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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
27/48

27 機械人形と、夏

〖第2章〗


手を取って、走って、走って、走って。

電車に乗って、終着駅で降りて、また電車に乗る。

 

どれくらい時間が経ったのか。

ガラスの向こう側の世界は、夜だった。

 

ぼくらは、随分と遠くまで来ていた。

 

例えばこれがアニメや映画なら、ピアノか何かが印象的な、音楽なんかが流れているだろうか。

隣に座る彼女は、ただ真っ直ぐ前だけを見つめていた。

 

段々と周りに人が少なくなって、とうとう誰も居なくなった。

トンネルに入り、窓に映るぼくら。


まるで、世界に二人きり。

 


✱ ✱ ✱


その日の終電がおわり、ぼくは電車から降りた。

はるもぼくの後に着いて、電車を降りた。

はるはただホームに立ち、次の電車を待っていた。

 

手を引いて逃げ出した瞬間から、はるはまだ一度も口を開いていない。

それどころか、心ここに在らずで、ただ前を見ているばかりだった。

 

 「……はる、朝まで電車来ないよ?」

 

声を掛けると、一応ぼくの声は聞こえているらしく、振り向いてくれた。

 

 「お腹すいたし、コンビニでも探そう?」

 

聞いても、返事はない。

分かっているけど、少し、期待して。

 

 「行こ」

 

ぼくははるの手を握って、歩き出す。

見たことも聞いたことも無い街を、風に身を任せるように、二人で。

 

✱ ✱ ✱


──────確かに昨日、はるを助けた。

大事なものを全部失くして、自分も終わろうとしていたはるを。

生きてと、ただそう言った。

 

けど、本当にその通りで。

生きて、息をしているだけの、ただの機械人形のようで。


本当にぼくの隣に居るのは、はるなのかなって。

時々、一瞬だけ、怖くなる。

もし今何も言わずにこの手を離したら、はるは永遠にこの場所に居るのだろうか。


 

 "隣にいられればそれでいいよ"


 

心に、ぼくに、必死に言い聞かせて歩き続ける。

 

はるが今何を思っているのか、ぼくには分からないから。

 

✱ ✱ ✱

 

 「どこも閉まってるね」

 

1時間ほど歩き続けたが、お店は尽く閉まっており、コンビニも見当たらなかった。

ぼくは少し疲れて、その場でしゃがむ。

ぼくがそっと手を離すと、はるは立ち尽くしたままだった。

 

「あんまり駅から離れると道分かんなくなるし、そろそろ引き返そっか」

 

立ち上がり、再び手を取って、歩き出す。

来た道を真っ直ぐ、はるの見ている方向へ。

 

行きよりも早く着き、ぼくは駅の椅子に座る。

スマホの時計を見ると、午前3時だった。

 

 「あと2時間くらいか」

 

はるは、ただぼくの前に立っていた。

 

 「……座ったら?」

 

そう声を掛けると、はるは隣に座った。

 

 「結構歩いたね」

 「喉乾いたしお腹すいた!」

 

いつもなら当たり前に過ぎる沈黙の時間が、今はどうしてか怖くて。

ぼくは空元気に、話し続けた。

 

すると突然、はるがリュックをあさり出した。

そしてペットボトルの水を取って、ぼくに差し出した。

 


 「うみ、自分ので良ければ、飲む?」

 


まるで、いつもの昼休みみたいに。

変わらぬあの表情で、ぼくをはっきりと認識して。

 

 「……う、ん、ありがとうはる」

 

ぼくは、驚きと、嬉しさで、混乱した。

けどそれをはるに悟られては、はるまで混乱させてしまう。

ぼくも、ここはいつもの屋上だと思うことにして、水を飲む。


 

いつもみたいに、いいや、いつもよりずっと柔らかく。

ぼくをただ見つめて微笑むはるに、ぼくは少しだけ、胸がチクチクとした。

 

ごちゃ混ぜの感情と乾き切った喉で、気づけばペットボトルは空になっていた。

 

 「あっ……ごめんはる、全部飲んじゃった」

 

申し訳ない気持ちでいると、はるは何も言わずに首を横に振った。

 

ぼくは安心したのか、疲れていたのか、急に眠気に襲われ、大きなあくびをする。

 

 「うみ」

 

 「ん?」

 

名を呼ばれ、振り返る間もなくぼくの身体は横に倒れた。

 

 「……え」

 

理解が追いつかないまま頭を上に向けると、はるの顔が近かった。

 

 「無理、しないで」

 

優しく頭を撫でながら、静かに囁く声。

 

 

気づくのに、割と時間がかかってしまった。

ぼくはハッとして身を起こした。

 

 「ひ、膝枕!?なんでっ……」

 

単純に恥ずかしい、だけでは無いこの気持ちが、胸の中で騒がしく跳ねていた。

 

はるは何も不思議じゃないみたいに首を傾げる。

 

 「嫌だった?」

 

その綺麗な瞳に吸い込まれそうで、つい目をそらす。

 

 「……嫌じゃ、ない、けど」

 

なんていうか、あれだ。

はるは多分、天然たらし。

無自覚でこんなの、ずるすぎる。

 

 「けど?」

 

食い気味で聞いてくるはるに、ぼくはますます落ち着かない。

 

 「な、なんで、こんなこと、してくれるのかなって…」

 

オドオドと、不自然な様子のぼくを見て変だと思ったのか、はるはしばらく何も言わなかった。


恐る恐る顔を上げると、はるが変な顔をしていた。

決して、変顔という意味ではなくて、なんていうか、不自然な顔をしていた。

落ち着かないぼくよりも、もじもじとした様子で。

 

 「……はる?」

 

よく、例えばお化け屋敷なんかで、自分よりもビビっている人がいると怖くなくなるとか、そういう現象を聞くけど、まさにそれで。

逆に、ぼくの方が落ち着きを取り戻していた。

 

名前を呼ばれて、はるはハッとした。

そして少し照れながら両手で太ももをトントン、と軽く叩いて、

 

 「せめてものお礼………させて欲しくて」

 

恥らうその瞳が、微かな表情が、どうしようもなく愛おしくて。

 

 「………お、お言葉に甘えますっ」

 

ぼくまで照れてしまって、それすらも幸せで。

そっと身体を横に倒し、はるに預けた。

 

はじめて感じる温もりに、ぼくは胸が苦しくなって。

 

 「寝心地、悪くない?」

 

すぐ近くから聞こえる、はるの声が幸せで。

 

 

 「…………はる」

 

 

ぼくが、ただ呟くように名を呼んで。

 

 

 「うみ?」

 

きみが、少し震えているぼくに気づいて。

そして、名を呼んでくれて。

 

 

 

 「ありがとう」

 

 

 

 

戻らぬ屋上に、昼休みに、そして戻らぬ日々のはるに向けて。

ただそれは、さよならの代わりに。

 


ぼくは温もりの上で、涙と共に目を閉じた。

 

 

 



 

 

 

 

 「おやすみ」

 

聞こえぬほど小さく、そう囁かれた気がした。


今話も読んで頂き有難うございます。


はるは天然たらし&密かにマドンナ的な存在でしたが、ちなみにこれは兄・波人もです。(笑)


第2章突入により、二人の運命はより一層、周りを巻き込む渦となり、大きく揺れ動く。

次話も宜しくお願い致します。

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