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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
26/48

26 夏を力強く引き寄せて


 "寂しくても、いいや"

 

火曜の昼休み、ぼくはそう思って屋上へ向かった。

 


 

───はるが学校を休んでから、休日を跨いで四日が過ぎていた。

その間に、噂はどんどん広まっていた。

 

はるがあの男を誘惑した、だとか。

子供を中絶した、だとか。


皆、真実なんてどうでもいいようだった。

ただヒソヒソと、貶せる対象が欲しいだけ。

 


はるが休んでいる間、はるの居ない屋上が寂しくて、それよりマシと思ってトイレで昼食を食べていた。

けど、今日は何となく屋上に行きたかった。

というより、今日は会える気がしたんだ。

 

ぼくの、たった一つの光に。

 

小さく深呼吸をしてから、ぼくは屋上の扉を開けた。

期待と、不安を胸に、梯子を上って。

 

 「………はる」

 

初めて一緒に過ごした昼みたいに、はるは同じ場所で横になっていた。

 

はるは、ぼくの声に変わらぬ表情で振り向く。

 

 「うみ」

 

変わらない、はるの声。

ああ、はるだ。

幻でも、夢でもない。

 

 「はる!」

 

ぼくは急いで梯子を上りきって、はるの元へ駆け寄った。

ゆっくりと身を起こすはるを、構わず抱きしめた。

 

 「会いたかった、無事で、ほんとに良かった!」


 

ぼくはただ、全身ではるを感じた。

ぼくの希望、ぼくの生きる意味。

 

はるは、しばらく何も言わずに抱きしめられていた。

ぼくはただほっとして、嬉しかった。

 

少しして、はるはぼくの肩をそっと離した。

 

 「……うみ、昼、食べよう?」

 

優しく微笑むはるに、ぼくは慌てて謝った。

 

 「あ、ごめん!抱きしめすぎたよね、食べよっか!」

 

そう言って互いにコンビニの袋をガサガサとあさる。

この日は、二人ともサンドイッチだった。

 

大きな積乱雲を背に、ぼくらは昼食を食べる。

ぼくははるに会えたことが嬉しくて、はしゃいでしまって、ただ喋り続けた。

 

 「はるが居ない間、超寂しかったんだよ!」

 「クラスでも相変わらずだし、水かけられたりして、全く飽きないよねあの人たちはさ」

 

そしてつい勢いで、聞いてしまった。

 

 「ねえはる、なんで学校休んでたの?」

 

あのくだらない噂を信じてなんかいない。

信じてはない、けど、一応確かめたかった。

 

瞬間、はるの動きがピタリと止まった。

そして、ガタガタと震え始めた。

 

 「は、はる…?」

 

見たことないくらい怯えるはるに、ぼくは動揺した。

 

 「な、なんでも、ない…よ」

 

明らかに何かを恐がっているはるに、ぼくも何かが恐くなった。

 

ぼくは、何も言えなかった。

 

少しして、震えも治まった頃、先に食べ終わったはるは立ち上がって遠くを指さした。

 

「少し早い夏休み、でさ」

「あの向こうの海を見に行かない?」

 

はるは笑って振り返る。


ぼくは、ちがうと思った。

これは、本当のはるじゃない。

 

 「はる、話して欲しい」

 

ぼくは食べかけのサンドイッチを袋の上に置いて、立ち上がった。

 

 「はるが、こわいこと全部」

 「ぼくにも、背負わせてよ」

 

目を少し見開いて驚くはるの、手を掴む。

 

 「お願い」

 

ぼくが、君の全部を飲み干すから。

 

 「か」

 

はるは、また震えだして。

 

 「母さんが、死んで」

 

ぼくは、それだけでも胸が痛かった。

けど、ぼくが守らなくちゃ。

そう思って、より強く包むようにはるの手を握る。

 

 「うん」

 

 「お兄ちゃんが、出ていって」

 

 「うん」

 

はる、よく頑張ったねって。

そう、慰めるつもりだった。

 

 「突き落として、しまった」

 

 「……え?」

 

ぼくの、握る手の力が少し抜けた。

それに気づいたからなのか、はるはぼくの手を振りほどいた。

 

そしてぼくから少し離れて。

 

「父を、あの男を、思い切り……全部を込めて……!!」

 

 「……!」

 

 「そして、動かなく……なった」

 

ぼくは、怖かった。

はるが人を殺したことがじゃない。

 

 「そう、もう、生きていては……」

 

はるを、失うことだけが、怖かった。

 

地面のギリギリの端までつま先を出して、はるはまさに、飛び降りようとしていた。

あの時の、ぼくみたいに。


その身を向こう側に倒しかけた瞬間に、

 

 「許さないっ!!」

 

ぼくは走って、両手で掴んだ。

ただ強く、想いを込めて、しっかりと。

 

はるは下を向いたまま、抵抗もせず外側に身を委ねていた。

 

 「……うみ、もう、いい」

 

はるは、ただそう呟いた。

まるで、全てに諦めたみたいに。


 

 "絶対に、嫌だ"


 

「許さないから!!ぼくをこれ以上ひとりにしないでよ!はるは何も悪くない!死んで当然の人間を殺しただけだよ、はるは悪くない!!」

 

ぼくは、はるに生きて欲しかった。

 

ぼくは懇親の力で、思い切りはるを引き寄せながら、

 


 「生きてよ!!!」

 


怒るみたいにそう叫んで、はるをしっかり受け止めた。

あの時のはるみたいに、息を切らして。


はるは、地面に力無く崩れながら、静かに涙を流して放心していた。

 



 

そんなはるに、ぼくはただ、夏休みの提案みたいに、両手を握って。

 

 

 



 「──────ねえ、逃げよう?」

 

 

 

 

それは、この夏の全てから逃亡するための合図だった。

今話も読んで頂き有難うございます。


いよいよ、この物語のテーマである"逃走"への合図を、うみが口にしました。

ただこの先は、二人の世界を、全てから逃げることを選んだ二人の人生を、運命を、見守っていただけたなら。


これにて第1章・閉幕。


次話より、第2章となります。

今後も宜しくお願い致します。

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