18 棘を飲み干す夏-うみ
───────チャイムが鳴った。
いつもなら、ぼくは教室で授業を受けている。
けれど今日は、屋上に残っていた。
はるからの、思わぬ提案を受け入れたから。
午後のやわらかい風が、ぼくらを包む。
サボって、何をしようと言う訳ではなかった。
ただの昼休みと変わらない、地面に座っているだけ。
ううん、それが良かった。
隣に、大切な人さえいれば。
「うみ」
ふと名前を呼ばれ、ぼくは彼女の方を向く。
「聞いて、欲しいことがある」
いつもの、何を考えているか分からない表情ではなかった。
言いにくいことでも、さらっと言ってしまう。
そんな、変わらないはるが。
言う事を、明らかに躊躇していた。
ぼくはついさっき、はるに話を聞いて貰った。
今度はぼくが、受け止めなくちゃ。
「うん」
ぼくはしっかりと頷いた。
いつになく不安そうなはるを、励ますみたいに。
「全部…全部うみに話そうと思う」
はるは、真っ直ぐぼくの目を見てそう言った。
本当に、彼女の目はとても綺麗で。
今までずっと、下を向いて生きてきた。
誰とも目を合わせられなくて。
誰にもぼくを、覗いて欲しくなくて。
けど、はるだけは違った。
初めて会った時から、真っ直ぐ目を見れた。
だから、というか。
はるのことは、全部受け止めたいと思う。
はるの人生なら、背負ったまま死んでもいいと。
「うん」
ぼくは、彼女の覚悟を感じた。
だからぼくも、ちゃんと覚悟を決めた。
はるは、初夏の空気を大きく吸って。
「あのね、」
はるの人生を、語り始めた。
✱ ✱ ✱
─────五時間目の終わる音がした。
ぼくは、大雨の中を走ってきたみたいにびしょ濡れだった。
文字通り、全部を聞いた。
優しい父親が死んだこと、母親が崩壊したこと。
悪魔のような男を、父と呼んだこと。
逃げた先でも手をあげた、最低な父のこと。
何もかもを耐え続ける日々の、全部。
「……なんで」
はるは、何ともない顔をして。
「なんで」
聞いただけのぼくが、こんなに苦しいのに。
「はる、なんで」
大きな雫が、ぼくの中から溢れるばかり。
「はる、ごめんね」
ぼくなんかの話を、真剣に聞いてくれて。
ぼくなんかの人生を、背負ってくれて。
はるの方が、ずっとずっと苦しかったはずなのに。
「……ねぇ、うみ」
ぼくから零れて止まらない涙を、細い指でそっと掬う。
「うみは、泣いてばっかりだ」
指に乗った小さな雫を見つめながらそう言った。
✱ ✱ ✱
どうしよう。
この気持ちが、止まらない。
はると、もっともっと。
「はる、だいすき」
ぼくは涙を零しながら、笑った。
もっともっと、ずっと一緒に居たいんだ。
きみの痛みも、苦しみも。
全部全部、ぼくが飲みたいんだ。
何もかも、背負わせて。
✱ ✱ ✱
───照り始める太陽に、ぼくの思いが燃やされる。
この気持ちを、なんというのか。
知らないまま、ただきみを思う。
これは恋のような、恋じゃない、なにか。
誰からも愛されなかったぼくらは、夏と共に互いを求め合う。
一本の細い線を渡るよりも、ずっと。
危ういなにかを、ぼくは知ってしまった気がした。
今話も読んで頂き有難うございます。
うみは凄く素直で、純粋で、繊細な子です。
それ故に、一歩間違えれば破滅と崩壊へ進むような。とても、危うい。
似ているようで、どこか対称的な二人。
はるのことを知れば知るほど好きになっていくうみですが、その好意がどうか、悲劇とならぬように願ってしまいます。
もちろん書いているのは僕ですが…笑
過去を嫌い逃避するうみと、過去に縋り傷をえぐるはる。
読んだ貴方が、二人のどこかを、何かを、ほんの少しでも好きになってくれますように。
次話もよろしくお願い致します。




