42 なつの刃
潮風が、いたずらに香る。
眩しい日差しに、うみは目を覚ます。
はるのリュックに付いた時計に目をやると、11時過ぎだった。
「……はる」
隣で眠るはるに、うみは安堵して、微笑む。
しばらく寝顔を見つめていると、はるがゆっくりと目を覚ました。
「おは、よ…うみ…」
よく眠れたのか、いつになく寝惚けているはるに、うみは愛おしさが爆発しそうになって。
その指に、そっと自分の指を絡めた。
「おはよう、はる!」
幸せに満ちた顔で、うみは笑った。
全部、忘れてしまえるように。
✱ ✱ ✱
尽きてしまった食料を調達する為、昨日走っている途中に見かけたスーパーに行く事にした。
はるを一人にするのは恐かったけれど、不安定なはるを連れ出す方が危険だと思い、留守番をお願いした。
「すぐ帰るから、どこにもいかないでね!」
そう言ってはるのリュックを背負い、ぼくは立ち上がった。
形見の包丁は、ぼくが預かっておくつもりで。
「うん……うみのこと、待ってる」
はるも立ち上がり、僕の手を掴み寂しそうに言った。
ああ、愛おしい。
迷いが無く、常に気を張っていて、誰の助けも必要としないような。
いつだって、そんな雰囲気を纏っていたきみが。
か弱く、ぼくを必要としてくれている。
健気に、ぼくを待っていてくれる。
「すぐ、戻ってくるね!」
ぼくはにやけそうになって、抑えようとして、変な微笑み方をしてそう言った。
「…いって、らっしゃい」
そんなぼくが可笑しかったのか、はるも少し笑って、そっと手を離した。
鉄のフェンスを越えようと足を掛けると、自転車に乗ったお巡りさんと目が合ってしまった。
ぼくは固まってしまい、フェンス越しに近付いてくる男に少し手が震えた。
「ちょっと君、そこ立ち入り禁止なんだけど」
腰の曲がった背の低い老人の警官で、比較的柔らかく注意された。
「す、すみません…!」
慌てて謝ると、老人の警官はガシャン、と自転車を止めた。
「君は一人?家出か、なんかかい」
「え、っと、……はい、そんな感じです」
ぼくはフェンスに掛けた足を降ろして、愛想笑いをした。
「私も若い頃はよくやったもんだ。今すぐとは言わんが、落ち着いたらちゃんと帰るんだよ」
呆れたように、優しく言う老人の警官に嘘をつくように、手を後ろに隠した。
「…はい」
少しの沈黙の後、警官はこの辺りで殺人事件があったことと、逃亡中の犯人を探し巡回している所だと教えてくれた。
ぼくは思わず一歩後退りしてしまい、警官は動揺するしぐさを見逃さなかった。
「…何か、心当たりでもあるのかい?」
先程までと余り変わらない口調だが、ぼくにはそれが酷く恐ろしく、脅すように聞こえた。
「っ……と、」
答えられずにいると、後ろからはるが歩いて来た。
「うみ?何かあっ…た……、の」
フェンス越しの警官と目が合い、はるは固まった。
あ、やばい。
これは、駄目な、時が進んではいけない瞬間に感じる、嫌な、嫌な感覚、直感。
嫌だ、進まないで、時よ止まれ、時よ止まれ。
"時よ、止まれ…!"
ぼくの願いも、虚しく。
警官はぼくらが犯人と思わしき情報と同じ『二人組』であることに、一気に態度を変えた。
そして、はるのスカートの裾に着いた血に気づいた警官が、
「君、それ…怪我でもしたの?」
と疑うような目を向けた。
はるは怯え、咄嗟にぼくのリュックを奪う。
包丁を出し、そのままぼくを抱き寄せると、そのまま首元に突き立てた。
「っ…来るな!!」
ヒステリックに、叫ぶ。
一歩、一歩とぼくと共に後ずさりしていく。
「は、……るっ…!?」
警官と同じようにぼくは驚いて、名前を呼ぶと、強い口調で、
「黙れ!!!」
とはるは、ぼくが発言することを禁じた。
「君!!何してるんだ!!」
警官がフェンスを登ろうとすると、はるは警官に包丁を向けた。
驚いて怯む警官は、登るのを止めた。
動きが止まったのを見て、はるは再びぼくに刃を向けた。
「くるな!!来たらこいつを殺す!!」
「近づいたら殺す!!!」
ぼくははるの行動に同様しつつも、もう、はるに任せるつもりで、何も言わなくなった。
「わ、わかったから!落ち着きなさい…!」
はるの要求にそう言いながら、警官はフェンスから降り、段々後ずさりした。
「この先に来たら、その瞬間こいつを殺す!」
「分かったら、早くここから去れ!!」
念を押すように、はるはそう叫ぶ。
やむを得ないというように、警官は立ち去った。
姿が見えなくなったのを確認してから、はるはぼくに包丁を突き付けたまま、波止場の先端へと歩いていく。
「はる、いいよ、もうやめよう…?」
「これ以上、罪を重ねないで…」
ぼくはそう、小さくお願いをするが、はるは前を向いたまま進んでいくばかりだった。
✱ ✱ ✱
今話も読んで頂き有難うございます。
ようやく、うみとはる編、クライマックスへの引き金を引きました。
と、言うところで、次話より、武仁編・再が開始致します。
はるとうみの逃亡後、同時進行ではるの行方を探す武仁と、警察との捜査パートになります。
錯綜するあまりうみへ刃を向けたはると、武仁の心情、行動が絡み合っていく様を、見守って頂けたなら。
次話も宜しくお願いいたします。




