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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
20/48

20 積乱雲と響く夏



それは、あまりにも唐突で。

 



水曜の夕方のことだった。

その日、父は学校に残って仕事をしていた。

 

学校から帰宅した自分は、ただいまも言わずに、いつも通り自分の部屋に行こうとした。


すると珍しく、リビングに兄・波人(なみひと)がいた。

受話器を耳に当て、電話をしているようだった。

 

自分の家に、外から電話がかかってくること自体珍しかった。

父の権限で、ほとんどの番号を着信拒否にしていたから。

 

一先ず自分は部屋に行き、リュックを置いて制服を着替えた。

けれど電話の内容が気になり、もう一度リビングへ行った。

 

すると兄が、受話器を床に落としたまま立ちすくんでいた。

 


 「お兄ちゃん?」

 

自分が声を掛けると、兄はハッとして受話器を拾った。

置き場所に戻すその手は、震えていた。

 

 「何かあったの…?」

 

自分がそう聞くと、兄は混乱した顔で。

 

 


 

 「……母さんが、死んだって」


 

 「……え?」

 


 自分は、理解が、できなかった。

 

 

 「今、警察から連絡があって」

 「駅のホームで突き落とされて、電車に…」

 「すぐ病院に運ばれたけど、意識が、戻ら…なくて…」

 

 「4時間くらい前に、死んだ、って……」

 

兄は、涙を堪えながら震え声で説明してくれた。

 


自分は、目の前が真っ白になった。

頭が、酷く痛かった。

 


その時だった。

 


 「ただいまァ」

 

父が、学校から帰ってきた。

 

父はいつも通り、帰宅してすぐにリビングに入ってきた。

 

そこにいつもは絶対居るはずのない、自分たち兄妹が居ることに驚いていた。

 

 「っと、珍しいな。何かあったのか?」

 

酒が入っていない父は、会話くらいなら出来た。

 

呑気なその態度に、泣きそうだった兄は父を睨んだ。

 

 「こんな時にお前はっ!」

 

父は、そんな兄からの嫌われようも慣れっこだった。

兄よりさらに睨みをきかせ、胸ぐらを掴んだ。

 

 「あぁ?やんのかよテメェ」

 

このままでは喧嘩になり、埒が明かないと思い、自分は声を荒らげた。

 


 「母さんが!!………死んだって」


 

瞬間、父の動きはピタリと止まった。

 

 「…は?」

 「あ、有り得ねぇ、お前いい加減に、しろよ?」

 

 


 "そんな事実、信じたくない"

 

 

父のそんな気持ちが、その時だけは痛い程わかってしまった。

兄も分かってしまったのか、悔しそうに説明した。

 

 「さっき警察から連絡があったから…間違いねえ…」

 「駅のホームに落ちて、死んだんだよっ…!」


数秒ほどの、沈黙の時間が空いた。


瞬間、父は兄の頬を思い切り殴った。

 

 


 「ふざっけんじゃねえよ!!」

 



父は───────泣いていた。


止まらない涙に、止まらない怒り。

殴られ続ける兄に、怒声。

 

その全部が、痛くて、痛くて、痛くて。

今すぐここから、消えてなくなってしまいたい。

 


 「プルルルルッ」

 

心の叫びが届いたのか、再び電話が鳴った。

 

父は殴る手をピタリと止めて、電話番号を見た。

 

その電話番号は、一度だけ見た事がある。

母の、実家からだった。

 


父はスーツの袖で雑に涙を拭いて、鼻をすすってから電話に出た。

 

 「はい、仲村です」

 

電話の声は小さく、聞き取れなかった。

父が電話に出ている間に、自分は兄に駆け寄った。

口の中を切ったのか、口から血が出ていた。

自分は兄に、うみに貸したものと色違いのハンカチを差し出した。

 

 「…ありがとう」

 

兄は悔しそうに鼻をすすってからそう言った。

 

はい。はい。と電話に答える父を、ただ兄妹で睨んでいた。

お前が居なければ、自分たちの未来は変わっていた、と。


 

しばらくして、父は電話の受話器を置いた。

 

 「五日後、お義母さんの方で葬式をやる」

 「昼には車に乗ってろ、いいな」

 

睨む二人と目を合わせずにそう言うと、父は家を出ていった。

 

少しして、兄と一緒に立ち上がった。

二人とも食欲など湧かず、それぞれの部屋に戻った。


 

ベッドの中で一人、一晩中泣いた。

明け方に喉が渇き、部屋を出た。

兄の部屋の前を通ると、小さく、鼻をすする音がした。

 

 

 


──────愛する父を亡くし、母が夜遅くまで頑張って働いてくれていることだけが、今まで、自分にとっての頑張る理由だった。


全部、なくしてしまった。

兄も、きっと同じことを思っているんだろう。

 

 



"母を、心から愛していた"と。

 

 

 

 

 

 

 






 

これはまだ、悪夢の始まりに過ぎないということを、自分は知らずにいた。

 

今話も読んで頂き有難う御座います。


新章突入により、一気に、はるの状況が変わりました。

正直ここから先の数話は、書いていて、決して楽ではありませんでした。

それでも、はるに、絶望の底から光を見つけて欲しい。

読んで下さる方に、決して誰も気づくことの無いはるの、そしてはるの兄・波人の苦しみを、少しでも感じ、そして応援して頂けたら。


ここから先は、少しリアルな話が続きます。

不快に思われる方も居るかもしれません。


口数の少ないはるの、胸の内を少しでも、誰かが知っていてくれたら。


しばらく、はるの人生の分岐点となる、夏までの数日間を、溜まってゆく想いを、見守って頂けたら幸いです。


次話もよろしくお願い致します。

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