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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
35/48

35 淡く澱んだ夏色に


綾波が武仁の家に泊まるようになってから、3年が過ぎた。

阿澄家には、時々服を取り換えに帰る程度で、殆ど同棲だった。

再会して1年くらいの頃は、お互い'友人'という関係で一線を引いていたが、3年も経てば、関係性も変わっていた。

 

  ✱ ✱ ✱

 

 「おかえり武仁〜」

 

玄関まで駆け足で迎えに来てくれた彼女は、エプロン姿だった。


 「ただいま」

 

俺が鞄を置いて靴を脱いでいると、彼女は鞄を取って、

 

 「今日は肉じゃが!!」

 

と楽しげに歯を見せた。

 

こうしていると、再会した頃の面影もないように思える。

彼女はただの素敵な奥さんで、自分達はただの幸せな夫婦。

 

 「ありがとう、鞄も」

 

お礼を言ってから、俺は彼女を優しく抱きしめた。

 

 「もう帰ってすぐ……甘えん坊め」

 

こそばゆそうに笑う彼女に、ただ幸せを噛み締める。

 

  ✱ ✱ ✱

 

 「「いただきます」」

 

二人で手を合わせてから、夕食を摂る。

 

今はまだ、大丈夫。

 

俺が洗い物をして、その間に彼女がお風呂に入る。

 

まだ、大丈夫。

 

彼女がお風呂から出て、俺は素早く風呂に入り10分もせずに出る。

 

大丈夫。まだ、

 

 「───波琉と波人、どうしてるかな」

 

二人でベッドに入ると、彼女は必ずそう呟く。

自分の苦しみから逃げる為、大切な子供達を家に残し、今はほとんど育児放棄の状態。

そんな自分の行動を、彼女はいつも後悔していた。

 

 「ちゃんとご飯は買っておいてきたんだろ、なら大丈夫だよ」

 

薄暗い寝室の中、背と背を合わせたままそう励ます。

 

 「二人なら大丈夫。綾波は、自分の為にここに居るんだから」

 

 「二人...か...」

 

小さく呟く彼女の声は、若干寂しそうだった。

 

少しして、彼女はくるりと寝返りを打って、俺の背中に抱きついてきた。

ぎゅっと抱きしめるその手は震えていて、俺はそっとその手に触れる。

 

彼女はきっとまだ、俺に話していない事がある。

特に、兄・波人君の話をする時、どこか気まづそうな顔をするのが、引っかかっていた。

そんな罪悪感や、申し訳なさで、彼女はいつも怯えていた。

 

 「もう眠ろう、おやすみ綾波」

 

 「...うん」

 

彼女は何か言いたげに、けれどそれを飲み込んで、ゆっくりと目を閉じた。

 

夜中、ふと目が覚めて隣の彼女を見ると、涙でびしょ濡れのタオルを抱いて眠っていた。

 

 ✱ ✱ ✱

 

毎日、夜になると綾波は不安そうな顔をする。

と言うより、申し訳なさで潰れてしまいそうな。

 

自分の身を、心を守る為だと。

武仁が毎晩そう言って宥めても、綾波の中で罪悪感が消えることは無かった。

 

 ✱ ✱ ✱

 

彼女は、幸せそうに笑う反面、精神はかなり不安定だった。

ある時から、精神科で処方される薬の量も倍になり、更に情緒の上下が激しくなっていた。

 

 

今思えば、この頃からお互い、壊れ始めていた。

 

「───私さ、一度ちゃんと波琉達と話そうと思う」

 

夕食の途中、彼女は唐突にそう言った。

 

 「…どうして?」

 

俺は内心、やめて欲しい、と願いながら尋ねた。

 

「もう3年だよ。そろそろ、ちゃんとしなきゃ」

「自分の為に逃げるんじゃなくて、2人…の為…に…」

 

彼女はみるみる内に青ざめ、震え出した。

 

 「私の、わたしのせいで、あ、あああぁ!」

 

顔を覆い、ガタガタと震えながら涙をこぼす。

 

 「大丈夫、無理に向き合わなくていい...!」

 「綾波は、綾波の為に生きればいい!」

 

発狂しかけている彼女を抱き締めて、必死に言う。

あの家に戻る度、彼女は壊れていく。

脆く、脆く、不安定に。

これ以上、向き合って欲しくない。

 

「......ダメ!!!言われたの、波人に...!」

 

いつも腕の中で暫くしたら大人しくなる彼女が、今日は俺を突き放した。

その衝撃で、彼女の箸が床に落ちる。

 

 「...何て言われた?」

 

こんな事で、いちいち寂しくなっていられない。

冷静を装わなければ。

 

「波人が...これ以上母さんがっ...家庭を放棄するなら、家を出て、東京に出るって...」

 

「そんな...。波人君が家を出たら波琉ちゃんは...」

 

波琉ちゃんはまだ中学生だ。

収入は俺が多少負担したとしても、広い一軒家に1人で住むなんて、あまりにも。

 

「あまりにも酷いでしょ!?」

「でも元々は私のせい!家に、...あの思い出だらけの家に、帰りたくないせい」

 

 「......」

 

思い出だらけの家。

そう聞いて、何が触れられたくないものに触れられたような、不快感を覚えた。

 

「私が死んだら、労災とか降りるかな?そしたら波人も波琉も、二人で生きていけるかな!?」

「ねえ、武仁──────」

 

 「帰ろう」

 

 「え...?」

 

今の彼女は、自らを死へ誘っている。

とても危険だと思った。

だから無理やりにでもそこから引き離そうと。

 

 "そんなのは言い訳だ。"


 「...るせぇな」

 

 「たけ...ひと...?」

 

潜在意識の自分が、現実を突きつけようとしてくる。

小さい声でそれを払って、驚く彼女の目を見る。

 

「綾波、この家を売り払おう。そして、波琉ちゃんと波人君と、綾波と、俺」

「あの家に、四人で住もうか」

 

淡々と、微笑みながらそう言った。

ああ俺今、すげえ嘘くさい笑顔だろうな。

 

 「急に、どうして......?」

 

当然戸惑う彼女に、俺はそれっぽい理屈を並べたような気がする。

正直、よく覚えていない。

 


────ああそうだよ。

それらは全て言い訳だった。

本当は壊したかったんだ。綾波をじゃない。

綾波が大事にしてる思い出ってやつを全部壊して。

 


 

 "俺が、塗り替えてやりかったんだ"


今話も読んで頂き有難うございます。


はるとうみ、武仁と綾波。

彼女達は、どこか似ています。


次話もよろしくお願い致します。

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