37 夏色の瞳-うみ
ぼくらは静かに、神社を後にした。
途中、木々の生い茂る手狭な公園に立ち寄り、花火のゴミを捨てる。
夜も深く、人通りはほとんど無かった。
宿を取るお金も無く、生温い潮風が抜けるこの公園で、一夜を過ごすことにした。
「ここ、月めっちゃ見える!ここにしよ!」
ぼくは何故かはしゃいで、ベンチにぽんと座る。
「夕飯、どうするの?」
ひとまず隣に座ってくれたはるが、ぼくの方を見る。
ぼくは勢いよく立ち上がって、
「忘れてた!!買いに行こっか!」
ベンチにペットボトルを置いて、席取りをする。
それに、特に意味なんてない。
ただ、この世界に居場所を見出そうとする、ほんの足掻き、のような。
「…うん」
はるは立ち上がりまた、直ぐにぼくの隣へ来てくれる。
と、そっと手を握られた。
「!…はる?」
「…………行こ、うみ」
驚くぼくから目を逸らして、少し照れるはるがいた。
ぼくは胸の高鳴りに合わせて、ぎゅっと手を握り返す。
陽は落ちたはずなのに、暑くて、熱くて仕方がない。
「…うん!」
はるはいっつも、言葉足らずだ。
それでも、たしかに伝わってくる。
握られた手を通して、はるの想いが。
たった五文字が、喉から出かかって、飲み込む。
ぼくらは繋いだ手を離さないように足並みを揃えて、コンビニへ向かった。
✱ ✱ ✱
眠そうな若い男の店員から目を伏せ、足早にコンビニを後にする。
ビニール袋の持ち手を二人で一つずつ持って、海を横目に並んで歩く。
"ぼくは今、ちゃんとしあわせだ"
噛み締めて、一歩一歩。
はるは、とても柔らかい表情で、けれど何処か虚しそうだった。
✱ ✱ ✱
「「いただきます」」
声を揃えて、二人で手を合わせてそう言う。
この瞬間だけは、昼夜問わず、ぼくらの昼休みだ。
「ん、珍しい!はるもお弁当なんて」
「いつもはおにぎり1つだけ〜とかなのに」
ぼくは唐揚げ弁当の唐揚げを頬張りながら、はるに言う。
「うみと同じの、食べたくて」
さらりとそう言って、同じように唐揚げを頬張る。
ぼくは照れくさくて、思わず口元が緩む。
ハッとして、慌てて話を続ける。
「た、食べ切れるの!」
「多分、これくらいなら食べ切れる」
はるは言いながら、次々に唐揚げを口に運ぶ。
「へえ、意外!はるって少食なんだと思ってた!」
「自分、意外と食べるんです」
声のトーンは変わらず、ただ少し悪戯っぽく笑ってはるは言う。
つい、目が合って、その瞳にまた吸い込まれる。
今度はちゃんと、目に光が宿ってる。
「…きれい」
つい、箸が止まって、溢れ出す。
「やっぱり、はるの目はきれいだね...」
はるは驚いた顔をして、それでもやっぱり綺麗で。
「………自分は、嫌い」
「え」
見とれるぼくの目を覚まさせるように、はるは目を逸らす。
「なんで。青みがかって、本当にきれいなのに──」
「この目は!…自分を孤独にさせる」
「………ごちそうさまでした」
いつの間にか食べ終わり、はるは先にそう言った。
ぼくは、はるにとって何か触れられたくないものに触れてしまった。
いつもは二人で手を合わせて言うはずのその言葉を、一人で。
はるが、一人で先に行ってしまったような。
それがどうしようも無く悲しくて、ぼくは弁当を横に置いて、俯いて、何も言えなくなった。
「─────この目は、家族で一人だけだったから」
暫くの沈黙を破り、はるはぼくに教えてくれた。
「父も、母も、兄も、みんな自分とは違った。自分が産まれる前に死んだ祖父だけが、同じ目だったらしい」
「小学生の頃は、よくそれで虐められた。『ガイジン』とか言われたりしてね」
ぼくは話を聞くうち段々と顔を上げて、はるを見る。
はるは、海の方を、いいや、もっと遠くを見ていた。
「でもその度に…上級生のお兄ちゃんが助けに来てくれたの。自分の前に立って、いじめっ子を追い払って、かっこよくて」
無意識、だろうか。
はるのその瞳から、涙の雫がこぼれていく。
父を失い、母を失い、話の中の兄も幻になり。
もしも、ぼくはこのまま帰っても、両親が居る。
姉も居て、猫も数匹居る。
酷く叱られるだろうし、姉からは軽蔑されるだろう。
けど、たったそれだけだ。
はるは、帰ってももう、叱ってくれる人は居ない。
ただ勢いで、はると共にここまで来てしまった己を恥じた。
「…は、る」
上手く声が出なくて、また、きみが遠い。
「…………これ、」
上手く言葉が出なくて、ただ、君にハンカチを渡す。
いつかの、君に拭ってもらったハンカチを。
ちゃんと、丁寧に、洗って返そうって。
「…あれ、自分、なんで」
はるは、そうしてようやく、自分が泣いていることに気付き、頬を触る。
「…これ前に、自分があげたハンカチ?」
「うん…ちゃんと、返そうって…ずっと思ってた」
はるは、ほんの少しだけ迷ってから、
「ありがとう、うみ」
ハンカチを手に取って、涙を拭いた。
✱ ✱ ✱
「突然昔の話なんてしてごめん」
少し濡れたハンカチを膝に置いて、はるは謝った。
「ううん…!ぼくこそ、突然はるの嫌いなものを褒めたりして…ごめんね」
はるは意外にも、ふふっと笑った。
「そこは、いい。…うみが綺麗だと思ってくれるなら、きっとこの目は綺麗なんだ」
当たり前みたいに言うはるのその言葉が、嬉しくて。
胸がぎゅっと、痛んだ。
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