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波、晴るる。  作者: 潮留 凪
14/48

14 蛇の笑う夏




 「…………はる」

 

うみは呆然と目を見つめながら、自分の名前を呟いた。

まるで初めて見た映画みたいに、新鮮そうな顔をして。

 

 「ん?」

 

首を傾げ、自分もうみを見つめ返した。

ほんの少し間が空いて、うみは慌てた。

 

「えっ、いやっその、呼んでみただけっていうか!」

 

 「ふふ」

 

気持ちが、本音が、全然隠せてない。

思ったままを、体全体で表現している。

 

どこまでも真っ直ぐで、どこまでも素直で。

そんなうみがあまりにも、可愛い。

 

うみが居れば、もう少し生きてもいいかもしれない。

そんなことを思いながら地面に腰を下ろす。


と、下を見るとうみは俯いていた。

てっきり後ろに着いてきていると思っていた。


 

"きっと自分の、不器用な表情のせいで"


 

 「何してるの。隣、おいでよ」

 

うみはきっと、とても繊細なんだ。

だからさっき自分が笑ったことも、変だと思われたんじゃないかって。

そんな些細なことでさえ、気にしているんだ。

 

自分の言葉に、うみはぱっと顔を上げた。

驚きの顔は、だんだんと喜びの顔に変わった。

 

 「うん!」

 

満面の笑みでそう言うと、勢いよく駆け寄ってきた。

 

なんと素直な表情だろう。

悲しみ、焦り、驚き、喜び。

それら全てが一瞬にして、纏う空気さえ変えてしまう。

 

自分にはできないことだ。

そんなうみの素直な心に、美しさに惹かれた。


 

 "なんと、羨ましい才能だろう"


 

その後うみと特に会話することも無く、ただ昼の心地良い涼風に揺られていた。

 

 

 ✱ ✱ ✱


 

─────とある日、あの男と、学校で鉢合わせてしまった。

 

 

家でも、学校でも、絶対に会わないようにしていた。

屋上に居ることもバレずに過ごせていた。

それなのに、今この瞬間、廊下でばったりと会ってしまった、最悪だ。

 

 「こんにちは、仲村さん」

 

優しく微笑むこの男は、紛れもなく教師の顔だった。

幸い休み時間だから廊下に出ている生徒もいる。

なんとか逃れられるかと思ったが、甘かった。

 

 「最近授業に出ていないようですね」

 

 「なにかクラスで嫌なことでもありましたか」

 「先生で良ければ聞きますよ」

 「ここでは何ですし、とりあえず生徒指導室にでも行きましょうか」

 

そう言うと肩を掴まれた。

優しい顔からは想像も出来ないほど強い力だった。

 

終わった。

今まで苦労して父を避け続けてきたのに。

最悪の日々が、また始まってしまうのだろうか。

 

 

 「……はい」

 

何か言い返すことも出来ず、大人しく同行した。

職員室と校長室の間にある生徒指導室。

自分が中に入ると、座ってください、と言いながら鍵を閉めた。

 

いつものように体育館ではないから大丈夫と、自分に言い聞かせた。

 

 「さて仲村さん」

 「最近ホームルームが終わるとどこかへ行っているそうですね」

 「授業も出ずに」

 

口調は教師でいる時と変わらないのに、その圧は手を上げる時と同じだった。

 

 「何か、嫌なことでもありましたか?」

 「たとえば……いじめとか」

 


父が、何の答えを引き出そうとしているのか分かった。

自分が、いじめられていることにしたいのだ。

 

いじめを受けた生徒を熱心にフォローする、教師の鏡を演じたいのだ。

 

こんな茶番のために、付き合わされているのか。

 

 

 「……今はもう、ありません」

 

くだらない偽善のために嘘はつきたくない。

自分は正直に答えた。

 

 「本当に、そうですか?」

 

それは決して心配から来る疑いではなく。

Noと答えることは許さない、そんな疑いの圧だった。

 

 

まるで、首を絞められているような。

身の毛のよだつ感覚がした。

上手く息が出来なくて、体を押さえつけられている感覚がした。



父は自分の全てを、壊したくて仕方がないらしい。

 

自分はそれでも、嘘をついてまで再びいじめのターゲットになりたくなかった。

選択肢は一つだけ、妥協するしか無かった。

 

父が求めるのは栄光と利益のみ。

自らにとって不利益な存在である自分が目障りなのだろう。

 

心を落ち着かせるために、深く息を吸った。

 

 「……授業に、出ます」

 

せめて父の見ている所で"普通"の生徒になること。

 

 「普通の生徒として、目立つことなく過ごします」

 「だからいじめは、ありません」

 

これでいいんだろう?というふうに父を見た。

理想の教師を続けたいのなら、了承するはずだ。

 

父は小さく舌打ちをした。

 

 「もちろん、それがいちばん良い事ですよ」

 「嬉しいです、仲村さん」

 

 

チャイムが鳴った。

 

 「授業が始まります、教室に行きましょうか」

 

父は教科書類を持って扉を開けた。

 

 「ずる賢い選択しやがって」

 

部屋を出る直前、耳打ちされた声はイラついていた。

そのまま父と一緒にそれぞれ前後の扉から教室に入った。

 

 


うみの机には、落書きだらけの教科書が置いてあった。

ただ下を向き、じっと耐えていた。

 

 

授業中も、うみは自分の方を一度も見なかった。





────うみが立つのは、高波が襲う崖の上。

ひとつ間違えれば波に飲まれるか、崖から落ちる。

クラスメイト達は、その様子を遠くから嘲笑う。


うみは、毎日毎日、そんな状況で耐え続けているんだ。

何も出来ずに逃げた自分の無力さを、苦しいほどに実感した。




ふと、心の中で一瞬だけ、こんな言葉が浮かんだ。











"きみは、生贄だ"


蛇って、ずる賢いですよね。





読んでいただきありがとうございます。

はる編、感情が複雑すぎてとても大変ですが、書いていてとても楽しいです。


うみを誰よりも想うはるですが、その感情は"愛"でも"恋"でもない。

真っ直ぐなうみを見るはるの"好き"の裏に隠されたものは何か、想像しながら読んでいただけたら幸いです。


次話もよろしくお願い致します。

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