで頂き有難うございます。
武仁編・再 開始致しました。
はるとうみの運命に、武仁の想いは、行動は、いかに交差してゆくのか。
次話も宜しくお願いいたします。




