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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
29/48

29 それは夏の宝石のような


寝ぼけ眼のまま、ぼくらは始発電車に乗った。

 

早朝、ラッシュ前に着いたのは大きな都心の駅。

改札の脇に置かれたATMで、ぼくは今までのバイト代を全額、引き出した。

夜行バスの乗車券を二人分購入しながら、初めて来る都会がはるとであることを嬉しく思った。

 

広い駅で迷わないように、予め調べておいた道のスクリーンショットを確かめる。

 

本当は、夏休みに二人で来るつもりだった。

 


 "こんな形じゃなくて、"

 


思いかけて、すぐに仕舞った。

どんな事情かなんてぼくらには、()()()()関係のないことだから。

 

これはただの、少し早い夏休み。

そう、きみが言ったように。

 

動き出した都会の波と共に、バスが発車した。


 

 

数時間後、サービスエリアに停車した。

目的地に着くまではなるべくお金は節約しようと決めて、昼飯はおにぎりを一人一つ。

  

 「今日は全部はじめてで、楽しいな」

 

自販機で購入したオレンジジュースをフタを締めながら、はるに笑いかける。

はるは、窓の外を眺めるばかりだった。


 

 ✱ ✱ ✱

 

 

────昇りはじめた光の眩しさで目を覚ました。

濡れた頬を雑にぬぐって、身体を起こす。

 

 

 『 夢じゃなくて、ごめんね 』

 

 

頭に響くその声が、言葉が、ぼくを現実に引き戻した。

これは、夢じゃない。

けどいいんだ、ぼくは、はるさえいれば……。

 


思って、ハッとした。

いつの間にか、リュックを枕にして寝ていたらしい。

ぼくは慌てて立ち上がり、辺りを見渡した。

 

はるは、背中合わせの反対側の椅子に座っていた。

いつ移動したのだろう、全く気づかなかった。

 

 「はる、おはよう」

 

声を掛けても、はるは無反応だった。

聞こえてないのかと思い、はるの目の前に立った。

 

はるは、目を開けたまま、どこかを見ていた。

あぁ、そっか。

その交わらない瞳を見れば、すぐにわかってしまった。


 

 "はるは今、ここには居ないんだね"


 

ぼくはただ目を閉じて、深呼吸をした。

うん、大丈夫。

今はただの機械人形、それだけ。

 

水をくれたはるも、膝枕をしてくれたはるも、おやすみをくれたはるも。

全部幻だったのか、夢だったのか。

どのはるが本当で、今、どれが現実なのか。

 

わからない。

わからないから、もうわからなくていい。

 

 

ぼくの中で、何かのスイッチが切り替わる音がした。

 

 

ただ、行こう。

はると約束したあの海へ。

 

 

頭上の掲示板が付いて、アナウンスが鳴る。

ピ!という改札の音がして、サラリーマンが一人階段を降りてきた。

欠伸をしながら、スマホを見ている。

 

ぼくは素早くリュックを背負い、はるの前に立って、

 

 「行こう、はる」

 

と手を伸ばした。

 

はるは何も言わずにリュックを背負い、ぼくの手を掴んだ。

 

 

✱ ✱ ✱

 

──────バスは、ひたすらに走り続けた。

数時間おきにサービスエリアに停車し、後はただ目的地へと向かうだけだった。

一番安いバスだからなのか満席で、座席を倒すことも出来ず、ただ窮屈な時間が過ぎていった。

 

そして、数十時間かけてようやく海へと続く県に到着した。

 

辺りはすっかり暗く、真夜中だった。

バスから降り、ぼくがぐんと伸びをしていると、はるは無言で腰をトントンと叩いていた。

 

 「疲れたぁ。腰痛いね」

 

ぼくはバスに乗っている間も、こんな風にただいつものように話しかけていた。

例え返事が無くても、はるにはきっと、ぼくの声が届いてる。

そう信じて、心に言い聞かせて。

 

 

 「うみは大丈夫?」

 

 

唐突に呼ばれた名前に、一瞬固まってしまった。

腰を抑えながら、少し困ったような顔で微笑む。


 

 "ああやっと、はるに会えた"

 

 

その声を聞くのは、その美しい瞳を見るのは、すごくすごく、久しぶりな気がして。

 

ぼくは泣きそうな気持ちをぐっと堪えて、

 

 「大丈夫、カチコチだけど」

 

と笑って見せた。


✱ ✱ ✱

 

 

降りた場所から少し歩いて、適当に開いている飲食店に入った。

はるとこんな風に外食をするのは初めてで、なんだか照れくさかった。

食べているはるを見つめながら、その味を噛み締めるようにゆっくりと味わった。

その店で一時間くらい休憩した後、のんびり歩いて駅に向かった。

 


夜明けと、始発。

ぼくらは、再び電車に揺られた。

 

 

はるは、あの海に近づくにつれて、いつものはるになっていった。

 

いつも当たり前のように見ていたはるの目が生きていることが、今は何よりも嬉しくて。


だけど、そんなはるを見ている自分が、少しだけこわかった。

 

 

いくつも乗り継いで、目的の海に辿り着くための最後の電車に乗った。

ぼくは安心したのか、ウトウトしてしまった。


✱ ✱ ✱

 

 

─────一時間ほど寝ていたらしい。

目的地までは、もう残り二駅だった。

 

隣に座っていたはずのはるは、また居なくなっていた。

リュックが頭上に置いたままだったので、降りてはいないと思い、とりあえず車内を探した。

 

二人分のリュックを抱えて車両を移動して行くと、先頭車両に立つはるを見つけた。

 

 「はる!探したよ」

 

声をかけると、振り向いたはるは泣いていた。

とても寂しそうに、表情いっぱいに悲しみを浮かべて。

 

ぼくは驚き、リュックなんか放り投げてはるに駆け寄った。

 

 「どうしたの!?」

 

はるはただ、下を向いて首を振るばかり。

 

 「何かあったの!?」

 

心配と驚きで、ぼくは必死になってはるの肩を揺らして聞いた。

 

 「……何でもない」

 

はるは腕で素早く涙を拭いて、微笑んだ。

 

ぼくが寝ている間に、絶対何かあったんだ。

ぼくがうっかり寝たりなんかしなければ、はるに、あんな顔。

誰よりもぼくが、ちゃんと見ていなくちゃいけないのに。

 

はるはぼくが放り投げたリュックを拾って、はい、と渡した。

 

 「……ありがとう」

 

なにを言えばいいのか分からなくて、ただリュックを受け取った。

瞬間、トンネルに入り、景色が暗くなった。

 

 「座ろうか」

 

はるに言われるまま、リュックを前に抱えて二人で席に座った。

 

隣にいるのにとても、はるを遠く感じた。

それが不安で、怖くて、どうしても聞きたかった。


 

 「……ねえ、やっぱり─────」


 

 『次は』

 

アナウンスの声とともに、トンネルを抜けた。

突然の光はあまりにも眩しくて、目がくらんでいると、はるが勢いよく立ち上がった。

 

 「きた!」

 

いつになくテンションの高いその声に、ぼくはゆっくりと目を開けた。

 

 

 

 



 

───────それは、青く、ただ青く。



 

朝日に煌めく宝石のような海が、ぼくらの目に飛び込んできた。

 

今話も読んでいただき有難うございます。


ついに、この物語も終盤に差し掛かろうとしています。

テーマであり、象徴である、海。


モデルとなっているのは、海の見える駅としてはかなり有名な、愛媛県の下灘駅です。

この先はぜひ、頭に思い浮かべながら読んでいただけたら嬉しいです。


次話も、どうかよろしくお願い致します。

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