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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
32/48

32 夏はもうすぐ -はる


海に沈んでいく夕日を、二人でただ眺めていた。

 

まるでいつもの屋上みたいに、特に会話も無く時が過ぎていく。

自分が奪ってしまったその時間を、埋め合わせるようだった。


燃えるような夕焼けの空と、茜に染まる海の煌めきと。

いつまでも、このままで。

 

そんなことを願うほどに、ただただ幸せな時を過ごした。

 

 ✱ ✱ ✱

 

 「お腹すいたなぁ」

 

お腹を抑えながら、うみが呟いた。

すっかり日も沈み、ぼんやり明かりが灯る道を歩く。


うみを隣に、海を背に。

住宅街を抜け、二人は長い石の階段を登っていた。

 

 「飴ならあるよ、要る?」

 

自分が差し出した蜂蜜味の飴に、うみは目を輝かせる。

 

 「要る!ありがとう!」

 

無邪気で、可愛くて、やっぱり愛おしい。

嬉しそうに飴を頬張るうみに、自分の表情も心も、優しく緩む。

 

 ✱ ✱ ✱

 


長い長い階段を登りきって、ようやく神社に辿り着いた。

 

 「到……着……!」

 

うみはすっかり疲れ果てて、鳥居の傍でしゃがみ込んだ。

 

 「お疲れうみ」

 

自分は水の入ったペットボトルをうみに差し出す。

 

 「お疲れぇぇぇ……って、はるは飲まないの?」

 

 「うん、そんなに疲れてないから大丈夫」

 

 「ええ!?はる体力やば…あ、ありがとう!」

 

うみは驚きつつもペットボトルを受け取り、勢いよく水を飲んだ。

 

 「体力は、ある方……なのかな」

 

今まで気にしたことも無かったので、うみに言われて驚いた。

零れるギリギリまで足してあった水を半分以上飲んだうみが、勢いよくペットボトルを口から離して、


 「凄いある方だよ!!こんな長い階段登っても疲れてないなんて」

 「スポーツ選手みたいだよ!もはや!!」

 

力強くそう言ううみが可愛くて、思わず、ふふっと笑ってしまった。

 

 「疲れてないわけではない、けどね」

 「けどそっか、今まで考えたことも無かったな」

 

スポーツ、なんてやっている余裕も無かった。

なるべく家から離れた高校を目指す為に、勉強ばかりしていたせいで。

 

 「はるは陸上の選手とか、絶対似合うよね」

 

うみは楽しそうに、走るはるを思い浮かべた。

 

 「陸上、か」

 

夢を抱いたことなんて無かったけれど。

うみが言うなら少し、目指してみたいと思った。

 

思いかけて、未来を生きることが怖くなった。

その恐怖を誤魔化すように、コンビニの袋を漁って、

 

 「うみ、花火、早くやろ」

 

そう言って、下手くそに笑うことしか出来なかった。

 


 ✱ ✱ ✱

 


二人以外、誰も居ない。

この世界に、誰も居ない。

ただ遠くに、波の音が響くだけ。

 

二人だけの世界に、小さな花の火が灯る。

小さいけれど、とても眩しい。

その光の花は、強く美しく咲き誇る。

 

 「見て見てはる!ハート!!」

 

手持ち花火を手にうみは、空中へハートを描く。

 

 「すごい……!」

 

生まれて初めて見る光のハートを、ただ美しいと思った。

きっと紛れも無い、うみが描くハートだから。

 

自分も真似をして、ハートを描いてみる。

けれど、うみのように綺麗に描けなかった。

 

 「はる!もっと素早く!シュシュシュって!」

 

小さい子のようにはしゃぎながら、うみはやって見せてくる。

素早く火花を散らしながら、今度は星を描いた。

 

 「うみ、すごい」

 

楽しそうなうみを見ているだけで、ただ幸せだった。

眩いその光が見せる、幻かと思うほどに。

 

 

 「───あれ、もう全部無くなっちゃった」

 

楽しい時間はあっという間と言うけれど、本当に一瞬に感じられた。


自分が花火セットの袋にゴミをまとめようとすると、外側に付属した透明の袋を見つけた。

 

 「うみ、これ…」

 

そっとうみにそれを見せると、うみは今日一番の笑顔で、

 

 「線香花火!!!」

 

と無邪気に喜んだ。

 

 ✱ ✱ ✱

 

二人だけの広い世界のなか、肩が触れるほど身を寄せ合い、しゃがむ。

 

オイルライターを灯し、そっと線香花火に近付けた。

 

 「は、はる!早く早く!対決しよ!!」

 

うみはそう言って急いで、自分の線香花火にも火を付けてくれた。

 

 「揺らしたりすると落ちちゃうからね!」

 

何故か小声でそう言ううみの瞳は、線香花火に釘付けだった。

はるもうみにつられるように、線香花火をじっと見つめた。

 

パチ、パチパチ。

小さな朱色の玉から、先程よりもずっとずっと小さな花が咲いた。

 

 「綺麗……」

 

現れては瞬時に消える、小さな光の花々。

はるもうみも、思わず見とれてしまっていた。

 

 「こんなに……きれいだったっけ……」

 

線香花火の音に掻き消されそうなほど、小さくうみが呟いた。


 

本当に、本当に綺麗で。

小さな小さな花の火は、二人のささやかな幸せの時を映すようで、何故か胸が締め付けられた。


"あとどれくらい、この幸せは続くだろう"


 

そんなことを思った瞬間に、

 

 「あっ」

 

ポトリ、と小さな火の玉が落ちた。

 

 

 「うみの勝ち」

 

そう言って、うみに笑いかけて見せる。

立ち上がり、残った部分をゴミ袋に入れた。

 

「ぼくの方が早く付けたのに、はる、下手だなぁ」

 

そう言ううみも、どこか無理やり笑っているように見えた。

 




 

 

うみの線香花火は、弱々しく最後の花弁を散らしていた。

今話も読んで頂き有難うございます。


このお話は、この作品を始めた頃からずっとずっと書きたい思っていた、花火のワンシーンです。

二人だけの世界で、二人だけのささやかな花火を。

是非好きな音楽などを耳に入れつつ、暖かく見守っていただけたなら幸いです。


近頃は、こんな幸せがあとどれ程続くのだろうと、書きながら少し、寂しく思ったりします。

二人だけの、限られた時間をこれからも描いていけたらと思います。


次からは初の父親・仲村武仁編になります。

暴力と暴言ではるを支配しようとしたその男の、心の内と葛藤を少しでも感じて頂けるように。


はるの母・綾波との出会いを。


よろしくお願い致します。

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