表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波、晴るる。  作者: 潮留 凪
13/48

13 もうひとつ、の夏 -はる


 

 「ピピピ、ピピピ」

 

スマホのタイマーが耳の奥に響く。

時刻は、朝の5時30分。

 

自分の朝は早い。

 


足音を立てぬように階段を降り、顔を洗い、髪を素早く一つに結う。

コップ一杯の水を飲み、洗濯したワイシャツを持って部屋に戻る。

 

机に置かれた鏡を伏せてから、制服に着替える。

 

前日に用意した、480円が入った小さい封筒。

ノート、筆記用具、水筒、ポーチ、スマホ。

それらを赤いチェック柄のリュックに詰め、最後にハンカチを、スカートのポケットに入れる。

 

そうしていつも、大体6時頃には支度が終わる。

 

そっと扉を開け、鍵をかけて家を出る。

担任であり父である、あの男が起きる前に。

 

 ✱ ✱ ✱


坂の上のバス停で、1時間に1本のバスに乗る。

通勤ラッシュ前、人の少ない電車に揺られ、学校の最寄り駅に着く。

 

7時、駅前にあるコンビニで朝兼昼飯を買う。

普段はサンドイッチを買うが、この日は何となく目に付いて、鮭おにぎりを買った。

 

その後学校に着いても、まだ校門は開いていない。

周囲を確認してから、柵を登って中に入る。

体育館裏へ回り、鍵の壊れた扉から、校舎に入る。

事務員が朝の見回りを終え、トイレへ立った隙に、職員室へ忍び込む。

そして担任の机を開け、出席簿に丸をする。

 

後は、ひとりでずっと、屋上にいる。



✱ ✱ ✱


『自分が助けた命、誰かの為に使うまで、絶対に死なないこと』

 

そう、うみと約束してから二週間が過ぎた。

あの日からまだ、一度もうみとは会っていない。



 

───────夏木(なつき) うみ。


5月の終わりごろ、自分のクラスに来た転入生。

うみが来てから自分へのいじめは無くなった。


代わりに、うみは毎日いじめられている。

 

今日もうみは耐え続ける。

自分が、逃げてしまったから。

そのせいで、自殺寸前まで追い詰めてしまった。


けれど、死なないと約束してくれた。

その意味をきっと、うみは分かっていないだろう。

いつか、その"意味"に気づいてくれる日まで。


✱ ✱ ✱



─────チャイムが鳴った。

 


ようやく昼休みになったのか。

自分はリュックから、今朝買った鮭おにぎりを取りだした。


 「いただきます」

 

小さくそう言って、黙々と完食する。

ふと、涼しくて優しい風が吹いた。

腹が満たされ眠くなった自分は、そのまま地面で横になり、目を瞑った。

 

教室から最も離れた屋上の給水塔。

ガヤガヤとした騒音は遠く、ただ電車の音だけがゆるやかに響いていた。

 

心地よい晴れ空の下で、自分はウトウトとしていた。

 

微かに、下でドアが開くような音がした。

上までは誰も来ないだろうと、そのまま寝ていた。




 「──────うわっ……と!」


音がしてからしばらく、近くで人の声がした。

自分は咄嗟に、体を起こした。

 

 「誰?」

 

梯子の方に目をやると、うみが居た。


ああ、やっと会いに来てくれた。

うみが、自分に会いに来てくれたんだ。

 

内心とても嬉しかったが、はしゃがず表情には出さないようにした。

不自然に間が空いてしまったかと思ったが、うみは呆然と自分を見つめていた。

 

 「…君か。やっと会いに来てくれたんだ」

 

あくまで初めは、クールにいこう。

自分はうみに、ふっと微笑んだ。

 

 「ごっ、ごめんなさい」

 

うみはハッとし、少し顔を赤らめて下を向いた。

自分を見つめていたことに気づき、恥ずかしくなったようだった。

そんなうみが可愛くて、思わず笑ってしまった。

 

 「ふふ」

 「謝らなくていい、夏木うみ…さん」

 

あくまで最初は友達から。

そう思って、さん付けで呼んだ。

普段そんな風に名前を呼ばれないからか、うみはバッと顔を上げた。

 

 「なんでぼ、私の名前…!」

 

そもそも、名前を知っていることに驚いたらしい。

可愛い。純粋に驚くうみの顔は、眩しい。


名前を知っていることに驚いたなら、もしかして。

 

 「だって自分、同じクラスだよ」

 

先程よりも驚いた顔をしていた。

自分は教室にほとんど居ないのだから、当然か。

 

 「斜め後ろの席」

 「って言ったら、分かるかな」


うみが転入してきてからずっと空席の奴のことなんて、覚えていないだろうな。

うみは、きょとんとした顔をするだろうか。



 「仲村……さん?」


自信無さげに、小さく名を呼ばれた。

教室で一度も会ったことのないクラスメイトの名前を、うみは覚えていた。


こんな、こんな自分のことを。

 


 ”だから君は、こんなにも眩しくて“

 


そんな気持ちが切なくて、なんとなく微笑んだ。

 

そして立ち上がり、海の方を見る。

いま、心は決まった。



 

 「仲村、はる」


 


言って、うみの方へ向く。

その眩しい心に、瞳に、誓うように、




 「はるって、呼んで」



 

 






かけがえのないこの夏を、ここから始めよう。

はる編始まりました。

誰の前でも常に表情を変えないはるが、うみへの想いによって時々笑ったり。

決して口には出さない、はるの心の内を書くのが、結構好きだったりします。


感情を表に出さないはるだからこそ、うみの視点では見られない心の葛藤や隠し続ける気持ちを、拙いながらも丁寧に綴っていけたらと思います。


どうか、はるの想いを、優しく見守ってくだされば。



次話もよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ