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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
40/48

40 夏よ、逃げろ

何処に、行けばいい。

何処に、逃げればいい。


いつまで逃げればいい?

あとどれ位逃げたら、いい?

 

うみの頭の中で、ただそんな思考だけが反復していた。

色んな、色んな恐怖が混ざり合う。

走って、走って、海沿いを走り続ける。

生温い雨が、どれだけ振り注ごうと。

走って、逃げることしか、出来なかった。

 

うみは、はるの顔を、見られなかった。


✱ ✱ ✱

 

辿り着いたのは、街の最果て。 

一体ぼくらは、何駅分を走ったのだろう。


息なんてとっくに切れていて、雨も上がっていた。


この先は道路が無く、立ち入り禁止の看板の書かれた柵を見つける。

逃げ場を探すように、ぼくらはその柵をのぼって入った。

危険区域とされている、防波堤らしかった。

 

波が高く、最先端までは行けなかった。

 

 「───ここならきっと、誰も、こない…よね」

 

柵を越えた、古びたダンボールが置かれた傍で、ぼくらは腰を下ろす。

恐く、ずっと昔にホームレスが住んでいたような、跡があった。


 

濡れた髪から、水滴が落ちる。

はるは、酷く震えていた。

 

 「はる、だい…じょ」

 「っ………」

 

大丈夫、なんて聞いていいはずが無い。

ぼくは俯いて、何も言えなくなった。

 

前と後ろに抱えて走ったリュックは、中身までびしょ濡れだった。

ぼくははるのリュックから、コンビニで買ったタオルを取り出し、柵に掛けて干した。


戻ると、はるがビニール袋から包丁を取り出そうとしていた。


ぼくは、血の気が引いて思わず、

 

 「駄目…っ!!!!」

 

袋ごと、はるから取り上げた。

 

 「なん、で、かえして…っ!」

 

はるは、大粒の涙を零しながら叫ぶ。

また、光の無い瞳をして。

濡れたビニール袋から、赤い水滴が落ちる。

 

 「きえ、ちゃうから…母、さんが…!」


分かっている。

どれだけ矛盾した想いでも、どれだけ歪んだ愛情でも。

はるはこの包丁を『お母さんの形見』にしておきたいんだ。


たとえ、誰かの命を奪ったあとの、()()でも。

 

 「は、る…」

 

ぼくも、つられて涙をこぼす。

呼んでも、はるが見ているのは、今、ぼくじゃない。


過去の思い出に縋って、幻に縋って。


どれだけ酷いことをされた母親でも。

どれだけ他人が憎んだって、母親は母親なんだ。


それでも。

 

"ぼくをみてよ"

 

ああ、胸の中が、酷く冷たい。

 

冷酷なぼくが、包丁を、後ろへ放り投げる。

それを見て、はるが奪い取ろうと、飛び込んでくる。

 

瞬間、ぼくははるを、つかまえた。

 

 「…!!」


湿ったセーラー服とセーラー服が、互いの温度をじんわりと伝える。

体温で、心音で、少しずつお互い、乱れた息を整えていく。


数秒、数分、過ぎていって。

  

 「………………はる」

 

長い沈黙の後、ぼくは口を開く。


 「…う…み?」

 

はるの目に、光が戻っていく。

目が合って、ぼくは微笑む。

 

 「大丈夫だよ、はる」

 

君が大丈夫かどうかなんて、聞くのをやめた。

 

 「ぼくがいる、ずっとはるのそばに居る」

 「この世界の全部が敵になっても、間違っても、」

 「ぼくだけは、はるの味方だよ」

 

君にとって、"ぼくがいるから大丈夫"になりたいんだ。

 

 「……うん」

 

身体をゆっくりと離して、はるを見る。

泣き腫らした赤い目の奥に、確かに、夜の海のような。

朧げに宿るその光に、ぼくもまた、縋る。

 

 「…うみ……ごめん…ね…」

 

はるはそう言ってから段々と目を閉じて、そのまま眠りについた。

起こさないようにゆっくりと、はるの身体を柱に寄りかからせる。


はるの肩とぼくの肩が触れて、目を閉じる。


潮風が、セーラー服と、リュックと、ぼくらを乾かして。

 

 ✱ ✱ ✱

 

─────ぼんやり、ゆっくりと夜が明けていく。


海から、あつい熱の塊が昇る。

小脇に咲く雑草の、朝露が光り出す。

 

二人の体は、すっかり乾いていた。

 

 「…!」

 

─────どれくらい、寝ていたんだろう。

 

 「…うみ……」

 

肩に触れる感覚に振り向いて、隣で眠る君を見る。

ここに向かうまでの、列車の中。

あの時見た君よりも、随分とやつれて、ぼろぼろで。


 "全て、自分のせいだ"

 

うみを起こさないよう、そっと立ち上がる。

自分から隠すように置かれた、ビニール袋の口を開ける。

 

ああ、自分がまた、殺したらしい。

正直あまり、覚えていない。

うみが汚されそうになって、自分が突き飛ばされて。

その後の記憶は、おぼろげだ。

 

赤いナイフから、記憶を無理やり呼び起こすみたいな、鼻にこびりつく生臭い匂い。

 

 「うみには……背負わせたく、ない」

 

呟きながら、柵に掛けられたタオルを手に取る。

ナイフを握り、強い力で拭き取る。

 

もし自分が罪に問われても、うみだけは、守りたい。

自分が脅してやらせたという事にして、うみだけは。

 

ナイフの全部を拭いたあと、最後に、柄の部分をしっかりと握る。

()()()()の指紋も、しっかりと付けるように。

 

 

今話も読んで頂き有難うございます。


大きな罪を背負って、逃げ出した二人。

あとどれ位、二人のときは許されるでしょうか。


次話も宜しくお願いいたします。

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