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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
25/48

25 疑心と澄空の夏 -うみ


はると出会ってから今まで、有り得なかったことが起きた。

 

水曜の昼、その日は雨が降っていた。

いつものように梯子の上には行かず、屋根のある扉の傍で昼ご飯を食べた。

 

基本的にぼくたちは一緒に居てもあまり喋らない。

それだけで良くて、それが当たり前で。

だからその日も、互いの名を呼んだ後は雨の話題くらいしか出なかった。

何も、不自然なところは無かったと思う。

 


けど次の日から、はるは学校に来なくなった。

 


ぼくが何かいけなかったのかな、とか。

怪我とか事故とか、そういうのじゃなきゃいいな、って。

 

ただまた"二人の昼休み"が戻ってくると信じて待った。

 

ぼくにとってはるは、心の拠り所で。

だからはるが居ない学校は、地獄そのものだった。

 

✱ ✱ ✱


昼休み、ひとりで屋上に居ても寂しいだけだと、トイレで昼食をとっていた。

誰も来ないはずの、三階一番奥の女子トイレ。

さすがに、ひとりぼっちは辛かった。


だけど、はるを信じた。


✱ ✱ ✱

 

金曜のことだった。

一応屋上に行き、はるが居るか確認してから、ぼくは一人で女子トイレに入った。

一言も発さずに、ただ黙々とおにぎりを食べている、その時だった。

 

 「ここだって!」

 「マジ?ここは流石にキモイって〜」

 「見た奴がいるんだよ!」


聞き覚えのある声だった。

 

あの日、はると出会った日。

ぼくを笑いながら殺そうとした人たち。

 

その声は、だんだんと近づいてきた。

そして一番奥の個室を、雑にドンドンと叩いた。

 

 「コンコン、入ってますかぁー」

 「おーい、居るんだよな?」

 「さっさと開けろよ、どんくさ女」

 

思わず、口を手で塞いだ。

震えながら、息を殺した。

どうか、どうかぼくに気づかないで。

 

 「んねぇ、ほんとに居んの?」

 「いなくね?やっぱガセ?」


そう、いない。

ここには誰も、いないから。

 

 「居留守使ってんじゃねえだろうなー?」

 「ちょっと中覗いてみない?」

 

やめて、お願いだから。

 

 「ええ、なんか怖くない?」 

 「あ、ねえ、これどう?」

 

何やらくすくすと笑っている。

ぼくはただ、気配を消そうとするばかり。

 

 「せーのっ!」

 

そう、聞こえた瞬間だった。

 

バシャン!と鉛のように重い水の塊が、ぼくの頭の上に落ちてきた。

 

 「っ!ケホケホッ」

 

水が鼻に入って、思わず咳き込んでしまった。


 「ほらやっぱ居たじゃん!!」

 「ふざけんなよ!さっさと開けろ!」

 

ガタガタと無理やり扉を開けようとする彼女たち。

ぼくは脅えながらも必死に逃げようとした。

 

 「そっちから開けないならドアぶっ壊すよー?」

 

今にも扉を壊して入ってきそうだった。

悪魔のような、カウントダウンを始めて。


ぼくは焦って、便器に上る。

そして彼女たちが扉に注目している隙に、よじ登って隣の個室に入った。

 

 「ハーイ時間切れっ!」

 

そう言うと同時に、扉を思い切り蹴る音がした。

バン!と勢いよく開いた扉の奥に、ぼくはいない。

 

 「……え、ウソ」

 「は?居ないし」

 「じゃあ、さっきの咳なに!?」

 

少しの沈黙の後、ギャー!という悲鳴を上げながらバタバタと出ていくのを、ぼく下から覗いていた。

 

 「……はぁ」

 

危機一髪。

これで二度目だ。

 

ポタポタと髪や服から水滴が垂れる。

個室を出たぼくは、鏡に映る自分を見た。

 

 「……みにくい、ぼく」

 「汚くて、汚い、ただのぼく」

 「こんなぼくを、はるは、」

 

呟いて、トイレを出た。


✱ ✱ ✱

 

もうすぐ4時間目が始まる時間だが、このまま教室に戻る訳にもいかず、屋上へ向かった。

途中、他クラスの女子たちが話す、とある噂が耳に入った。

 

 「知ってる?A組の仲村、ずっと休んでんの妊娠してるかららしいよ」

 「え、マジ?確かに最近見ないと思った」

 「相手は?」

 「それが、武人せんせーらしいよ」

 「ウソ!?」

 「家庭の用事でって聞いたけど、もしかしてそういうこと?」

 「やばー!!」

 


ぼくは、走っていた。

彼女たちを避けるように、遠回りをして屋上まで。

 

はるが、妊娠……?


そんなわけない。

仲村先生と、はるが、そんな。

そんなわけない、のに、分かってるのに。

どうしてこんなに不安なんだろう。

仲村先生は、はるを虐待してたのに。

 


 "けど、もし虐待じゃなくて"


 

 「DV……だったら?」

 

屋上の扉が、風でキキッと音を立てた。

バタン!という閉まる音に、ぼくはハッとした。

 

 「そんなわけ、ないよね」

 

ぼくは言い聞かせるようにそう呟いてから、セーラー服のスカーフを解いた。



 

 "どうせ、ここには誰もこないんだ"


 


びしょ濡れの靴と靴下を脱いで、上も脱いだ。

脱いだ服を持ち、薄いキャミソール1枚で、ハシゴを上った。

そしてシワにならないように、脱いだ服を地面に置いて、風で飛ばないよう石で固定した。

 

ぼくも、服たちと同じように地面に寝転がる。

 

よく晴れた青い空と白い雲を眺めると、全てがどうでも良く感じられた。


 

 「はるが居ないこの世界なんて、どうでもいいなぁ」

 



そんなひとりごとと共に、ゆっくりと目を閉じた。


今話も読んで頂き有難うございます。


衝撃的なはる編が終わり、ここからはいよいようみ編となります。


うみにとって唯一の心の拠り所である、はるがいない間、噂は膨らんでゆくばかり。

はるとの日々が戻ってくることだけを信じ待つうみですが、そんな心にも疑心が生まれてしまう。

今後二人の関係を更に歪なものとする"疑"というワードに注目いただければと思います。


風のように美しく儚いはるとは対照的ですが、不器用なりに真っ直ぐでただただ一生懸命な、うみのこともどうか、愛していただけたら。


次話もよろしくお願い致します。

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