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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
37/48

37 夏色の瞳-うみ


ぼくらは静かに、神社を後にした。

 

途中、木々の生い茂る手狭な公園に立ち寄り、花火のゴミを捨てる。

夜も深く、人通りはほとんど無かった。

 

宿を取るお金も無く、生温い潮風が抜けるこの公園で、一夜を過ごすことにした。

 

「ここ、月めっちゃ見える!ここにしよ!」

 

ぼくは何故かはしゃいで、ベンチにぽんと座る。


「夕飯、どうするの?」

 

ひとまず隣に座ってくれたはるが、ぼくの方を見る。

ぼくは勢いよく立ち上がって、

 

「忘れてた!!買いに行こっか!」

 

ベンチにペットボトルを置いて、席取りをする。

()()に、特に意味なんてない。

ただ、この世界に居場所を見出そうとする、ほんの足掻き、のような。

 

「…うん」

 

はるは立ち上がりまた、直ぐにぼくの隣へ来てくれる。

と、そっと手を握られた。

 

「!…はる?」


「…………行こ、うみ」

 

驚くぼくから目を逸らして、少し照れるはるがいた。

ぼくは胸の高鳴りに合わせて、ぎゅっと手を握り返す。

陽は落ちたはずなのに、暑くて、熱くて仕方がない。

 

「…うん!」

 

はるはいっつも、言葉足らずだ。

それでも、たしかに伝わってくる。

握られた手を通して、はるの想いが。

 

たった五文字が、喉から出かかって、飲み込む。

 

ぼくらは繋いだ手を離さないように足並みを揃えて、コンビニへ向かった。

 


 ✱ ✱ ✱

 

眠そうな若い男の店員から目を伏せ、足早にコンビニを後にする。

ビニール袋の持ち手を二人で一つずつ持って、海を横目に並んで歩く。

 

"ぼくは今、ちゃんとしあわせだ"

 

噛み締めて、一歩一歩。

 

はるは、とても柔らかい表情で、けれど何処か虚しそうだった。

 

 

 ✱ ✱ ✱

 

「「いただきます」」

 

声を揃えて、二人で手を合わせてそう言う。

この瞬間だけは、昼夜問わず、ぼくらの昼休みだ。

 

「ん、珍しい!はるもお弁当なんて」

「いつもはおにぎり1つだけ〜とかなのに」


ぼくは唐揚げ弁当の唐揚げを頬張りながら、はるに言う。

 

「うみと同じの、食べたくて」

 

さらりとそう言って、同じように唐揚げを頬張る。

ぼくは照れくさくて、思わず口元が緩む。

ハッとして、慌てて話を続ける。

 

「た、食べ切れるの!」

 

「多分、これくらいなら食べ切れる」

 

はるは言いながら、次々に唐揚げを口に運ぶ。

 

「へえ、意外!はるって少食なんだと思ってた!」

 

「自分、意外と食べるんです」

 

声のトーンは変わらず、ただ少し悪戯っぽく笑ってはるは言う。

つい、目が合って、その瞳にまた吸い込まれる。

()()()ちゃんと、目に光が宿ってる。

 

「…きれい」

 

つい、箸が止まって、溢れ出す。

 

「やっぱり、はるの目はきれいだね...」

 

はるは驚いた顔をして、それでもやっぱり綺麗で。

 

「………自分は、嫌い」

 

「え」

 

見とれるぼくの目を覚まさせるように、はるは目を逸らす。

 

「なんで。青みがかって、本当にきれいなのに──」

 

「この目は!…自分を孤独にさせる」

「………ごちそうさまでした」

 

いつの間にか食べ終わり、はるは先にそう言った。

ぼくは、はるにとって何か触れられたくないものに触れてしまった。

 

いつもは二人で手を合わせて言うはずのその言葉を、一人で。

はるが、一人で先に行ってしまったような。

それがどうしようも無く悲しくて、ぼくは弁当を横に置いて、俯いて、何も言えなくなった。

 

 

「─────この目は、家族で一人だけだったから」

 

暫くの沈黙を破り、はるはぼくに教えてくれた。

 

「父も、母も、兄も、みんな自分とは違った。自分が産まれる前に死んだ祖父だけが、同じ目だったらしい」

「小学生の頃は、よくそれで虐められた。『ガイジン』とか言われたりしてね」

 

ぼくは話を聞くうち段々と顔を上げて、はるを見る。

はるは、海の方を、いいや、もっと遠くを見ていた。

 

「でもその度に…上級生のお兄ちゃんが助けに来てくれたの。自分の前に立って、いじめっ子を追い払って、かっこよくて」

 

無意識、だろうか。

はるのその瞳から、涙の雫がこぼれていく。


父を失い、母を失い、話の中の兄も幻になり。

 

もしも、ぼくはこのまま帰っても、両親が居る。

姉も居て、猫も数匹居る。

酷く叱られるだろうし、姉からは軽蔑されるだろう。


けど、たったそれだけだ。

はるは、帰ってももう、叱ってくれる人は居ない。

ただ勢いで、はると共にここまで来てしまった己を恥じた。

 

「…は、る」

 

上手く声が出なくて、また、きみが遠い。

 

「…………これ、」

 

上手く言葉が出なくて、ただ、君にハンカチを渡す。

いつかの、君に拭ってもらったハンカチを。

ちゃんと、丁寧に、洗って返そうって。

 

「…あれ、自分、なんで」

 

はるは、そうしてようやく、自分が泣いていることに気付き、頬を触る。

 

「…これ前に、自分があげたハンカチ?」

 

「うん…ちゃんと、返そうって…ずっと思ってた」

 

はるは、ほんの少しだけ迷ってから、

 

「ありがとう、うみ」

 

ハンカチを手に取って、涙を拭いた。

 

 ✱ ✱ ✱

 

「突然昔の話なんてしてごめん」

 

少し濡れたハンカチを膝に置いて、はるは謝った。

 

「ううん…!ぼくこそ、突然はるの嫌いなものを褒めたりして…ごめんね」

 

はるは意外にも、ふふっと笑った。

 

 「そこは、いい。…うみが綺麗だと思ってくれるなら、きっとこの目は綺麗なんだ」

 

当たり前みたいに言うはるのその言葉が、嬉しくて。

胸がぎゅっと、痛んだ。

 

今話も読んで頂き有難うございます。


次話もよろしくお願致します。

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