表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波、晴るる。  作者: 潮留 凪
3/47

3 きみがくれた夏


 

しぬのかと問われて、言葉に詰まった。

しんでしまえば、きっと楽になれる。


でもどうしてだろう。


 

 “目が、そらせない” 

 

 

瞬間、彼女はそれなりに高さのある塔屋から軽々と跳んで、着地した。

そしてぼくの方へ真っ直ぐと、歩いて来た。

 

その姿が美しくて、不思議で、目が離せなかった。

なぜだかぼくは、彼女は風のようだと思った。

 

 

 「しなない、の?」

 


彼女はぼくから目をそらすことなく、問いかけた。

 

 「し、しなないと……早く楽にっ」

 

ぼくは、あまりにも吸い込まれそうな瞳に見つめられ、戸惑ってしまった。


と、強い風が吹いた。

 

 「わっ」

 

ぼくは体勢を崩し、落ちそうになった。

 

そうだ、しぬんだ。

しんで、楽になるんだ。

早くさよなら、しなきゃ、なのに。

 

咄嗟に、この手を伸ばしてしまった。

 

 「たす、け」

 

声にならない声で、ぼくは、叫んでいた。

 

瞬間とほぼ同時に、彼女が、ぼくの手を掴まえた。

掴んだその手は、とても力強くて。

 



 「───────生きたい?」



 

彼女はそう、はっきりとした声で聞いた。


うまく息が、出来なかった。

心臓の音が、煩かった。

 


 「生きたい」


 

ぼくは掠れた酷い声で、けれど強く答えた。

彼女の目を、しっかり捉えて。

 

その言葉を受け止めるように、彼女は力強く頷いた。

 

折れそうなほど華奢な彼女が、ぼくを精一杯引き上げる。

お互い、学年も名前も知らないのに。


彼女はただ、ぼくを助けてくれた。


 ✱ ✱ ✱



なだれるように、二人で地面にへたり込む。

 

助かって、しまった。

しんでしまえば、きっと楽になれたのに。



彼女のせいで───────


 


───隣の、息を切らした彼女を見て、そんな思考は丸めて捨てた。


けれど、しにたかったぼくは、素直に『助けてくれてありがとう』とは言えなかった。

 

息を整えるため、しばらくの沈黙が続く。

ただ小さく、一匹の蝉の声だけが響いていた。


 

蝉の音を遮るように、ぼくは口を開いて、

 


 「……きみは誰?」



 

✱ ✱ ✱


ぼくは、彼女を知らなかった。

元より、学校に居場所など無かったため、周りをよく観察するようにしていた。


極力、誰かの怒りに触れぬように。

相手のことを把握しているように。

 

でも、彼女を見た事は一度もなかった。

 

 

彼女が何も答えないので、ぼくは思ったことを立て続けに、質問攻めをした。

 

 「同級生?同じクラスですか?」

 「でも、見た事ないし…」

 「いつも屋上に居るんですか?」

 「鍵は閉まってる…はずなのに…」

 「もしかして…きみはもう死んでるとか!?」

 

ぼくが次第に敬語も忘れてしまうほど、怯えた様子を見て、彼女は小さく笑った。

 

 「生きてるよ。さっき、自分に触れたでしょ」

 「もう一度、触ってみる?」

 

そう言うと彼女は、ぼくの手を掴んで、丁寧に両手で握った。

 

 「…生きてる」

 

その手は、とても暖かかった。

 


と、彼女はさらりと手を離して立ち上がった。

そしてまた真っ直ぐな目でぼくを見て、



 「ねえ、」

 「きみは生きたいって、言ったよね」


 「…はい」

 

 「じゃあ、約束して欲しいことがある」


 

彼女はそう言って、前に歩き出す。


止まってから、風と共に振り向いて、

 

 


「自分が助けた命、誰かの為に使うまで、絶対に死なないこと」

 


そう、柔らかく微笑んだ。

 


 

 

 





 

そうしてぼくは、彼女の約束によって、もう少しだけ生きることになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ