27 機械人形と、夏
〖第2章〗
手を取って、走って、走って、走って。
電車に乗って、終着駅で降りて、また電車に乗る。
どれくらい時間が経ったのか。
ガラスの向こう側の世界は、夜だった。
ぼくらは、随分と遠くまで来ていた。
例えばこれがアニメや映画なら、ピアノか何かが印象的な、音楽なんかが流れているだろうか。
隣に座る彼女は、ただ真っ直ぐ前だけを見つめていた。
段々と周りに人が少なくなって、とうとう誰も居なくなった。
トンネルに入り、窓に映るぼくら。
まるで、世界に二人きり。
✱ ✱ ✱
その日の終電がおわり、ぼくは電車から降りた。
はるもぼくの後に着いて、電車を降りた。
はるはただホームに立ち、次の電車を待っていた。
手を引いて逃げ出した瞬間から、はるはまだ一度も口を開いていない。
それどころか、心ここに在らずで、ただ前を見ているばかりだった。
「……はる、朝まで電車来ないよ?」
声を掛けると、一応ぼくの声は聞こえているらしく、振り向いてくれた。
「お腹すいたし、コンビニでも探そう?」
聞いても、返事はない。
分かっているけど、少し、期待して。
「行こ」
ぼくははるの手を握って、歩き出す。
見たことも聞いたことも無い街を、風に身を任せるように、二人で。
✱ ✱ ✱
──────確かに昨日、はるを助けた。
大事なものを全部失くして、自分も終わろうとしていたはるを。
生きてと、ただそう言った。
けど、本当にその通りで。
生きて、息をしているだけの、ただの機械人形のようで。
本当にぼくの隣に居るのは、はるなのかなって。
時々、一瞬だけ、怖くなる。
もし今何も言わずにこの手を離したら、はるは永遠にこの場所に居るのだろうか。
"隣にいられればそれでいいよ"
心に、ぼくに、必死に言い聞かせて歩き続ける。
はるが今何を思っているのか、ぼくには分からないから。
✱ ✱ ✱
「どこも閉まってるね」
1時間ほど歩き続けたが、お店は尽く閉まっており、コンビニも見当たらなかった。
ぼくは少し疲れて、その場でしゃがむ。
ぼくがそっと手を離すと、はるは立ち尽くしたままだった。
「あんまり駅から離れると道分かんなくなるし、そろそろ引き返そっか」
立ち上がり、再び手を取って、歩き出す。
来た道を真っ直ぐ、はるの見ている方向へ。
行きよりも早く着き、ぼくは駅の椅子に座る。
スマホの時計を見ると、午前3時だった。
「あと2時間くらいか」
はるは、ただぼくの前に立っていた。
「……座ったら?」
そう声を掛けると、はるは隣に座った。
「結構歩いたね」
「喉乾いたしお腹すいた!」
いつもなら当たり前に過ぎる沈黙の時間が、今はどうしてか怖くて。
ぼくは空元気に、話し続けた。
すると突然、はるがリュックをあさり出した。
そしてペットボトルの水を取って、ぼくに差し出した。
「うみ、自分ので良ければ、飲む?」
まるで、いつもの昼休みみたいに。
変わらぬあの表情で、ぼくをはっきりと認識して。
「……う、ん、ありがとうはる」
ぼくは、驚きと、嬉しさで、混乱した。
けどそれをはるに悟られては、はるまで混乱させてしまう。
ぼくも、ここはいつもの屋上だと思うことにして、水を飲む。
いつもみたいに、いいや、いつもよりずっと柔らかく。
ぼくをただ見つめて微笑むはるに、ぼくは少しだけ、胸がチクチクとした。
ごちゃ混ぜの感情と乾き切った喉で、気づけばペットボトルは空になっていた。
「あっ……ごめんはる、全部飲んじゃった」
申し訳ない気持ちでいると、はるは何も言わずに首を横に振った。
ぼくは安心したのか、疲れていたのか、急に眠気に襲われ、大きなあくびをする。
「うみ」
「ん?」
名を呼ばれ、振り返る間もなくぼくの身体は横に倒れた。
「……え」
理解が追いつかないまま頭を上に向けると、はるの顔が近かった。
「無理、しないで」
優しく頭を撫でながら、静かに囁く声。
気づくのに、割と時間がかかってしまった。
ぼくはハッとして身を起こした。
「ひ、膝枕!?なんでっ……」
単純に恥ずかしい、だけでは無いこの気持ちが、胸の中で騒がしく跳ねていた。
はるは何も不思議じゃないみたいに首を傾げる。
「嫌だった?」
その綺麗な瞳に吸い込まれそうで、つい目をそらす。
「……嫌じゃ、ない、けど」
なんていうか、あれだ。
はるは多分、天然たらし。
無自覚でこんなの、ずるすぎる。
「けど?」
食い気味で聞いてくるはるに、ぼくはますます落ち着かない。
「な、なんで、こんなこと、してくれるのかなって…」
オドオドと、不自然な様子のぼくを見て変だと思ったのか、はるはしばらく何も言わなかった。
恐る恐る顔を上げると、はるが変な顔をしていた。
決して、変顔という意味ではなくて、なんていうか、不自然な顔をしていた。
落ち着かないぼくよりも、もじもじとした様子で。
「……はる?」
よく、例えばお化け屋敷なんかで、自分よりもビビっている人がいると怖くなくなるとか、そういう現象を聞くけど、まさにそれで。
逆に、ぼくの方が落ち着きを取り戻していた。
名前を呼ばれて、はるはハッとした。
そして少し照れながら両手で太ももをトントン、と軽く叩いて、
「せめてものお礼………させて欲しくて」
恥らうその瞳が、微かな表情が、どうしようもなく愛おしくて。
「………お、お言葉に甘えますっ」
ぼくまで照れてしまって、それすらも幸せで。
そっと身体を横に倒し、はるに預けた。
はじめて感じる温もりに、ぼくは胸が苦しくなって。
「寝心地、悪くない?」
すぐ近くから聞こえる、はるの声が幸せで。
「…………はる」
ぼくが、ただ呟くように名を呼んで。
「うみ?」
きみが、少し震えているぼくに気づいて。
そして、名を呼んでくれて。
「ありがとう」
戻らぬ屋上に、昼休みに、そして戻らぬ日々のはるに向けて。
ただそれは、さよならの代わりに。
ぼくは温もりの上で、涙と共に目を閉じた。
「おやすみ」
聞こえぬほど小さく、そう囁かれた気がした。
今話も読んで頂き有難うございます。
はるは天然たらし&密かにマドンナ的な存在でしたが、ちなみにこれは兄・波人もです。(笑)
第2章突入により、二人の運命はより一層、周りを巻き込む渦となり、大きく揺れ動く。
次話も宜しくお願い致します。




