25 疑心と澄空の夏 -うみ
はると出会ってから今まで、有り得なかったことが起きた。
水曜の昼、その日は雨が降っていた。
いつものように梯子の上には行かず、屋根のある扉の傍で昼ご飯を食べた。
基本的にぼくたちは一緒に居てもあまり喋らない。
それだけで良くて、それが当たり前で。
だからその日も、互いの名を呼んだ後は雨の話題くらいしか出なかった。
何も、不自然なところは無かったと思う。
けど次の日から、はるは学校に来なくなった。
ぼくが何かいけなかったのかな、とか。
怪我とか事故とか、そういうのじゃなきゃいいな、って。
ただまた"二人の昼休み"が戻ってくると信じて待った。
ぼくにとってはるは、心の拠り所で。
だからはるが居ない学校は、地獄そのものだった。
✱ ✱ ✱
昼休み、ひとりで屋上に居ても寂しいだけだと、トイレで昼食をとっていた。
誰も来ないはずの、三階一番奥の女子トイレ。
さすがに、ひとりぼっちは辛かった。
だけど、はるを信じた。
✱ ✱ ✱
金曜のことだった。
一応屋上に行き、はるが居るか確認してから、ぼくは一人で女子トイレに入った。
一言も発さずに、ただ黙々とおにぎりを食べている、その時だった。
「ここだって!」
「マジ?ここは流石にキモイって〜」
「見た奴がいるんだよ!」
聞き覚えのある声だった。
あの日、はると出会った日。
ぼくを笑いながら殺そうとした人たち。
その声は、だんだんと近づいてきた。
そして一番奥の個室を、雑にドンドンと叩いた。
「コンコン、入ってますかぁー」
「おーい、居るんだよな?」
「さっさと開けろよ、どんくさ女」
思わず、口を手で塞いだ。
震えながら、息を殺した。
どうか、どうかぼくに気づかないで。
「んねぇ、ほんとに居んの?」
「いなくね?やっぱガセ?」
そう、いない。
ここには誰も、いないから。
「居留守使ってんじゃねえだろうなー?」
「ちょっと中覗いてみない?」
やめて、お願いだから。
「ええ、なんか怖くない?」
「あ、ねえ、これどう?」
何やらくすくすと笑っている。
ぼくはただ、気配を消そうとするばかり。
「せーのっ!」
そう、聞こえた瞬間だった。
バシャン!と鉛のように重い水の塊が、ぼくの頭の上に落ちてきた。
「っ!ケホケホッ」
水が鼻に入って、思わず咳き込んでしまった。
「ほらやっぱ居たじゃん!!」
「ふざけんなよ!さっさと開けろ!」
ガタガタと無理やり扉を開けようとする彼女たち。
ぼくは脅えながらも必死に逃げようとした。
「そっちから開けないならドアぶっ壊すよー?」
今にも扉を壊して入ってきそうだった。
悪魔のような、カウントダウンを始めて。
ぼくは焦って、便器に上る。
そして彼女たちが扉に注目している隙に、よじ登って隣の個室に入った。
「ハーイ時間切れっ!」
そう言うと同時に、扉を思い切り蹴る音がした。
バン!と勢いよく開いた扉の奥に、ぼくはいない。
「……え、ウソ」
「は?居ないし」
「じゃあ、さっきの咳なに!?」
少しの沈黙の後、ギャー!という悲鳴を上げながらバタバタと出ていくのを、ぼく下から覗いていた。
「……はぁ」
危機一髪。
これで二度目だ。
ポタポタと髪や服から水滴が垂れる。
個室を出たぼくは、鏡に映る自分を見た。
「……みにくい、ぼく」
「汚くて、汚い、ただのぼく」
「こんなぼくを、はるは、」
呟いて、トイレを出た。
✱ ✱ ✱
もうすぐ4時間目が始まる時間だが、このまま教室に戻る訳にもいかず、屋上へ向かった。
途中、他クラスの女子たちが話す、とある噂が耳に入った。
「知ってる?A組の仲村、ずっと休んでんの妊娠してるかららしいよ」
「え、マジ?確かに最近見ないと思った」
「相手は?」
「それが、武人せんせーらしいよ」
「ウソ!?」
「家庭の用事でって聞いたけど、もしかしてそういうこと?」
「やばー!!」
ぼくは、走っていた。
彼女たちを避けるように、遠回りをして屋上まで。
はるが、妊娠……?
そんなわけない。
仲村先生と、はるが、そんな。
そんなわけない、のに、分かってるのに。
どうしてこんなに不安なんだろう。
仲村先生は、はるを虐待してたのに。
"けど、もし虐待じゃなくて"
「DV……だったら?」
屋上の扉が、風でキキッと音を立てた。
バタン!という閉まる音に、ぼくはハッとした。
「そんなわけ、ないよね」
ぼくは言い聞かせるようにそう呟いてから、セーラー服のスカーフを解いた。
"どうせ、ここには誰もこないんだ"
びしょ濡れの靴と靴下を脱いで、上も脱いだ。
脱いだ服を持ち、薄いキャミソール1枚で、ハシゴを上った。
そしてシワにならないように、脱いだ服を地面に置いて、風で飛ばないよう石で固定した。
ぼくも、服たちと同じように地面に寝転がる。
よく晴れた青い空と白い雲を眺めると、全てがどうでも良く感じられた。
「はるが居ないこの世界なんて、どうでもいいなぁ」
そんなひとりごとと共に、ゆっくりと目を閉じた。
今話も読んで頂き有難うございます。
衝撃的なはる編が終わり、ここからはいよいようみ編となります。
うみにとって唯一の心の拠り所である、はるがいない間、噂は膨らんでゆくばかり。
はるとの日々が戻ってくることだけを信じ待つうみですが、そんな心にも疑心が生まれてしまう。
今後二人の関係を更に歪なものとする"疑"というワードに注目いただければと思います。
風のように美しく儚いはるとは対照的ですが、不器用なりに真っ直ぐでただただ一生懸命な、うみのこともどうか、愛していただけたら。
次話もよろしくお願い致します。




