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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
28/48

28 夏の、幸せが過ぎて


夢を、見ていた。

 

目を覚ますと、目の前は学校のプールだった。

真っ白な入道雲が、大きく沸き立つ。

光を反射した水が、きらきらと揺らめく。

 

 「うみ、おはよう」

 

そして隣には、優しく目を細める大切な人。

 

 「おはよ。ふあ〜…寝ちゃってた」

 

顎が痛いほど大きなあくびで、涙が出た。


 

はるは、ぼくのしずくを細い指でそっと拭って、

 

 「もう昼休み終わっちゃうね」

 

と寂しそうに笑った。

 


ぼくはその表情にぎゅっと胸が痛くなって、思わず立ち上がった。

はるも一緒に立って、ぼくの手を掴んだ。


 

 「…ねえ、いっそこのまま二人で、水になろうか」

 

 「え?」


 

はるはぼくを掴んだまま日陰から飛び出した。



 「ちょ、まっ」

 

待ってという間もなく、そのまま。

 


 ✱ ✱ ✱




───大きな音ともに、大きな水しぶきがあがった。

 

 


しゅわしゅわと炭酸のように弾ける泡が、水中で溶けていく。

凄く冷たくて、でも心は温かくて。

 

 「ぷはっ」

 

息をするのを忘れていたぼくは、苦しくなって水面から顔を出す。

はるも、ぼくに続くように顔を出した。

お互いにびしょ濡れで、それ以上に幸せで。

 

ぼくもはるも、何かに耐えきれなくなって笑い出した。

 

笑って、笑って、涙が出るほど笑い合って。

いつも無表情なはるが、こんなにも、笑っている。

 

笑いが収まって直ぐに、チャイムが鳴った。

ぼくらは顔を見合わせて、言葉なんて要らなかった。

 


"そんな音、ぼくらの世界には聞こえないよ"って。



そう言うみたいに、ただ水の上で二人、仰向けに浮かんだ。

 

しばらく、いつものように会話のない時間が過ぎた。

セミが忙しなく、騒がしく、…必死に鳴いていた。

 

✱ ✱ ✱



 「そろそろ上がろうか」

 

ぼくはその提案にうなずいて、プールから上がる。

 

濡れたセーラー服をフェンスに掛ける。

リュックからタオルを取り出し身体を拭いて、後は自然に乾くのを待つしか無かった。

 

服を掛けた所から少しだけ離れたフェンスに寄りかかって、二人で座った。

 

濡れた身体を、照りつける日差しが暖め乾かす。

いつもの屋上じゃないけど、いつもと変わらない愛おしい時間。

それを身に染みて感じて、思う。

 

今までのは全部悪い夢で、この愛おしい日常は、ひとつも終わってなんかいなかったんじゃないかって。

はるは変わらなくて、変わらず綺麗で、ぼくと居てくれて、ぼくと、あんなに、笑って、くれて……

 

その不自然さに気付かないふりをして、首を振る。

きっとあれは全部、全部全部。

 


 「ねぇ聞いてよはる!さっき変な夢を見てねっ」




 


────振り向いて、固まった。

 

はるは服を着ていて、髪一本濡れていない。

それどころか、さっき目覚めた時と何も変わらなくて。

 

 「変な、夢?」

 

さっきと、何も変わらないはるが、さっきと何も変わらない、優しい表情で。

 

 「う、ううん……!内容、忘れちゃった」

 

誤魔化して視線を落とすと、ぞっとした。

ぼくも、全く濡れていなかった。

乾かしたはずの服は、何も無かったように着ていた。

 


 「や……やだ」


 

手が、震えた。

目の前が、ぐらぐら揺れた。

 


 「やだ、やだ、やだやだやだ……」

 


覚めないで、夢。

ううん、これは夢じゃない。

 

これが現実、ねえ、そうだよね?

 

 「……うみ」

 

ふと、手を握られる感覚がした。

その手は、とてもとても、冷たくて。


 

 「ふっ……う……やだ……やだよ……」


 

握られた手に、ぽたぽたと、零れた。

 

ずっとずっと、おわらないで欲しくて。

ずっとずっと、続いて欲しくて。

 


瞬間、セミや、飛行機や、電車の、全ての音が、世界から消えて。

 





 「夢じゃなくて、ごめんね」

 






 

───────眩しさで、目を覚ました。

今話も読んで頂き有難うございます。


この話は正直、自分でも何度読んでも苦しくて、涙が出ます。

幸せで、愛おしくて、永遠に覚めたくない夢。


でも、夢はいつか覚めます。

幸せも、永遠には続かない。

……と、僕はそう思っています。


それでも尚、幸せを求めるのだから、人間とはあまりに切なくて、そして美しい生き物だと。


はるとうみの逃走はまだ続きます。

僕自身も胸を痛めながらですが、どうか温かく見守って頂けたら嬉しいです。


次話もよろしくお願い致します。

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