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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
15/48

15 鋭利な赤い夏

一部に暴力的、グロテスクな表現を含んでおります。ご了承ください。



─────時々、授業に出るようになった。



今まで会わないようにしていた罰なのか、父は自分を監視するように付きまとった。

数学のない月曜と木曜以外、授業が終わる事に呼び止められた。

 

昼休みの20分間は生徒指導室に呼ばれた。

今まで休んでいた分を教える、というていで。

途中、ミスをしたり理解が遅れると、笑顔で足を踏みつけられた。


教師として最低の行為を、堂々と学校で行う。

その事を、父は内心楽しんでいるようだった。

 

そうして大体、昼休みが終わる2分ほど前。

急いで屋上へ行くと、うみがいつもの場所で昼食を取っていた。

当然もう食べ終わっていて、会話する間も無く教室へ戻る。


 

そんな日々が、一週間ほど続いたある日。

 

朝、家を出る前にリビングを覗くと、父は大きないびきをかき、大量の酒に囲まれていた。

昨晩のガラスの割れるような音は、泥酔していた証拠だろう。

 

幸い自分はその空気を察し、家の前で時間を潰していた為、巻き込まれなかった。

 

 


今日は木曜だから、数学は無い。

そう油断していた。

 

 「仲村さん」

 

たまたま授業中、人が居ないのを見て屋上からトイレに行った後だった。

背後から、優しく声をかけられた。

 

体が震えた。

振り向けば、そこにはきっと悪魔が。

逆らえば、終わりが待っている。

 

自分は恐る恐る振り向いた。

 

 「今は授業中ですよ。何をしているんですか」

 

父はいつもよりもずっと、どす黒い空気を纏っていた。

 

 「ちょっと、来てくれますか」

 

そう言うなり自分の腕を強く掴んだ。

微笑みと言葉とは裏腹に、機嫌が悪そうだった。

 

 

おそらく原因は────二日酔い。

 

 

父に腕を掴まれたまま、体育館に着いた。

もう結果がどうなるかは分かっていた。

 

ドアを閉めるや否や、父は自分を突き飛ばした。

後ろに勢いよく転んだ自分を見て、怒鳴り始めた。

頭痛のせいか、いつもの倍はイラついていた。

 

 「てめぇ、ほんとクズだな!」

 

そう言って、自分の髪を掴んだ。

 

 「なんで学習しねぇんだよ!」

 「この時間に廊下にいんのはおかしいだろ?」

 「約束したろ、授業に出るってよ」

 

何度か、顔を殴られた。

口の中がじんわりと、血の味がした。

 

 「俺のメンツ潰す気か?あ?」

 「そんなに殺されてぇのかよ」

 

ブチブチ、と強く掴まれた髪が何本か抜けた。

 

痛い、痛い、痛い。

こんな痛みも、今までの苦しみも、全部。

全部こいつのせいなんだ。

自分は何も悪くない、こいつが悪い。

 

 「なんとか言ってみろよ、あ?」

 



───憎い。




そんな感情が、思わず顔に出てしまった。

髪を掴まれたまま、父を睨んだ。

 

 「んだよその目はよォ!」

 

当然、父の苛立ちは高まった。

はずが、掴んだ手を離した。


 

瞬間、耐えきれない痛みが走った。


 

 「カハッ!」

 


今まで感じたことの無いほどの痛みに、思わず吐きそうになった。

そうしてようやく気づいた。

 

みぞおちを蹴られたのだと。

 

自分は痛みに耐えるため、必死に腹を抱えてうずくまった。

けれど父は、この男は、どこまでも無慈悲で。

 

その後も、何度も何度も殴られた。

それでも必死に耐え続けて。

 

ふと、父が腕の時計を見て舌打ちをした。

 

 「てめぇ、いい加減にしろよ?」

 

そう捨て台詞を吐いて体育館を出ていった。

ステージ近くの時計に目をやると、授業が終わる五分前だった。


 

────いつもいつも、外面ばかり気にして。

理想の教師がそんなに大事かよ。

自分は、こんなにも痛いのに。

誰も、あの男の本性に気づかない。

気づけよ、気づいてくれよ。

 


"自分は、こんなにも痛いんだよ"

 

 

そんなことを思いながらポケットの中のハンカチで鼻血を拭いた。

 

そのままの足で、屋上への階段を登った。

途中で足を踏み外し、体制を崩した拍子に、たまたま落ちていた画鋲を肘に刺してしまった。

痛みを堪えたまま、階段を登りきった。

 

扉の前で深呼吸をしながら、そっと画鋲を抜いた。

 



────どうして。どうしてこんな所に。

どうして、自分ばかりこんな思いをしているのか。

こんなにも、ずっと痛みばかりなのか。

そんなことを思いながら涙が止まらなくなった。

 






そのまま扉の前で一人、声を殺して泣いた。

 

今話も読んでくださりありがとうございます。



はるが激しい暴力に耐え続けるシーンでは、幼い頃から誰も不快にさせないよう声を殺すようにして過ごしてきたはるの、痛みに対する絶望と、限界と、葛藤を描こうと思い、特に言葉選びに時間をかけました。


何度も何度もその情景を想像し、自分がはると同じ痛みを感じていると思いながら書きました。


感情移入するあまり、一部表現がグロテスクに感じるかもしれませんが、はるの赤い血も、生きている証として、ある意味生々しさを感じていただけたらと思います。



次話もよろしくお願い致します。

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