23 広がる波紋と夏
祖母の後に続いて、自分は風呂に入った。
後に入る父の分を残すため、最小限の量のお湯だけで洗って素早く出た。
5分程で出てきた自分を見て祖母は驚いていた。
年頃の子はお風呂が長いもの、とでも思っていたのだろう。
自分に続いて兄も入ったが、同様に5分程で出てきた。
父が風呂に入ると、兄と自分は同時に息を深く吐いて体の力を抜いた。
「あら、仲良しなのねぇ」
祖母は、悪気も無さそうに優しく笑った。
実際は、父の機嫌を伺わなくて済むこの一瞬に安堵していた。
正直、母が死んだという実感があまりなかった。
父が死んだ時よりもショックだったはずなのに、何故だろう。
まだ心が、受け入れたくはないと言っているような。
「今日は沢山の人に挨拶をして、疲れたでしょう」
祖母はそう言いながら兄と自分にお茶を出してくれた。
お礼を言ってから一口飲むと、じんわり暖かかった。
✱ ✱ ✱
お茶を飲み終わる頃に、父は風呂から上がった。
「お風呂、有難う御座いました。とても気持ち良かったです」
父はまた、お手本のように微笑んだ。
「それは良かったわ。いつも私一人だとお湯が余ってしまうのよ。だから貴方たちが使ってくれると、捨てずに済むから助かるわ」
祖母の優しさに漬け込むみたいに。
父は、まるで詐欺師のようだと思った。
少しして父が帰ろうとしたので、自分と兄も立ち上がった。
祖母は泊まっていけばいいのにと言ってくれたが、父はそこまで迷惑はかけられないと車に乗り込んだ。
「波琉ちゃん、波人くん、また来てちょうだいね」
祖母は少し寂しそうに笑った。
自分と兄は、はいと微笑んで車窓を閉めた。
最後に父が、ご馳走様でしたと軽く頭を下げた後、車が動き出した。
また3時間、無言の車内が続くんだろうと思っていた。
すると高速に入ってから、父が口を開いた。
「もう二度と、あそこには行かない」
「だから綾波のことも、義母さんのこともあの家での事も、全部忘れろ」
「いいな」
いつもの、威圧的な父の言葉。
兄は悔しそうに、拳を強く握っていた。
自分は、絶対に嫌だと思った。
死んだ父も、母も、自分の大切な人だ。
"お前を親だなんて、大切だなんて、死んでも思わない"
そう心に強く誓って。
✱ ✱ ✱
深夜、父は家に着くなりいつもより強い酒を4本開け、リビングに居座った。
自分はそのまま部屋に入り、部屋着に着替えてからベッドで横になった。
疲れもあり、眠気はしていた。
けれどどうしても、寝付けなかった。
明け方の4時になっても、自分は寝れずにいた。
ベッドで何度寝返りをうっても、気持ちの整理がつかなかった。
何となく外の風に当たりたくて、部屋を出ると、扉の前に兄が居た。
兄は、大きな鞄をふたつ持っていた。
「お兄ちゃん、どこか行くの…?」
自分がそう聞くと、兄は申し訳なさそうな顔をした。
「波琉……ごめんな」
それだけ言って、兄は家を出ていった。
自分は何も聞けず、追いかけることも出来なかった。
全てに、ただただ、実感が湧かなかった。
兄の部屋は、全てが綺麗に片付けられていた。
ベッドの上に、『今までお世話になりました』と書かれた付箋だけが置いてあった。
今話も読んでいただき有難うございます。
気持ちの整理がつかないはるに、追い打ちをかけるように家を出て行った、兄・波人。
武仁と二人きりになってしまったこの家は、次話、はるの運命を大きく左右する。
次話もよろしくお願い致します。




