表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波、晴るる。  作者: 潮留 凪
17/48

17 覚悟と、夏に向かって


泣いて、呼ばれて、泣いて、泣いて。

昼休みのほとんどを消費してようやく、うみの涙が治まり始めた。

 

先程の告白は、きっとうみにとって重いものだった。

もちろん自分にとっても、軽くはないけれど。

 

うみはいつも、喜怒哀楽の全てを純粋に見せてくれる。

自覚があるのかは分からないけど、気持ちが顔に出る。


うみは素直だけど、今のはきっと、もっと深い。

心の奥底に、何重にも鍵をかけていたものだろう。

 

初めて、沈んでいたうみを引き上げたみたいな。

 


そんなことを思っていると、うみが眉間にしわを寄せていた。

まだ気がかりなことがある、という顔だった。

恐らく、自分について何か聞きたいことがあるのだろう。

 

聞き出そうか迷って、うみの顔がびしょ濡れなことに気がついた。

先に落ち着かせようと、ハンカチを手渡した。

 

 「はいこれ」

 

 「ありがとう」

 

顔を拭いているうみを見て、思った。

先程は強気に「嫌いにならない」なんて言ったばかりなのに。

今から聞き出すことで、うみに嫌われる可能性だって大いにある。

 

けど、うみは鍵を開けてくれた。

深く沈んでいたものを、自分に見せてくれた。


だから今度は。

 


"これは、自分なりのけじめだ"

 


自分は遠くを見つめながらそう決意し、口を開いた。

 

 「うみ」

 「自分に、まだ言いたいことあるんじゃない?」

 

うみは一瞬驚いたあと、戸惑った。

 

 「言っていいのか、分からなくて」

 「はるを、傷つけたらどうしようって」

 

あぁ、そうか。

うみは、傷つけられる痛みを誰よりも知っている。

知っているからこそ、誰かを傷つけるのがとても怖いんだ。

 


 "君の優しさはか細くて、とても暖かい"

 


自分は気持ちをぐっと抑えて、胸に仕舞った。

ここがきっと、大切な分岐点だから。


自分は決意とともに目を細めた。

 

 「大体の検討はついてる。それに」

 「うみになら、傷つけられてもいいよ」

 

そう言った瞬間、太陽が雲に隠れて周囲が暗くなった。

光の消えた薄暗い中でも、自分にとってうみは輝いて見えた。

 

少し間が空いて、太陽が顔を出した。

光が差すのを待っていたように、うみが口を開いた。

 

 「……わかった、あのね」

 「体育館で、見ちゃった」

 「はるが、数学の先生に殴られたり…してるとこ」

 「……ごめん」

 

いつも楽しそうに話すうみの声が、震えていた。

彼女の笑顔を奪ったのは、自分だ。

 


 「謝らなくて、いい」

 

そんな、冷たい言い方しか出来なかった。


自分はほんの少しだけ、苛立ちを感じていた。

こんな話をさせたのは自分だけど、元はと言えばあの父のせいだ。


気まずそうに俯いているうみを見て、そのまま地面に寝転がった。

やっぱり聞かなければよかった、なんて後悔の気持ちを裏返して、空元気を装った。

 

 「そうか、見ちゃったかー」

 「それで、うみはどう思った?」

 


うみはきっと、怖かったって答えると思う。

怯えられたのならもういっそ、突き放してしまおうか。

感情の混濁が、そんなことを考えさせた。

 

と、うみが俯いたまま呟いた。

 

 「ぼくは……痛かった」

 

 「痛い?」

 「うみが?」

 

全く予想していなかった答えだった。

少しだけ、驚きが表に出た。

 

 「はるが、暴言を吐かれて、殴られて」

 「はるが傷つけられているのが…痛かった」

 

うみは、また涙目になっていた。

 

信じても…いいのだろうか。

唐突に浮かんだ、うみの気持ち。

うみを、心から信じてみても。

 

思わず体を起こしてうみを見つめる。

気づけば、口に出ていた。

 


 「うみは…自分が傷つけられているの、嫌?」

 

 「嫌だ!!」

 


うみは大きく、そう答えた。

一瞬、涙が零れそうになったがぐっと堪えた。


こらえた涙は、だんだんと嬉しさに変わった。

 

 「そっか……ふふ」

 

自分はその感情を、小さく零した。

不格好に緩んだ自分の顔を隠すため、再び寝転んだ。

 


 「うみは、自分が傷つくの、嫌なんだ」

 

そして空を見つめながら呟くように言った。

 

 「うみ、午後の授業サボらない?」

 

 「え?」

 

自分はもう、複雑に悩まず気持ちを素直に口に出していた。

 


今、この瞬間の延長がしたい。

この愛おしい空気の中で、ずっと息をしていたい。

このまま、ただうみの傍に居たかった。

 


そして何より、言わなきゃと思った。


 

 "うみにはちゃんと、自分を話したい"



自分はうみと一緒に居たいけど、うみに断られたら仕方ない。

そんな、ひとつの賭けのように返事を待った。

 

うみは意外にも、自分の目を見て笑ってくれた。

 

 「……いいよ」

 「午後はサボる。はると居る」

 


素直に、とても嬉しかった。

表に出さないように頑張っても、無理と思うほどに。

 


いつもと変わらない昼の屋上で、今日この瞬間から。

きっと、何かが変わる。

 

 





愛おしい空気の中で、自分は"何か"を覚悟した。


今話も読んで頂き有難うございます。


書いていくにつれ、2人の人間性というものが明確になっていくのを感じ、僕自身も読みながら表情や情景を考えるのが楽しいです。


今回の視点であるはるは、ずっと誰かにあしらわれ痛め付けられて生きてきました。

そんな人生の中で初めて、自分の痛みを思って泣いてくれたうみの存在というは、どれ程大きいのか。


単なる好意ではない何かによって惹かれ合う2人を、これからもそっと見守っていただけると嬉しいです。


次話もよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ