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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
22/48

22 厭悪に歪む夏


母方の祖母の家は、車で3時間ほどかかった。

途中でパーキングエリアに止まったが、到着まで父とも兄とも会話は無かった。

 

そうして祖母の家に着いたのは、夕方だった。

荷物を置いてからすぐ裏の葬儀場まで、父と兄と祖母と、歩いて向かった。

 


 『故 仲村 綾波 葬儀式場』

 


看板の文字を見て、胸がぐっと締め付けられた。

覚悟を、しなくちゃいけない。

 

父が代表で名前を書き、中に入った。

一番前まで歩いていくと、見覚えのある写真が飾ってあった。

変わらぬ笑顔で微笑む、母の。

 

 「…っ」

 

涙がこぼれそうになったがぐっと堪えた。

父に、親戚の人たちに、弱さを見せたくなくて。

兄も下を向き、悔しそうに唇を噛んでいた。

 

写真の下の、棺の中を見る勇気はなかった。


✱ ✱ ✱

 

葬式が始まり、自分たちは最前席に座った。

小さな葬儀場だったが、数十人ほど来ていた。

 

 「この度は、大変お悔やみ申し上げます」

 

そう言って線香をあげ、帰ってゆく。

父と兄と自分以外、皆涙を流していた。

 

母は天真爛漫な性格で、地元では皆に愛される存在だったらしい。

学生時代の友人や、母を小さい頃から知る近所の人など。

優しく明るかった母の記憶は、もう殆ど忘れかけていた。

突然ヒステリックを起こし、幾度となく死のうとする母ばかりが、鮮明に頭を過る。

 

自分達は数時間、来てくれた一人一人に頭を下げ続けた。

 

 「わざわざ御足労いただき、本当に有難うございます」

 「〜さんのような御友人に恵まれて、綾波も幸せだったと思います」

 

父は、"良い夫"を完璧に演じていた。

誰よりも深く、長く、来てくれた人全員に頭を下げた。

 

誰も、こんな"完璧な夫"を疑わない。

誰も、父が兄を殴ったことを知らない。

誰も、父が自分を殴ったとは思わない。

 

悔しくて、憎らしい。


 

"お前が、死ねばよかったのに"


"なんで、お前じゃない"


"なんで、母さんが───"


✱ ✱ ✱


全員が帰った頃、辺りはすっかり真っ暗だった。


 「二人とも、長い時間お疲れ様」

 

祖母は、自分と兄に優しく微笑んだ。

 

「武仁さんも、丁寧に有難うね」

「綾波も、色々あったけれど……」

「結果的に、武仁さんみたいな素敵な方に巡り会えて…きっと幸せだったと思うわ」

 

祖母は少し、涙ぐんでいた。

 

自分と、兄以外、誰も知らない。

この男の、本当の姿を。

 

人生で()()()の葬式は、悔しくて悔しくて、前よりもずっと、苦しかった。

 

✱ ✱ ✱


葬儀を終え、祖母の家に上がると夕食が用意されていた。

 

 「お腹空いたでしょう。遠慮せず食べてちょうだいね」

 

テーブルが埋まるほど沢山並べられた料理に、涙が出そうになった。

小さい頃の、母が作る夕飯のようで。

 

 「わざわざすみません…!」

 

父がそう言うと、祖母は少し寂しそうに笑った。

 

 「夫が亡くなってからは、作っても食べてくれる人がいなかったから…誰かが食べてくれると嬉しいのよ」

 

それを聞いて、父は微笑んだ。

 

 「…では、御言葉に甘えて、頂きますね」

 

父が箸を取ったのを見て、自分と兄も箸を握った。

 

 「いただきます…」

 

自分は小さくそう言って、祖母の料理を口にした。

 

 「おい…しい…」

 

思わず一滴、涙が零れてしまった。

一日中ずっと、我慢していたのに。

 

慌てて手で涙を拭うと、祖母もつられて涙を零した。

 

 「そう、そう。良かったわ、波琉ちゃんにそう言って貰えて。本当に良かったわ、有難う」

 

祖母はとても嬉しそうだった。

 

兄も泣きそうな顔で食べていた。

 

 「凄く…美味しいです」

 

兄の言葉にも、祖母はうんうん、と嬉しそうに頷いていた。

祖母の手料理は、とても温かくて、懐かしい味がした。

 

 「ご馳走様でした」

 

父が箸を置き、手を合わせたのを見て、自分と兄も同じように声を揃えて言った。

 

 「本当に美味しかったです。綾波の手料理と同じ味で……つい僕も涙ぐんでしまって」

 

父は小さく微笑みながらそう言った。

瞳にうっすらと浮かんだその涙は、演技なのだろうか。

 

 「それは良かったわ」

 

祖母が食器を運ぶのを見て、父は立ち上がった。

 

 「あ、いいですよお義母さん。後片付けは僕がやりますから」

 「お義母さんは、どうぞお風呂にでも。ごゆっくりされてください」

 

家事の手伝いもする父が提案すると、祖母は笑った。

 

 「あら、それは助かるわ。本当、素敵な旦那さんねぇ」

 

 「そんな事ないですよ。うちでは当たり前の事ですから」

 

嘘だ。

父が家事をした事なんて、一度もない。

平然と嘘をつき、とことん"素敵な旦那"を演じる。

そんな真っ黒な父の演技を、純粋な善意だと信じる祖母を見て、悔しかった。

 

祖母が風呂に入ると、父は運ぼうとした皿を雑に置いた。

明らかに、雰囲気が変わっていた。

 

 「これ、お義母さんが来るまでに全部洗って仕舞っとけ」

 

自分と兄に向かってそう言うと、カバンの中から煙草を取り出し、庭に出て行った。

 

自分は言われた通り、キッチンに食器を運んだ。

兄は悔しそうに庭の方を睨んでいた。

 

自分が運んだ皿を洗い始めると、兄が来た。

 

 「俺が皿洗うよ。波琉は拭いて棚に仕舞ってくれる?」

 

 「分かった」

 

二人で協力し、何とか祖母が出てくるまでに終わらせた。

 

終わってから暫く兄と椅子に座っていると、父が庭から戻ってきた。

煙草の臭いを誤魔化す為の、香水の強い匂いに、鼻の奥がツンとした。

 

祖母が風呂から上がると、すっかり綺麗になったテーブルと仕舞われた食器を見て喜んだ。

 

 「有難うね、武仁さん」

 

自分と兄が、やった事なのに。

 

 「いえそんな、これくらい当然ですよ」

 

父は微笑みながら謙遜した。

まるで自分が全て一人でやったように。



 

 "偽善者"



 

そう、心の中で"そいつ"を睨んだ。

 

今話も読んでいただきありがとうございます。


身内の葬儀というリアルなシーン、書いていて波琉や波人と同じ気持ちになり、つい涙が出そうになりました。


少し辛いシーンが続くかと思いますが、忘れてはならないのがうみの存在。

はるが学校を休んだこの数日間、うみにとって唯一の救いであるはるとの昼休みが無い。

同時にはるにとってもうみという存在が無い分、兄である波人に縋っています。

この数日の間に生まれる小さな歪み(ひずみ)を、頭の片隅に置いておいで下されば幸いです。


次話もよろしくお願い致します。

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